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君がいる奇跡  作者: トウリン
探し、求めた、その先に
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出逢う前・凌

「今日の試合も上々だったな。ほら、お前の分」

 言いながら、桑名虎徹くわな こてつが五十枚ほどの万札をりょうに差し出した。それが、凌の今日の稼ぎだ。


「ああ……」

 さしたる感慨もなく受け取った札を、凌は無造作に上着のポケットに突っ込む。そんな彼に、虎徹は呆れたような目を向けた。

「いつものことだけど、適当だな、お前は。落としたらどうすんだよ」

「別に、前のも残ってる」

「はぁ? 使ってねぇの?」

「ああ」

「……ピンハネするぞ?」

 試すようにそう言った虎徹に、凌は肩をすくめた。


 彼にとって金は単に『食い物に換わるモノ』に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。取り敢えずしばらく食いつなぐことができれば良くて、いつも虎徹から渡されるその分け前が正当な額なのか、それともそうでないのか、気にしたことも無かった。

 飢えることなく自分が安全にいられる場所を確保できれば、それでいい。

 だから、凌にとってその金額は妥当だ。


 そんな無感動な凌の反応はいつものことで、虎徹はどこか嘲るような笑みで唇をゆがめた。

「まったくお前は、何が楽しくて生きてるんだろうな」

 独り言のようなその呟きに、たぶん、虎徹自身答えなど求めていなかったのだろう。

 彼はダラダラと歩きながらため息をつくと、目を凌に向けることなく話し出した。


「けどなぁ、お前が勝ち過ぎるから、最近オッズがイマイチなんだよなぁ。相手にナイフ持たせただけじゃ、たいして意味なかったじゃん。入場料だけじゃバカ儲けはできないしよ。いっそ、ネット中継でもするか。お前がもうチョイ演技ってもんをしてくれりゃいいんだけどな。お、ヤベ! 負ける! みたいな。ハンデ付けたってお前余裕じゃん? 今度は二対一にすっかな」

 長い付き合いとは言え、虎徹のよく回る舌に、凌は時々うんざりする。凌は彼のしゃべりを耳から耳へと聞き流していたが、不意にその声が途切れた。


「……あれ、そう言えば、お前刺されてなかったっけ?」

 問いと共に、虎徹は凌の腕を見やる。

 その声にも眼差しにも、案じる響きは皆無だった。

 もちろん、凌自身も虎徹に心配して欲しいなどとは微塵も思っていない。

 彼らの関係は、そういうものではないのだ。


 ――虎徹と凌との出会いは、八年ほど前のことだった。

 凌が家を飛び出したのは、今から九年前――彼が十四歳の時だ。その年では当然金を稼ぐ当てもない。人の海に紛れるようにして、凌は独りで新宿の繁華街をうろついていた。


 子どもが夜中にそんな所にいれば、当然良からぬ輩に絡まれる。

 凌はケンカを吹っかけられるたびにそれを返り討ちにし、相手の金品を奪っていた。何しろ向こうからやってくるのだから、罪悪感など覚えようがない。

 まさにカモ葱、来てくれるのはむしろ願ったり叶ったり、だった。

 家にいるよりも『豊か』な生活に、もっと早く出れば良かったとすら思ったものだ。


 虎徹に出会ったのは、そんな時である。


「ダチに泣き付かれたんだよなぁ」

 と気のない様子で言いながら、彼より明らかに年上な十人ばかりの仲間を引き連れて、凌の前に立ちはだかったのだ。その頃には凌もそんな輩には慣れたもので、数で威圧しようとする彼らに肩を竦めて返しただけだった。

