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人殺しと人でなし

「あ、お疲れ様でーす!」


 にこにこと笑いながら、千沙は村境で見張りをする即席警備兵に挨拶する。警備兵は二人いたが、どちらも見知らぬ顔の千沙に怪訝な表情を向けた。


「……? 誰だ? 北の村には立ち入り禁止だぞ、道を間違えてるんじゃないのか?」

「悪いことは言わない、すぐ戻れ。夜は吸血鬼の力も強い。ここから先、いや、この村だって危険なんだ」


 少女と見て鼻の下のばす人達ならいっそ簡単だったのになー。レトには悪いけど仕方ない。後ろに佇むレトに合図を送る。


「もう遅いですよ」


 レトの腕の筋肉がぶるぶる震え、魔性のものへと変化していく。それを見た若い兵士二人は、声を上げることなく気絶した。


「僕が言うのもなんだけど、あっけないな。これで大事な見張りって、人選ミスの気がする……」


 レトの後ろでは、ただれた左の顔を前髪で隠したコリスが何ともいえない表情で、レトの右腕が戻っていくのを見ていた。戦う前から味方内で空中分解はいけない! フォローしないと!


「そりゃあ外からくると思ってたものが内から来たらびっくりするよ。でも見分けついてほしかったな。レトのは人を救う力なんだから!」


 だから差別的な目で見るのはやめてねというコリスへの警告でもある。遠まわしな表現で気づいてくれると有り難いのだけれど。意図が通じたのか、コリスはじろじろとレトを見るのをやめてはっきりと意見を言った。


「……貴方達の素性は聞かないわ。そもそも興味ないし。ただ、吸血鬼をぶち殺す貴重な手段だから、その点は頼もしく思ってる」

「ありがとう!」


 説明すると長くなるし、答えられるかって言ったらそうでもないし。追われてる身だしね。だからコリスの判断は嬉しいくらいだ。それにしても、コリス、本当に吸血鬼を倒したいんだなあ。恩人である『ケイト』 のため、か。


 小さい頃は私も痣がつくくらい殴られたこともあったっけ。誰も助けてくれなくて。コリスもだけど、吸血鬼の花嫁になった? らしいケイトさんにも心が動かされる。





 古代魔法で蘇った吸血鬼。今、確かにコリスはそう言った。何でも、村の子供が「お墓の前がきらきら光っていた。童話の魔法みたいだった」 って言ったらしく、ケイト自身そこから発展した流言かと思っていた。


 魔法は実在する。現に私は生きられない環境であるはずのこの異世界で生きている。レトだってドラゴンに変化できる。だったらくだんの吸血鬼も魔法で蘇ったのではないのか? 墓場が遺跡の上だったとか、近くの王族が何かやらかしたとか。何にしろ、すごく話を聞いてみたい。うまく聞き出せて王族に接触せずに隠された島にいけるなら儲けもの。だって昔の日本だって不敬罪とかあったわけだし、会わずに済むならそれに越した事はないのだ。問題は……。


「レト……」


 上目づかい+涙目でお願いしてみる。もちろんまた利用する気だ。一応策はあるけど、それでもレトがいたほうが心強い。しばらく私をジト目で見ていたレトだけど、溜息をついて言った。


