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英雄

 巨大な飛行船はゆっくり暴れるドラゴンの元へ向かう。私はロスの首元にその辺に転がってた刃を当てながら考える。

 まず近くに行って呼びかけて……手元のこいつその時邪魔だな……とにかく状況見ながら対応してかなきゃ。

 その間もしびれ薬で動けない状態のロスはネチネチと嫌味を言ってくる。


「お前……こんなこと、して、タダで済むと思ってるのか……!」

「うんタダで済ませる。タダより高い物はないって言うじゃない」


 適当にあしらっている間に、徐々にドラゴン――レトのいる場所、王城へと近づく。放送で呼びかけようとするが、あいにく船内の操作は見当がついても、外用の物が分からない。それに脱出の時を考えると……しゃくだけど聞くしかないか。


「外にはどうやって出るの?」

「誰が、教えるか!」

「私、出来れば五体満足で返してあげたいの」


 その顔は当たり前のことを聞くな、という表情だった。


 よろよろとするロスを引っ立てて歩かせる。やばい気分いい。なんたって最初は犯罪者扱いだったしね。……それにしても、普通に考えて身長180越えの男を支えられるっておかしいような。多分異世界では地球出身は強くなるのかもしれない。そういう事にしてレトくん救出に集中だ。


「無茶苦茶やりやがって……目的でもあるのか……?」


 非常用の脱出口まで歩く道中、ロスがふらふらしながら尋ねてくる。


「あるよ。大好きな友人のため」

「……男か?」

「女の子よ。彼女だけが、私を救ってくれたの」

「ハッ、それなら俺の元に下れよ、俺のとこにいる連中は、ここに来なきゃ死んでいたような連中ばかりだ。お前も生活のあてがないならここに来いよ、俺が救ってやる。今ならこの現状も不問にするぞ」


 流暢に喋りだしてる……薬切れそうなのかも。それにしても、義賊を自称するだけあって、一応慈善家みたいなことしてるんだ。まあ何はともあれ。


「あの子がいなければ死んでた私に何言っても無駄よ。さあ歩いて!」


 ロスを引っ張って歩かせる。 徐々に足元がしっかりしてきた。急がなくちゃ。




 扉を開けた先に一際大きな建物……王様の住む城だろう。そこに爪を食い込ませてかじりついているレトくんが見えた。ギリギリまで近づいて呼びかける。


「レトくん! もういいから! こっちに来て、こんな事やめて!」


 ハッとしたような動作をした。しかしタイミングが悪かった。街中が火に包まれているから気づかなかったが、もう夜になる時間だったらしい。ふっと辺りが暗くなる。寝ている間にそんなに経ってたなんて。呆然としている間にも彼の身体が徐々に人間に戻っていく。


 ドラゴンのレトくんに飛び乗って逃亡しようかなと思ってたけど、当てが外れた。


 でもここファンタジー世界だし、ケイトは魔法の使える王族だったし……中に入れば何かあるかも。レトくんも気になるし、よし城に行こう。


「ドラゴンを追うよ。ロスさんは私と一緒に降りて」

「へーへー」


 都合のいい非常脱出通路なんかないかな。それで逃亡できないかな。そう計算してテラスに梯子を下ろし、ロスを引きずって降りる。


 着いた先は絶賛修羅場中だった。


「そうだ! お前より新しい妻の息子の方が大事だったんだ! 旅の魔法使いに頼んでお前を追いやったというのに……これは復讐か! それにしたって度が過ぎるわ! 父親をこうまで苦しめる息子がどこにいる!」


 見ただけで分かる、半狂乱な王様と、その後ろでびくびく震える母子。その彼らの前に佇む、全裸のレトくん。ギャグにならないほど、事態は切羽詰っていた。え、ロスが焼き討ちを命じた城下町って、レトくんの出身地なの? そしてレトくんはわざと追いやられてたの? 実の父親に……。


「……わざと……父上が、自ら……義母上……」


 虚ろな声で継母に目を向けるレトくん。やはりと言うべきか、彼女からもレトくんを傷つける言葉がくる。


「ひっ! わ、私の息子はこの子だけよ! ああだから殺してしまおうといったのに、この暗愚が情けをかけるから」

「お、お前が言い出したんじゃないか! こいつが発端だ、わしは悪くない!」

「直接手を下したのは貴方でしょう! 実の息子をね! 私は勧めただけ、実行犯は貴方よ!」


 醜い責任の擦り付け合いを見て、レトが軽く溜息を吐く。そして……。


「僕は一度死んだんだ。だからお前らを殺すのに何の躊躇いも無い。……消えてくれ」


 その気持ちは痛いほど解った。私もまた、ケイトに出会う直前――気持ち的にはあれで死んでいたのだから。今だって親に言ってやりたいことはある。私が嫌いだから、信じてくれなかったの? 苦しいのにも気づいてくれなかったの? もし親が、邪魔だったからむしろ死ぬように仕向けましたなんて言ったら……。