 当然、何もなく終わる筈がない。

 凌が彼に向けて繰り出された鉄パイプを奪い取り、躊躇なくそれを振るって五人ほど倒したところで、虎徹が笑い出した。

 いかにも、楽しげに。


「お前、すげぇな。やり合うより組んだ方が良さそうだぜ」

 そう言い、ついさっきまで凌を叩きのめそうとしていた右手を屈託なく差し出してきたのだ。

 彼のその手を見つめながら、妙な奴だな、と思ったことを、凌は覚えている。

 以来、凌はずっと虎徹とつるんでいる。ストリートファイトで金を稼ごうと持ち掛けてきたのも、彼だった。


 人脈に物を言わせて虎徹が人を集め、凌が戦う。

 初めは小遣い程度にしかならなかったが、口コミで客は増え、やがて結構な金を得るようになっていた。

 今や、凌と虎徹は容易には切れない関係にある。

 だが、それでは二人は親友なのか、と問われると、凌も虎徹も頷きはしないだろう。その関係は『友人』とは違う。互いに、相手の過去は殆ど知らない。


 虎徹が自身について明言したことといえば、凌よりも一つ年下だということくらいか。

 凌が自分のことを虎徹に漏らしたことは、一滴たりともない。

 同時に、虎徹が自分の家族のことなどを凌に語ることもなかった。

 風の噂で聞いた限りでは、虎徹はどこぞのヤクザの幹部の愛人の子どもらしい。父親は彼のことを認知していないが、虎徹が何か問題を起こすと対処はしてくれる辺り、まるきり愛情がないわけではないようだ。

 どこのグループにも属していない彼らが賭けケンカなどという目立つことをやっているにも拘らず、誰一人として因縁をつけてくることがないのもその父親の威光なのだろう。

 虎徹は父親のことを『クソ親父』と吐き捨てるように呼びながらも、結局、その恩恵を拒むことはない。

 つまるところ、虎徹は父親をそしりながらも受け入れているのだ。


 そんなふうにぼんやりと物思いにふけっていた凌だったが、前を歩いていた虎徹に呼びかけられて、彼に目を向ける。

「医者に行くか?」

 虎徹が見ている凌の腕には、ぞんざいに布が巻き付けてある。そこにも血は滲んでいるが、新たに広がった感じはないから、放っておいてもいいだろう。

 保険証を持っていない凌が病院に行けば、莫大な金がかかる。たかが数センチの切り傷でそんな金を使う気はない。

「別に必要ない。そのうち治る」

「ふうん」

 肩を竦めた凌に、虎徹は鼻を鳴らして返す。

 刺されたことに言及したものの、虎徹が彼のことを心配しているふうはなかった。一瞬にしてその傷のことなど頭の中から消え失せたようで、あっけらかんと笑って言う。


「ならさ、女集めてパァッとやるか?」

 整った、だがどこか薄っぺらいその笑みを、凌は横目で見た。

 実際のところ『女』にさして興味はない。だが、しつこく誘われるのも面倒で、凌は曖昧に頷く。

「ああ……」

「よっしゃ、じゃ、ちょっと待てよ。オレの奢りで派手にやってやる」

 したり顔で虎徹は携帯を取り出し、話し始めた。

「ああ、ナナ、オレ。今から来れね? 遊ぼうや。……ああ? 凌? いるよ。わかったってば。ちゃんと連れてくって。ああ、じゃあな」

 携帯を切った虎徹は、肩を竦める。

「お前って、愛想がない割に女受けはいいよな。ナナの奴が絶対お前を連れて来いってさ」

「あいつも来るのかよ」

 あまり思い出したくなかった者の名を耳にして、もともとたいして高くなかった凌の意欲は一気に半減した。


 ナナはきつい感じの美人で、何度か寝たことがある。最近では独占欲丸出しで絡み付いてくるようになってきたから、避けている相手だった。群がってくる女はだいたい似たような感じだが、その中でもナナは格別あくが強い。


「ちゃんと相手してやれよ?」

 虎徹は凌を横目で見るとニヤリと笑う。と、不意に、彼は通りの向こうにあるコンビニに目をやって声をあげた。

「あ、オレちょっと寄ってくわ。少年キングの発売日なんだよな」

 釣られて凌もその店に目をやって、冷蔵庫の中身を思い返す。そう言えば、ビールを切らしていた。

 漫画には興味がないが、寝るのにビールは必要だ。

 彼の返事を待つことなく、虎徹は車の流れを見切りながらすでに通りを渡っている。


 車が切れるタイミングを見計らって、凌も彼の後を追った。


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