「……だめって言っても行くんだろう?」

「……!」

「いいよ分かったよ! 絶対、無理しないでね?」

「ありがとう!」


 と、レトのご好意に甘えまくっての出発。見張りをどうにかするのにもレトが役に立ってくれました。





 道中は不気味なくらい静かだった。時折上を見ると、二番目の月がよく見えた。ここら辺は二番目の月が見やすい地域なのかな? と、月を横切る影が見えた。


「あれ……蝙蝠(こうもり)? まさか、配下とか?」


 一匹飛んでいるのを確認した次の瞬間から、ひっきりなしに蝙蝠が飛び回る。思わずコリスの指示を仰ぐ。


「こっちは少女二人に少年一人……。しかも逃げ出した当日。敵も油断しかしないはず。このまま行きましょう」

「僕はどっちでもいいけど、チサは?」

「うーん、どっちにしろ討伐隊が来る前に終わらせたいし……コリスの言うとおりこのまま行こう」


 虎穴に入らずんば虎児を得ずってね。多少の危険は覚悟の上。





 蝙蝠に導かれるように、村に侵入する私達。ここまで無事に来たけれど、吸血鬼と、ケイトさんの居るところは一体……。


「村長の家ね。あそこだけ、篝火が焚いてある」

「えーと、あれが?」


 うーん吸血鬼ってお城とか地下とかに住むイメージがあったけど、村長さん宅は普通すぎて、何というかムードが……。


「言いたい事は分かるわ。悪魔や悪霊は贅沢を好むと言われているし……まあ、蘇ったばかりで、しかもこんな田舎村じゃ、ああいうのが精々なんじゃない?」


 確かに。まあ、現実なんてこんなものだよね。意を決して村長の家の前に立つ。


――入れ――


 綺麗だけれど、鳥肌が止まらないような声がした。同時に家の扉がひとりでに開く。唾を飲み込んで歩き出す。が。


「うわっ!?」


 コリスと私は通れるのにレトが見えない壁に弾かれた。……魔法! 吹っ飛ばされたレトを尻目に扉は無情にも閉まる。



「それで、お前達は何の用だ?」


 背後からの声にコリスと私が振り返る。



 そこに居たのは、私の理想通りの吸血鬼だった。金髪碧眼。黒い衣装。そして傲慢そのものの態度。椅子に座って頬杖をついてとても客を迎える態度ではない。しかし見とれてしまうなあ。


「まず、貴方のお名前を教えてください」


 動揺を見せずにコリスが問う。


「……アドル。アドル・ファジェシオル」

「アドル様、私達は貴方様の花嫁になりに来たのです」

「ほう?」


 信じてもらえるとは思っていない。ただ、隙を作れればいい。


「特に私にとって、村の人間なんて仇にすぎません。だからそいつらを苦しめる貴方様は私にとって、むしろ救いであり、神」


 本当の事を混ぜていうからタチが悪いよ! コリスさん!


「仇……とは?」

「私は村に捨てられていた孤児ですから。庇護する人間のいない子供の扱いなんて、知れたものです」

「待て、ひょっとするとお前の父の名は、ザルンと言うのではないか?」

「え? どうしてそれを?」


 突然奇妙なことを言い出す吸血鬼――アドル。何考えているんだか読めない。万が一コリスが篭絡されることがあっても、私はしっかりしなきゃ。


「ザルンは私の部下だ。お前に会いたがっていたよ。話をしてやれ」


 何を言ってるのこの人、じゃない吸血鬼。思わずどういうことかと聞こうとしたが、すぐに分かった。ズルッズルッと引きずるような音がする。土間――この辺の村では台所は外と地続きになってる――そこからだ。


「コリス……コリス……」


 這いながら現れたのは……コリスのお父さんらしかった。でも、それは人ではない、ゾンビだ。生気のない肌、赤く輝く目、ところどころ肌が破れて骨が見えている。


「お父さん、なの?」

「ああ、コリス……一人にして、悪かった……親の無い子ほど哀れなものはない……」


 罠かもしれない。横目で見たアドルが忍び笑いをしているのを確認する。そんな嫌味な姿すら絵になっているのが憎らしい。


「好きで一人にしたわけではない……数十年前、ここらを疫病と飢饉が襲った。貴族でも下っ端は潰れるくらいの……あの時、たまたまここを訪れていた旅人だった俺は、寝ている隙に……村人達に殺され、荷物を奪われた末……食われた。アドル様も……」

「お前より先にやられたよ。まあ、独り身だから気楽なものだがな」


 ……絶句。何か嫌な感じする人達だと思っていたけど、そんなことしてたの!? いやでも食べる物もない緊急事態だし……いやだめだ、それじゃコリス苛めるのが訳分からない。


「いつ真実を知って、復讐するのかで、気が気じゃなかったんだろうなあ。あいつらの中でコリス、お前は同じ村人じゃなくて身中の虫でしかなかった」


 コリスは感情を見せない顔で黙って聞いている。ゾンビの父親は、どこから水分を出しているのか、目から水を流しながら語っている。アドルは口元を歪ませながらこの場を眺めている。

 ……この辺りに他の生者の気配はないけど、いるとしたらもっと奥、寝室のほうかな?


