同じ思いの少女
「吸血鬼? うん実在してるよ。ファンタジーな生き物? チサの中で何がそれに該当するのか分からないけど……。この世界でも珍しいって言われてるのは……空にはペガサス。野にはユニコーンに小人に妖精。海にはセイレーンにクラーケン。特定の地域にそれぞれ住んでいて、法律で無暗に捕獲や住む地域の破壊行為をしないように定められている。一時期乱獲とかされて数が少なくなっちゃったからね。でも、吸血鬼は例外かな。最後に出たのは百年前で、絶滅した種って聞いてたけど……」
不謹慎かもしれないけど。私は今、すごくファンタジー体験に興奮している! 特に吸血鬼ものには琴線に触れて弱い。好きな吸血鬼映画はあるし、集めた漫画も全部吸血鬼もの。行きたい場所は吸血鬼のモデルになった方のお墓参りです! ってくらい好き!
とはいえ、萌えていられたのはそれが所詮、他人事だったからなんだよね。
「退治用の道具を用意するか……果たしてどれほど必要になるか」
「聖水は届くまで数日かかるそうだ」
「上から連絡が来た。なんとかこの村で食い止めてほしいそうだ。被害を拡大させないために」
「それより被害者は? ここに来たので何人だ? 村に残っているのは? それは老人や子供ばかりなのか?」
「すみません、毛布が足りないのですが……」
非常事態ということで、通りすがりである旅人――つまり私とレトまで、避難所兼対策本部に押し込められたのだ。始終ピリピリと張り詰めた雰囲気が漂い、泣き出す子供もいる。それにイラついた大人が怒鳴って、母親が必死に宥める。嫌な光景。
でもまあ、少なくとも私達はまだ気楽でいられるんだろうな。ほとぼりが冷めるか状況が落ち着いたら無関係な方角に旅立てばいい。あーでもディケドラルト対策でドラゴンレトが使えないから徒歩になるんだよね。ちぇっ。
「寒くない? チサ」
こんな時でもレトは私を第一に気遣ってくれる。心の痛みを感じつつ、笑顔で答える。
「大丈夫。でも、そういえば最近涼しいね」
「チサと会った時が真夏だったから、今が秋。これからどんどん涼しくなるよ」
……次の目的地はどこかの王家だし、目的地は南に変更かな? 真夏であの気候なら、冬になったらさぞ寒いんだろうなあ、この辺。
「それでチサ、とりあえず今日はここで足止めってことだけど、これからどうする?」
「南に行きたい。そこでどっかの王家に会えればいいんだけど……」
「難しいな。故郷は滅びてしまったし。僕には身分を証明する物もない」
「まあ、行ってから考えようよ」
目的地を決めて、今日のところは避難所で一休みとなった。吸血鬼騒ぎでの無理な滞在ということで、村から無料で簡単なご飯が支給された。望めばお風呂も借りられるらしい。有り難い!
久しぶりのまともなお風呂にゆっくり浸かる。今度はいつ入れるかな……お金無いからな……。他に人が居ないので湯船で身体を伸ばしていると、脱衣所の扉を開ける音。避難民の人かな? 大半の人は逃げるので大変だったからもう休みたいって聞いたけど。
「……!」
びっくりした。入ってきた私より数歳年上くらいの女性は、顔の左半分に生々しいケロイドがあった。普段は前髪で隠しているのだろう、いくつもピンを使って長い前髪が留められていた。
「……珍しいですか?」
思わず凝視していたために、女性のほうから話しかけられる。
「ごめんなさい。失礼でした」
「いいえ。……謝るだけマシです。村の人とは違うのね」
……? 何か、故郷に対する棘を感じる。彼女は背中を向けて身体を洗ってから、同じ湯船に浸かってきた。ちょっと探ってみるかな。
「村が大変な事になっていますね。私が言うのもなんですけど、元気出してください」
「別に。あんなとこ滅びても構わないから」
これは、どう取ったものか……。
「何かあったんですか?」
「旅人の貴女になら言ってもいいかしら。私はね、あの村が大嫌いなの」
「……それは、何でまた」
「あの村に捨てられていた孤児だからって苛められてきたからよ」
「!」
「親のいない子と子のない親だと、親のいない子のほうが苦労するわよね……。助けてくれる人はないし、普通の人みたく親から色々学ぶ機会もない。三つ子の魂百まで。小さい頃の苦労と汚名は死ぬまで付きまとう……」
「少し、分かります……ええと」
「名前? コリス」
「私はチサです」
過去の経験から、苛められっ子には深く同調してしまう千沙だった。理解のある親がいない悲しさ。味方がいない辛さ。地球の日本で体験した思い出が蘇る。
「もしかして、その顔の怪我も……」
「やられたわ。村の同世代の少年達が、面白半分に劇薬を持ち出して。気がついたら自分で被ったって事になってたわ」
コリスは目を細め、当時の状況を思い出す。悪ガキ達がちょっと腫れるくらいのものだと思ってかけた劇薬で、見る見るうちにコリスの顔はただれていった。
『顔が、顔が溶けてるぞ!』
『やばいよ! どうするんだ!』
『……待てよ、こいつは元々村の者じゃない、突然いなくなったって、誰も……』
近くに落ちてる石を拾って、じりじりと男達は近寄ってきた。
なのに、目が見えない、片目じゃ視界が悪くてすぐよろけてしまう。誰か、誰か……。
『待ちなさい! 貴方達何してるの!!』