 一人もやもやしている間にも、どこから調達したのか長剣を振りかざすレトくん。子供を捨てる親なんて確かに最低だ。でも……。


「百点とったの? すごいわね」 「千沙は可愛いな」


 遠い昔に両親が私を褒めた時のことが、頭をよぎった。


「だめ――――――――――!!!」


 ロスを投げ捨ててレトをとめる。抱きついて動揺させた後、長剣を叩き落し説得する。


「親殺しは、駄目だよ……」


 光の無い目で、レトは私を見つめる。


「あいつらが、悪くないとでも……?」

「そうじゃない。レトくんという人に出会って、私は嬉しかった。だからレトくんを作った人を、私は憎めない。悪人であったとしても」

「嬉しい……本当?」

「う、うん」


 ほんのり頬を染めるレトくん。また変な方向に行ってるような気もするけどとりあえず放置。貴重な友人が親殺しは寝覚めが悪いから、思いとどまってくれてよかった。止める権利があるのかと聞かれたらどうしようと思ったけど。


 あと色々はしょってるんだけどねー。交通手段と食と住の確保的に嬉しかったって意味だけど。そんなのはこんな状態で言うわけ無い。


 ……さて惨事は止められたし、このお礼をよこせとそこにいるレトくんの両親に迫るのもいいかもしれない。生かしておくだけの利用価値はあるもの。交渉なんかはレトくんにも手伝ってもらって、と考えていた所で異変に気づく。レトの顔が蒼白でぶるぶる震えている。


「チサ、力を使いすぎて、ごめ……」

「は? え?」


 レトくんが何故かどんどん縮んでいく。驚く間もなく、彼は小さな石となった。え、どういう事? 拾って確かめるが、どうみても石だ。


「あなた、レトのやつ力を使いすぎて封印状態になったようですわ!」

「うむ! しかしだからと言って城外に出たら民衆に何と言われるか……移動魔法陣を使おう!」


 説明と脱出方法ありがとう、ご両親様。レトくんの落とした長剣を握り、王と王妃のいずれか……弱そうな王妃か? に狙いを定める。後ろにはディケドラルトがいるんだ、引けないならこうするしかない。しかし向こうも必死だった。近くにある剣をとりこっちに向けてくる。……さすがに剣術で勝てる気がしない。と、その時背後から女の子の声が聞こえた。


「父上、母上、一体この騒ぎは!?」


 私の耳元で悪魔が「一人殺せば犯罪者、百人殺せば……」 と囁いた気がした。迷わず十代前半くらいのその少女を捕まえ長剣を突きつけて言う。


「移動魔法陣に私も入れなさい! さもなくばこの少女の命は無い!」

「ひ、卑怯者が――!!」


 二人から浴びせられる罵声をものともせず、私は少女を捕まえたまま悠々と歩く。王妃が壁をいじると通路が出現した。少女をとらえたまま王達の後を追っていく。



 一方、取り残された男。


「……」


 呆然と千沙達の去ったあとを見ていた。その顔は何故か紅潮している。


「お頭! 無事ですか!」

「解毒剤に武器です! 略奪しますか? それともすぐに去りますか? 外は混乱が激しいようで……お頭?」


 様子を見てディケドラルトから降りてきた部下達が話しかけても、うんともすんとも言わないロス。不思議に思った部下Aは辺りを見回し、千沙の居ない事に気づく。あのクソガキはどうせお頭に始末されたんだろうが、末路はどんなもんだか興味はある。


「あのメスガキはどこに?」

「……メスガキ?」

「チサ? とかいった女ですよ! 殺したんですか?」

「お前、何を言う!」


 芯が無くなったかのようにぼうっとしていたロスが突然激高する。何が逆鱗に触れたのだろうか――その答えはすぐに本人の口から知れた。


「あれは俺の伴侶となる女だぞ!」


 一瞬の沈黙後、「はぁぁぁあああああああ!?!?!?」 と声が揃う。


「気でも狂ったんですかお頭!」

「正気だ。お前らは見ていないから知らんだろうが、国の王に一歩を引かない態度、機を見てすぐ動く俊敏さ、そして女に不自由した事が無いこの俺を躊躇なく放るつれなさ……好みだ」


 恍惚としたロスの表情に全員が本気だと悟る。阿鼻叫喚の図と化した。部下達が一斉に言い募る。


「普段あれだけ秩序は大事とか言っておいてええええ」

「愛に秩序はないだろ!」

「てか年齢差を考えるとロリ……」

「愛に年齢など関係ない!」

「むしろ集団を束ねるボスがマゾなことがきつい!」

「マゾではない! チサ限定だ!」


 何を言っても無駄だと悟った部下達は考えた。もうこうなったらしゃくだけど、あのチサってやつに責任とってもらうしか……。







「着いたぞ! さあ娘を返せ!」


 移動魔法陣とは何て便利なものだろうか。瞬きする間に別天地である。町が一つ消えるような大火はここには影も形も見当たらない。……安心していいようだ。さて……。


 先ほどから私を見上げるこの少女。王様が娘というのだから、王女なのだろう。自分の城と国を崩壊させた原因に人質にされて、利用されて。良心がちくちくと痛む。私に出来る事はせめて……。