「墓の下でずっとお前を見ていたよ、コリス。さあ、ともに村の連中に復讐しよう。アドル様が筆頭となって殲滅してくださる」

「お父さん、それは全員?」

「ああ、全員だ。お前の友達面していたあのケイトという女もアドル様が汚して……」


 コリスは父が最後まで言い終えるのを待つことなく、隠し持っていた銀のナイフで心臓を刺した。


「コリス!」


 思わず叫んでしまう。


「お父さん、心配ありがとう」

「な……ぜ」

「愛は憎しみを凌駕するの。村の連中の処遇は嬉しいわ。でもケイトを手にかけたのは許せない。貴方は灰に還って」


 この世界の吸血鬼の弱点は、太陽と銀。銀のナイフを打ち込まれたゾンビは静かに砂と化していった。


「……つまり、ケイトとやらを取り戻すのが真の目的という訳か。愚かな……」


 ずっと傍観していたアドルは冷静だった。むしろ傍観することで真実を導き出そうとしていたのかもしれない。そしておそらく策通りに目的を暴かれたコリスは憎々しげにアドルに詰め寄る。


「ケイトはどこ! あんたケイトに何したの! それが酷いことだったら……殺してやる! 百回でも足りない……永遠に殺し続けてやる!!」

「心配するな、生きてるぞ。もう少ししたら気がつくだろうから、その時に話ををするといい。さて……」


 完全に頭に血が上ってるコリス。それを大人が子供の我侭をあしらうように流し、アドルは私に目を向けた。


「お前の目的は何だ? このケロイドの少女と同じか?」

「違う……私は貴方に聞きたいことがあるの。コリス、分かってるよね?」


 村に来る前の打ち合わせで、絶対私の用事を先に終わらせて、死んだら何も聞き出せない! と頼み込んでいた甲斐があった。しぶしぶとコリスは引き下がる。

 そして私は吸血鬼と対峙した。身体が震える。威圧感や恐怖ではない、その美しさに圧倒されていた。しかし、聞かなければ始まらない。


「吸血鬼のアドルさん、貴方の復活には古代魔法が関係していると聞きました。それは本当ですか?」

「ああそうだ。……それで?」

「! 魔法はどういうものなのですか? 場所? 貴方の血筋? それとも……」

「教える義理はないな。知ったところでお前には絶対に使えんよ。悪用するつもりなら、当てが外れたな」

「そうですか。それだけ分かれば充分です……レト!!」


 その声で天井が抜けて少年が降ってくる。


「吸血鬼ね。地方によってはドラゴンと同様、悪魔の象徴とされる……心苦しいけど仕方ない」


 足を変化させて難なく着地した少年は、まるで月曜日に学校に行く生徒のようにぼやいた。そこに緊張感はない。


「お前は……!」


 突然登場したレトにアドルの目が見開かれる。その視線の先にはレトがドラゴンに変化させた手足。


「ああ、異形だって? 知ってる。それに今はそんなに苦じゃない。これでチサを守れるからね!」


 男同士でガチバトルをしている間に、女二人でケイトを救出する。それがチサ達の作戦だった。目が逸れた隙に家の奥に駆け込む。


「レトって人だけに任せて大丈夫なの?」

「負けると思えないもん、大丈夫」


 少なくとも力押しで負けることはないだろう。戦いを長引かせて朝まで待てば勝てる、はず。今はとにかく、ケイトさんを探さなくては。それにしても、この家広いな……。


「行き止まり!?」

「コリス、こっちも……」


 家の中は迷路のような仕組みだった。平屋で見かけ古そうな感じでどうして!