「魔物の住む村ですね。コリスさんの言ってる事が全部本当なら、残らず全滅すればいいのに。苛めっ子なんて消えればいい」
「それは駄目!」
「え?」
突然慌てたコリスに千沙は不思議に思う。
「……ごめんなさい。でも、村は消えてもいいけど、そこの住む人全員は、駄目。全員は……」
「……」
何かあるなあと思わずにいられない。その後、コリスと一緒に避難所に戻ると、なるほどコリスが戻るとだんまりし始める村人達。コリスは少しの間何かを探すように辺りを見回してから、周りに呼びかけた。
「……私の分の夕飯が、ないみたいです」
「娘にやったわ。いいでしょ、あんた若いんだから」
うわあ……うわあ……。こちらが居た堪れなくなる。場を離れづらくて突っ立っていると、レトが探しに来てくれた。
「チサ、夕飯とっておいたよ」
「ありがとう。ねえ、レト」
レトに許可を貰ってから、私はパンを持ってコリスの元へ歩く。
「あの、よかったら」
「……! ありがとう、では少しだけ」
コリス。不思議なくらい親近感の湧く人。同病相哀れむってやつかなー。傷を舐めあうっていうか、うん。
しばらくして、消灯の声がかかった。支給された毛布をかけて横になる。しかし、最近色々な事がありすぎて眠れない……。でも寝息が聞こえるから、他の人の安眠の邪魔しちゃ悪いし。とにかくじっと寝ようと頑張るが、それがかえって眠れなくさせるという。
まんじりとしていると、誰かが起き上がる音がした。暗闇で目を凝らすと、それはコリスのようだった。トイレかな? 私も行こうっと。
外に出てキョロキョロと辺りを見回すコリス。こういうのが分かる辺り、私も夜目がきくようになったのかも。トイレの場所が分からないのかと思って、コリスに声をかける。
「コリスさん」
「!!!」
凄く驚かれた。そこまで驚かなくてもってくらい。ん? もしかして、何かまずい事しようとしてるんじゃ……最近そういうのに敏感なんだよね。
「どこに行くの?」
「……止めないで。貴女には関係が無い」
「そっち、吸血鬼が出た村、コリスさんの村の方向じゃ」
「そうよ。私は村に戻るだけ」
確かもう危険だからって通行止めになっているはず。それでも憎い故郷に行くって一体。
「ケイトが……ケイトがまだ村にいるのよ!」
「ええ!?」
「ちょっと、声が大きい!」
「ご、ごめんなさい、でもケイトって……」
「あの村で、私に唯一優しくしてくれた人。私の生きる理由」
一瞬私の探しているケイトかと思ったけど、違うのかな?
「つかぬ事をお伺いしますが、ケイトってありふれた名前だったりする?」
「は?」
「いえあの、私も同じ名前の人探して旅をしているんで」
「それならあの村にいるケイトは違うわ。あの子、生まれてから一度も村を出てないから」
「そうなんだ……」
「パンのお礼だから教えるけど、ケイトって割とある名前よ。有名な花の名前だからね」
桜みたいなものかな? 私の苗字、佐倉も響きは桜と一緒だし……私とケイトって繋がってるんだなあ。
「そして花言葉は『あなたを忘れない』 貞節と憧憬を意味する花よ。……ケイトと同じ」
「……」
名は体を現す。私がケイトに持つイメージとぴったりすぎて少しびっくりする。
「もういい? 私、行かなきゃ」
そう言ってコリスさんは駆け出そうとする。
「ま、待って、見張りとかいるんですよ!」
「意地でも通るわ。ケイトがいない人生に意味なんてないのよ。私は、ケイトのお陰で生きてるんだから!」
「……!」
とことんこの人は私と被る。『ケイト』のためなら何でもできるって思ってる。
「でも、吸血鬼にあったら……」
「あの化け物、女は殺さないで花嫁にするとか言ってたわ。だから大丈夫。気に入られやすいように身体も綺麗にして来たし」
「え、会ったんですか?」
「会ったわ。昨日の日が沈んだ直後だったかしら。この世の物とは思えない声に導かれて村人全員が広場に集まった。そこには不気味な男がいた」
『お前達は今日から私の配下だ』
「見せしめに数人が血を吸われてミイラになった。それから恐怖で動けないでいる村人を仕分けした。女と男に。その最中に、ケイトが……」
『お前は特別美しいから花嫁にしてやろう』
『まあ嬉しいですわ! ぜひすぐにも』
「やつに気に入れて、やつの寝所に……その隙をついて動ける人間がここに助けを求めた。どう考えても、ケイトの行動は私達を助けるためだった」
ケイトさん……私のケイトに似ているかも。
「チサ! こんなところに……」
長々と話していたら、レトがやってきた。そりゃ気づくよね。コリスさんが警戒するのをなだめる。敵ではないと分かってもらえて、彼女は警戒を解いたが最後の質問をしてきた。
「邪魔はしない?」
「……うん」
まあ、正直助ける義理はないし。ケイトに会う前に死ぬなんてごめんだ。私達に出来るのはここを見逃すことだけだろう。
「コリスさん、でしたか。僕も止めはしませんけど……でも本当に大丈夫なんですか?」
レトも流石に聞いてくる。うん心配にもなるよね。一人で行くとか正直無謀だよね。でも助けられるかって言ったら別問題な訳だけど。
「大丈夫じゃなくても行くのよ! 吸血鬼? 禁術で蘇った化け物だろうが、古代魔法で蘇生した人間だろうがこの銀のナイフで私が倒してやる!」
その言葉に私達も行くことになったのは当然の流れであると言える。