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出会った男は貴重な手がかり

 マイスルさんがお礼にと連れてきてくれたのは、出店が立ち並ぶ大通りだった。学生服をまとった少年少女だらけでもある。この世界に来て以降、人の多い所に無縁だった私はテンションがうなぎ上りだ。


「うわあ広い! 大きい! マイスルさんはいつもここでお昼を?」

「うん。ここが一番安上がりで……あ」


 何故か彼はばつの悪い顔をした。


「気が利かなかったかな。お礼に安い物なんて、気分良くないよね」

「いえいえ嬉しいですよ。この学園都市に来たのも初めてなので、勉強になります。そうだ、厚かましいお願いですみませんが、色々教えてくれません?」


 たかってる分際で気を悪くするほど傲慢じゃないですよ。それにマイスルさんもそんな卑屈になることないのに。私からすれば貴重な情報源なんだから。


「教えるって言うと……」


 戸惑っている彼に私は矢継ぎ早に質問を浴びせる。


「右側にある、あの出店は何ですか?」

「あれは……パンに肉を挟んだ食べ物専門のお店だよ」

「左にあるあの出店は?」

「焼き魚の店だよ、ここは海が近いから」

「あっちの何だかカラフルで可愛いお店は?」

「女の子向けのお菓子屋さんだね。僕は食べた事ないけど……」

「うわあ、こんな道一本に色んな種類の食べ物が売られてるんだあ」

「はは。さて、何が食べたい?」


 楽しそうな千沙の様子に、マイスルも気を良くする。


「マイスルさんはいつも何を食べてます?」

「え? ああ、そこのパン屋さんのかな。安くて量もあるから」

「じゃあ、それが食べたいです」


 語尾にハートマークでもつきそうな勢いで言う千沙。男に媚びることに抵抗は無い。面倒なことになっても、また逃亡すればいいだけの話だ。そして余程女に耐性がないのか、胡散臭いまでの千沙の馴れ馴れしい態度に、マイスルもしどろもどろになっている。


「き、君がそう言うなら……おじさん、いつもの二つ」


 慣れた様子で注文し、お金を払って受け取り、千沙に温かなそれを渡す。


「はいどうぞ」


 受け取った千沙は思わず感動した。異世界に来てからまともなご飯は初めてだ。最初は素材で食え、な果物丸ごと。いくら美味しくても剥く手間がしんどかった。ロスの戦艦では、いかにも罪人用です、な薄いスープ。あれをご飯とは認めない。他人の手で作った料理でくくるなら、地球でもずっと自分で作ってたし、何年ぶりになるやら。外食もしなかったし。久しぶりのまともなご飯……。


 すきっ腹もあってか、大変美味しく頂けた。純粋に美味しそうに食べる千沙を微笑ましそうに見つめるマイスル。しかし次の瞬間絶句した。


「! イルース……何故こんなところに」


 遠く離れたところに知った顔があった。決して良好とは言いがたい関係なので、無視を貫くことにする。しかし向こうの方が目ざとくこちらを見つけ、笑いながら近づいてきた。


「マイスル、相変わらずの苦学生っぷりだな」


 近くまで寄ってくると、奴は嫌みったらしくからかってきた。地味な自分とは対称的な、派手な造詣の美形。髪の色だけは同じだから余計複雑になる。


「……貴族の跡取りのお前とは違うんでね。それより何の用だよ。お前はいつも向こうの高級街で食べてるだろう」

「お前が女を連れて歩いているのが見えたからな」

「……また寝取る気か!」

「人聞きの悪いこと言うなよ。つーか、お前彼女らに指一本触れて無いんだろう? 寝取るって何の話だよ」


 痛いところを疲れ、羞恥で顔が真っ赤になるマイスル。そんな様子をせせら笑いながら、イルースと呼ばれた美貌の男は千沙を見つけ出す。


「よう子猫ちゃ」

「はい! とっても美味しかったです!! ってあれ?」


 口の周りを中に入っていたクリームで盛大に汚した千沙が振り返る。


「汚ね!」

「きゃっ!」


 その様子に嫌悪を示したイルースは、勢いよく千沙を突き飛ばし転倒させる。マイスルは慌てて千沙を抱き起こす。


「チサさん! 大丈夫ですか!」

「は、はい。私は大丈夫です。……ごめんなさい。私食べるのに夢中で、人違いを」

「君は何も悪くない。悪いのはあいつだ」

「はあ。お知り合い、ですか?」

「……」


 久しぶりのまともなご飯に夢中になる余り、周囲の警戒を怠るとは不覚。しかし、何がどうなっているんだろう? とりあえず、知り合いみたいだけど、仲良しではないみたいだし。


「意地汚い女だ。食事の仕方で育ちが知れるというのに」


 イケメンにそう指摘されて、口の周りを触ると食べかすが……。あう。これじゃあマイスルさんも恥ずかしいわけだ。申し訳なくて身を竦ませていると、イケメンはまだ言いたりないのか次々私に言ってくる。どんだけ仲悪いんですか。


「こんな場末のメシが上手いとか舌を疑うな。知性もだ。マナーも悪い、品もない。何故一緒にいたか知らんが、マイスルならたらしこめると思ったんだろう?」


 ぐうの音もでない。特に最後。しかし最初のはいただけない。


「美味しい……ですもん」

「は?」

「マイスルさんの紹介してくれたお店のパンは美味しいです! 美味しい物を美味しいって言って何が悪いの! 食を笑うものは食に泣くんですよ!」

「なっ」


 子供の喧嘩みたいな事しか言い返せないけど、これを訂正させるか抗議するかしないと、マイスルさんへの侮辱になると思った。どうやらそれは正解だったらしい。


「嬢ちゃん、嬉しいこと言うねえ」


 屋台の主人が話しかけてきた。


「イルース様、舌に合わないものを上手いと言えとは言いません。でも営業妨害ならよそでやってくれると有り難いのですがね」

「何だと!」


 思わぬ加勢にびっくり。しかしそれは屋台の主人だけでなく、周辺の苦学生全員も同じだったようで、白けたムードが漂っている。劣勢を感じたのか、イルースと呼ばれた人は舌打ちしながら去っていった。