「そういえば、村長はいざという時に逃げやすいよう、家を複雑な作りにしたり隠し通路を設けているとか聞いたような」

「あー……恨まれてるようなことしてる自覚あったんだね」

「おかげで俺達が眠る場所にも困らんがな」


 振り返れば吸血鬼。血の気が引く音がした。


「なん……っレト、レトは!?」

「力は上だったがな。いかんな、戦いに慣れている様子もない。若者の血も悪くないが、やはり女の血が至上だ」


 まさか、死……。


「生きているぞ。あの男の力は殺すには惜しい。しかし……使うにはお前が必要らしいな」


 アドルは私に目をつけた。……覚悟はしている。でもコリスは……。その時、壁の裏から苦しそうな少女の声がした。


「!!! ケイト!!!」


 コリスが壁を押すとくるっと反転して、ケイトは隠し部屋の中に消えた。ちょ、私のピンチ……まあ、私でも同じことするだろうから文句は言えないけど。こうして場には私と吸血鬼のみが残された。


「さて……」


 美貌の吸血鬼は舐めまわすように私を見た。スーパーでお肉を買う主婦が検分するのに似てるかも。いや同じか。食料だもの。


「ほどほどに良い育ちをしているようだな。健康的で悪くない肉質と香りだ」

「どうも」


 嬉しくない褒め言葉もあったものだ。


「お前の血は、どんな味がするんだろうな?」

「確かめてみますか」


 どうせ私の力じゃ逃げられない。それなら大人しく乗ってやるまで。自分から首元をくつろげて近づく。


「どうぞ」


 抵抗する様子も無い私に、目を細くして注意深く観察するアドル。美形の不機嫌な顔は怖い。しかし問題なしと判断したのか、策があっても無意味だと思ったのか、アドルは牙をむき出しにして噛み付いてきた。


 信じても無いのに、心の中で『かみさま』 と念じる自分がいた。



「ぐわああああああああ!!!???」


 賭けに勝った。アドルは血を吸っていくらもしないうちに絶叫して床に倒れ悶絶する。


「げはっ!! くぁ……こ、この血は……」

「異世界人の血の味はいかが? さすがの吸血鬼でも拒絶反応出たんじゃない?」


 そう、私の血は学園都市の技術で『この世のものではない』 とのお墨付き。そんなものを口にしたらどうなるか。それだけを武器に挑んだ。


「力が、俺の……力が……」


 みるみるうちにしわくちゃの老人と化していくアドル。銀のナイフでとどめを刺すか迷っているうちに、アドルが現れた方向からの足音。まさか新手の部下?


「チサ、無事……?」


 覚束ない足取りで現れたのは、レトだった。レトが、無事だった……?


「チサ? 泣いてるの?」

「本物なの?」

「ドラゴンに変身できるような人間が何人もいたら怖いよ……ほら」


 そう言って手を変化させた。うん、本物だ。疑いが晴れたので思いっきり抱き着いた。


「!!!」

「無事でよかった、よかったよ、レト」


 恋心を利用しての命令だった。それを死ぬまで悔やむところだった。自分の甘い判断を。


「……ああ、あ……」


 と、私がレトの無事に一息ついている間に、アドルは身体が老化を極めたような姿になっていた。断末魔の声も出せないその様に、さすがに憐れみが起こる。


「ここまで弱ると銀のナイフも必要なさそうだね。……でもチサ、一体何やったの?」

「血を吸わせただけ。どうもこの世界の人には劇薬と一緒みたい」


 でもレトと間接キスくらいはしてるんだよね……血を直接ってのが駄目なのかな? まあ今考える時間はなさそうだけど。


「あ。あ……生きながら……埋められた復讐、まだ……」


 この村、本当に何やってるんだろうか。コリスのお父さんを殺し、その前にはこのアドルを殺し、コリスにもまともな扱いをしない。


 ……そんなものかも。隠蔽体質とか、苛めとかって。だったら、アドルを倒したところで、そのうちまた同じ問題が起こるだろう。思うところはあるけど、所詮部外者。その時に任せよう。