「おうち、なくなっちゃったね。悔しい?」

「……!」

「そうよ、私がやったの。こちとら一文無しの身なんでね、あんた達みたいなお金持ちが大ッ嫌いなの。ざまあみろだわ」


 お先真っ暗なこの子。憎しみでもいいから支えに、指標になりたい。傲慢かもしれないけど。


「どうして……どうしてそんな事を仰るの……」

「理由なら今言ったじゃない」

「貴方、お兄様の恋人なのでしょう?」


 ……はい?


「私、知っています。人質にとっている間、貴方が必死で剣を私に当てないようにしていたこと。父が兄を死んだも同然の姿にして追いやったこと。そうなってからは継母の言いなりで、増税に増税を重ねる散在をし続けた事。むしろこうなって感謝を述べたいくらいです。ほら……」


 顔を向けた先には、王と王妃の修羅場があった。


「何だと!? わしから離れるというのか!」

「ええ、実家に帰ります。もう贅沢も出来ないし。ああ、息子は連れて行きますから」

「そんな、あれだけ尽くしてやったのに……。贅沢を許し、息子を追い出し、臣下達を殺したのも、全部お前の……」

「恩着せがましいのね。今の貴方惨めだわ、さよなら」


 歩いて去っていく母子を見て、地面に突っ伏して泣く王様。な、なんと感想を言っていいやら……。こうなると可哀相な気もしてくるし。


「ディケドラルトは本当に義賊ですね……王家の寿命を縮めて、民の苦しみを長引かせなかった。無実の側近を何人も処刑し、実の息子を追放し、娘すら幽閉する王には生ぬるい処置なくらい」


 そういえば私、何も知らなかった。てっきり、普通に過ごしている町を一方的に侵略したのかとばっかり。今度会ったら謝って……あれ最後どうしたっけ。……。死んでないよね? とりあえずディケドラルトからは逃げよう。


「お名前、聞いていませんでしたね」

「え!?」


 不意に話しかけられてびくっとする。名前って、そういえば私もこの子の名前知らないな。王女様なだけあって、綺麗で品があって……ちょっとケイトに似てるなあ。じーっと見ていると、にこりと微笑まれて何かドギマギする。


「あの、えっと、私はチサ」

「エリーゼと言います。お兄様がお世話になりまして」

「あ、いえ、その……」

「本当なら、私がお兄様の事を見るべきなのでしょうけど、チサ様がいるなら安心です。呪われて以降、人間不信となったお兄様が、貴方の事なら従うのですから。それにあんな人間でも、親は放っておけません」

「えっと」

「よろしくお願いします。……ありがとう」


 そう言って彼女は父親の元へ向かった。え、この石、私預かってていいの? ……元を正せば私のせいでもあるしなあ。それに今のエリーゼに押し付けるのもおかしいし、私はエリーゼと一緒に居るわけにもいかない。一緒に居たらディケドラルトに狙われそう。


 という訳で、ケイト探しの次に大事な使命が出来てしまった。うーんどうなのこれ? いや、むしろ逆に考えるんだ、ちょっと扱いに困る人が石になったしいいんじゃないかと。

 と思って、また自己嫌悪。考えが外道そのものな自分って……。





「お父様、起きてください」


 エリーゼが優しく父を労わる。妻に捨てられ息子に恨まれ、それでも娘だけは違ったのだと失意の底の元王は歓喜する。


「おおエリーゼ、お前は、お前だけはわしを見捨てないでくれ……」

「ええ見捨てません。……だからとっとと起きてくださいな」


 ドスの聞いた声。思わず耳を疑う。

 

「泣くより他にするべき事があるでしょう。縁故を頼って王家を復興させてください。この世界の王族なんて親戚みたいなものでしょう。誰も二の舞にはなりたくないでしょうから、そこそこの援助は期待できます」

「え、エリーゼ?」

「私が自由の身になれたのって、チサ様のお陰なのですよ。レトお兄様が真っ先に私の独房を破壊して、一族に伝わるテレパシーで彼女の事を教えてくれた。うふふ、兄妹って好みが似ますのね。今は先に会って助けていたぶん、お兄様に貸しておきます」


 王はもはや掠れ声しか出ない。


「女中の一人が食べ物を持ってきてくれなかったら、私とて飢え死にしていたのですよ王様。ああ安心してください、復讐なんて考えていません。でも私の手足となる事を拒むのであったら考えますけど」

「エリーゼ」

「早くお会いしたいわ。それにはこんな身分じゃ恥ずかしくって」




 そんなやり取りも知らず、千沙はレトが封印された石とともに町へ向かう。


「えっと……研究学園都市? すごい! ここなら色んなことが調べられるかも!」

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