「貴族様にああまでモノを言うなんてな。嬢ちゃん、これはお礼だよ」


 主人は嬉しかったのか、大きなパンをタダでくれた。あ、有り難い! ……これで三日くらいもつかな。衣食住、あとは衣と住かあ……。


「チサさん」


 ちょっとびっくりする。いや、あてにしてた訳では、ありますけど……。


「え?」

「イルースに、ああまで言うなんて。君は不思議な人だね」

「そうですか?」

「だって、彼は顔がいいじゃないか」

「顔が良くても食の好みが会わない人は無理です」


 その日暮らしの自分にはあの男は嫌味すぎる。


「そうなの?」

「はい! マイスルさんのほうが、ずっと素敵ですよ。私、あのパン気に入っちゃいました」


 それにしても、マイスルさんてよく紅潮する分かりやすい人だなー。


「き、君は本当に、不思議な人だ。みんな、イルースがいいって言うのに。……そういえば、どこから来たの?」


 好感度は上がっている。今なら突飛なことを言っても信じてもらえる、はず。




「記憶喪失!?」

「そうなんです。気がついたらディケドラルトに囚われてて……私、そこの船長に乱暴されそうになって、必死で逃げてきたんです」


 間違ったことはいっていない。事実乱暴されたし。ファーストキスを奪われるってセクハラだよね? まあ異世界人なんてカウントしないけど。


「ディケドラルトか……。義賊と名乗っているし、評判もいいけど、だからって違法なことをしてない訳じゃないからな……。風の噂では一国を滅ぼしたと聞く。中身は案外盗賊と同じかもな。少女一人誘拐するくらい……」


 お? 食いつきいい?


「しかしまさかこの学園都市に手出しはしないだろう。チサさん、その、君さえよければうちに来ないか? 一人暮らしだからスペースはあるよ」


 キタ――!





 マイスルさんはアパートみたいなとこで一人暮らしらしい。ちょっと年季が入った感じの古めかしいアパートの階段を登る。


「その、色々不便なこともあると思うけれど」

「そんな、気なんて遣わないで下さい。お邪魔する身なんですから」


 恋は盲目。素性も知らない人間を自分の家にあげちゃいけませんよ。普通は。でも助かったけどね! 明日には図書館に同行させて貰う事になって、ちょっと、上手く行き過ぎてて怖いくらい。……あとはマイスルさんがお礼とか言わなきゃ最高だけど。さすがにそれは図々しいか。キスくらいならまあいいや。やばくなったらとんずらしよう。折角の学園都市、出来るだけ情報を集めなきゃ。ケイトの手がかり……国の名前も苗字も知らないけど、古代魔法、とか言ってたな。貴重な物らしいし、そこを当たれば……。


 そんな考え事をしながら階段を上り終えた時、部屋の前にやつの姿が見えた。


「イルース!?」

「……お、お前が、女を部屋に連れ込むとは……」


 つくづく失礼で無礼だ。マイスルさんはそりゃあ地味だし、女の趣味が激しく心配になる人だけど、面倒見がよくて堅実的で絶対年とったらモテるタイプじゃない。引き換えこいつは顔と金だけ。性格が致命的すぎる。散々無礼を働いた男の顔を見たくも無いと目も合わせないでいたら、マイスルさんが衝撃的な事実を口にした。


「そうか、今日はお前と僕の母の一年忌だったな……」

「それ以外に俺がここに来る理由はないだろ? 線香上げたらすぐ帰るからな」


 はい?


「ご、ご兄弟?」


 髪色以外全く似てないのだけれど。


「は? 知らないのか? 有名だと思ったんだがな。種違いの双子の兄弟。結婚式の日に貴族の坊ちゃまに母が乱暴されてな。そんな風に恨みを買うやつだったからあっさり死亡。断絶かと思われた貴族の家が、似てないと評判の兄弟で、息子にそっくりな俺を見つけて認知した」

「おいよせ!」


 複雑な事情がお有りのようだ。でもこれで仲悪いのも納得。近親憎悪みたいなものだったのか。


「隠してもどうせいずれは知れるだろ」

「それは、そうだが」

「あの、お線香、私も上げていいですか?」


 命日? だと知って無視するのも変な話だろう。私達は家に上がって、順に線香を上げる。そういえば、供養方法が日本に似てる。偶然だろうけど。


「……終わったな。ああ、マイスル、これ」


 終わったとたん、さっさと立ち上がって帰ろうとしたイルースが、包み紙をマイスルに渡した。


「!! 人前でやめろ!」

「何恥ずかしがってるんだよ。毎月のことだろ?」

「えっと、何ですか? それ」


 目の前で争われちゃ気づかない振りもできない。


「生活費。自分の子じゃないが、自分の孫の兄弟だからな。それが天涯孤独とか世間体とかあるんだろう」


 もうやめて私の胃が限界です。穴があったら潜りそうなマイスルさんの様子が見てるこっちも居た堪れない。


「こんなものなくたって……僕は奨学金で」

「飽和状態って断られたんだろーに。よく言うぜ」

「帰れよ! 帰ってレポートでも作ってろ! お前の得意な死んだ学問の古代魔法を空しく調べてるがいいさ!」

「えええ!?」


 急に大声を出した私にびっくりした様子の二人だが、私は絶対二人より驚いている。


 何でここで古代魔法が出るの! ってか、死んだって何!

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