「……」


 ヒューヒューという声を最後に、アドルは灰になった。張り詰めていた空気が軽くなる。


「終わってみると、案外あっけないもんだね」

「……そりゃチサは少し血を吸わせただけで終わったもんね」


 まさかのレトの皮肉。そういえば直接肉弾戦して足止めしてくれてたんだよね。


「ごめんなさい。無神経だった」

「こっちこそごめん……八つ当たりだ。盾にもなれなかった自分が情けなくて。チサの首に、傷跡が」

「すぐなおるよ」

「そんな問題じゃない! チサに怪我なんて似合わないのに。大体チサは山道の時も足に豆が出来てるのにそれを言いもしないで」


 心配が嬉しくて、頬にキスしてみる。言い足りない様子だったレトも流石に黙った。


「ごめんね?」

「……やっぱりずるい……」


 それから足元の灰を見やる。そして辺りを見回すと、花瓶に花が活けてあった。一つ失敬して灰の前に供える。


「どうぞ安らかに」


 死んでしまえば、人も動物も、悪魔も化け物も異世界人も関係ない。少しの間だけ、黙祷する。


「いや――――――!!!!」


 厳かな雰囲気を切り裂く少女の悲鳴。この家にいる生きた少女といったら……コリス!? それともまさかケイトさん? 慌ててレトを連れ扉に押して隠し部屋に入る。





「おねが……い。……して」


 そこに居たのは泣きじゃくるコリスに、青白い死人の肌、赤く輝く目、長い牙をした少女――多分、ケイトさんがいた。


「コリス! これは一体」

「いやよ! 絶対いや! ケイトを私がなんて!」


 まずコリスに説明を求めるが、半狂乱になっていてとても話ができる状態ではない。でも、話なんかしなくても、この状況はどう見ても……。


「誰? ううん誰でもいい。私を殺して……アドルに吸血鬼にされたの……吸血衝動が暴走する前に、殺して……!」


 コリスは、間に合わなかったらしい。いや本当にそうなのか? レトに縋るように聞いてみる。


「レト、吸血鬼になった人を戻す方法なんてない?」

「そんな方法が存在したら脅威になってない。村の人も逃げる必要はなかった。」


 ですよね……。じゃあ、誰かが、あのケイトさんを……。


「コリス、コリス……戻ってきてくれてありがとう……私の友達。……お願い、貴女の手で、私を天国へ導いて……」


 必死なのだろう、ケイトさんは腕を交差させるようにして我が身を抱きしめていた。その爪痕から血が滲んでいる。


「なんで、なんでケイトがそんな目に合わなくちゃいけないの?」

「いいの、皆を逃がせたから、私一人で済んだから……」

「あいつらのどこにそんな価値があったの? ねえ」

「コリス、お願い、正気が、もう……化け物になる、人々を襲ってしまう……」

「滅べばいいよ……ケイトを犠牲にして生きる世界なら、滅亡すればいいんだよ!!!」


 その時ケイトさんの理性が失われたのか、牙を伸ばしてすぐ近くのコリスを襲おうとした。やむを得ず、私が前に出て血を吸われる。


「チサ!?」


 けれど所詮一瞬だ。私の血を吸った新たな吸血鬼は叫び声を上げてのた打ち回り、やがて事切れて灰になった。


 何が起こったのか理解するのは、レトよりもコリスが若干早かった。




「――――人殺しい!! よくもケイトを――――!!!」


 コリスは怒りにまかせて、持っていた銀のナイフを私に向けた。あ、やば、ちょっと貧血で頭が……。

 しかしレトによってそのナイフはいとも簡単に掃われた。


「チサに何をする! 女だからって容赦しないぞ!!」

「うるさい!! 人殺しに罰を与えて何が悪い!!!」

「チサが人殺し……? ならお前は友人の最後の頼みを無下にする人でなしだ! お前にチサを責める権利などあるものか!」

「……ぅ、うう……」


 コリスは聞いているほうが辛くなるくらいの悲痛な声を上げて、泣き崩れた。私は、ふらつきながらも立ってコリスに声をかける。


「コリス……きっとケイトは、貴女が生きることを望んでいたと思う」


 ごめん、とか私はケイトさんの願いどおりにしただけだとか、謝罪したり言い訳したりすることは出来た。でも、今の私にはこれが精一杯だった。レトの力を借りて、山の麓の村に帰る。脅威が去ったことを伝えなくては。





「生きる……? ケイトに死なれた私に?」


 千沙とレトが去った場所で、コリスはぽつんと呟いた。光の無い目でしばらくぼんやりして、ふとケイトの灰のほうへ行こうとして立ち上がる。その時、足元にどこから入り込んでいたのか、羽虫の死骸があった。


「……そうだよ、命ってこんなに軽いんだよ。何も考える必要なかったんじゃん、あは、あははは……」






「君達、村で見たような……」

「気のせいです☆」


 チサとレトは先遣隊に村から逃げてきた者だと言って、吸血鬼は既にいないことを伝えた。


「にわかには信じられないな……とにかく案内してくれ」

「はい、こちらです」


 まだ太陽が出ていない時間帯だった。先遣隊は武器を手に村に入り、あちこちを見て回った。


「それらしい化け物はどこにもいないな」

「そもそも吸血鬼とか本当だったのかね、集団ヒステリーとか」


 緊張が徐々に解け穏やかな空気が流れた。無駄な交戦がなくなり、死傷者が出ないのならそれがいいと思っていた。あと、アドルの死者をゾンビとして蘇らせる能力。あれ、疫病の原因になりそうだったし……。早目に退治して正解だと思う。


「チサ……ちょっと気にかかることが」

「え、なに?」


 先遣隊に村を案内していたレトが言う。


「アドル、だっけ。吸血鬼が死んだ場所に戻ったら、灰が無かった。それと花も……」

「風で飛んだんじゃないの? あの家、随分風通しよくなったし」

「……だといいんだけど」


 気にかかることはそれくらいで、調査は滞りなく終わった。足が弱っていて家に篭っていた老人や家の奥に震えながら隠れていた子供達も保護されていった。さて、そろそろ自分達も出発しようかという時だった。


「化け物はいないが、死者はいたようだぞ」


 別の方角を調査していた先遣隊の一人が、チサ達に妙なことを伝えてきた。


「ほら、丘のほうの大きな木。でっかい実がなってらあ」



 近づくにつれ、木がしなる音が聞こえた。重いものをぶら下げてる音。それが風に揺れて軋んでいる音。


「コリス……」







 レトは呆然とするチサを多少強引に引っ張っていった。あの村に長居するのは良くない。忌まわしい土地にも程がある。

 カワダユウトとやらの墓がある最初の村で、傷が癒えるまで逗留することにした。


「レトくん……」


 ある夜、チサから真剣な表情で話しかけられた。


「何?」

「もし、私がコリスみたいな立場になったら、ケイトさんみたいな理性の無い生物になったら、その時はレトが殺してね……」

「どうしてそんなこと!」

「お願い。レトにしか頼めないから」


 レトは渋々頷いた。他に言える相手がいないという事は、それだけ自分が特別視されているという事。そう納得するしかなかった。


 千沙はずっと考えていた。ケイトの死。コリスの最後。もし、自分のケイトも化け物になっていたら。ここはそういう世界、異世界なんだ。もし、そんなことになったら……。


――きっとコリスと同じ考えをし、行動をとるのだろう―― そう思うと、コリスの死に顔が浮かんで、涙がこぼれるのだった。

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