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心変わりが怖いだけ

「お帰りなさいレト、エゼルくん」


 サラゼルさんはレト達が戻ってくる頃には眠っていた。容態が落ち着いたからというか、咳のしすぎで疲れたからに見えた。


「ただいま帰りました。父の世話、すみません」


 真っ先に返事したのはエゼルだった。続いて彼は言う。


「チサさんが家に居て、僕にお帰りなんて……何だか幸せで胸がいっぱいです」

「あ、あはは……。無事にお薬買えました?」

「はいここに。でも父が起きた時に飲ませましょう。寝たところを起こすこと無いですし」

「そうだね。レトもご苦労様……レト?」


 心なしかレトの顔色が悪いように見える。どこか具合でも悪くしたのかな。レトに万一のことがあったら私……。


「ねえ、大丈夫?」

「え? ああチサ。うん、大丈夫」


 嘘だ。何かあったな。経験からくる勘が言っている。レトは問題の種を抱えていると。誤解や行き違いがあるなら、早いところ話し合って解いたほうがいい。放置するとろくなことにならないんだよこういうの。


「それならいいよ。それじゃあ、今日はもう帰ろうか」


 いつもの野宿先にね。あそこ近くに滝があって飲めるし身体洗えるからいいんだよね。私もタフになった。そこでゆっくり話して……。


「ごめんチサ。ちょっと、考え事したいから。今日は別でいい?」


 !? レトがそんなことを言うなんて! というか別とか言われても!


「そういえば、お二人はどこで休まれているんですか? ドヴィスにも最近来たような感じだし」

「え? えっと」


 どうしようありのまま言っちゃっていいものだろうか。いや駄目だろう。父のサラゼルさんと違って古代魔法を信じないみたいだし。電波と思われるのはちょっと。


「何か訳があるのですね。助けてもらったお礼もあります、今日はここに泊まっていってください」

「いいの? レトも……」


 久しぶりのまともな家での宿泊。レトだって疲れてると思うから、一緒に休んでほしい。


「ごめんチサ。今は……一人にして」


 そう言ってレトは飛び出していった。


「そんな、レト!」


 慌てて追おうとすると、後ろから手首を掴まれて動けない。


「今の彼に何を言っても無駄ですよ」

「エゼルくん。もしかして、何か言ったの? レトに」

「何も」


 と言いつつ目を逸らすエゼルくん。何もない訳ない。


「本当に?」

「……貴女に不利益になるようなことは言ってない。ただ、自分の気持ちを押し付けていないかって言った、それだけです」


 それが不利益だって言うの! レトがいなくなったら移動が大変になるじゃないか! どれだけレトが旅の要か分かってない、分かってないよエゼルくん。それに、気持ちを押し付けているのはむしろ……。


「でも良かったじゃないですか。化け物から解放されるかもしれない」

「化け物?」

「あいつ――レトです。右手が異形のものになって、戻って……普通じゃない。チサさんも脅されていたんでしょう? だから一緒にいたんですよね? そうですよね?」


 それをレトに言ったんだろうな。……うん、いつかは誰かに言われるかもとは思っていた。魔法が有り得ないって世間の認識から言えば、遠からず。


 参ったなあ。思った以上に腹が立つ。


「脅されていたのは、レトの方かもしれないよ」

「どういうことですか?」

「言う事きかないならばらしてやるって、私が言ってね。普通の人はエゼルくんみたいになるし、ねえ?」


 さあどうする?


「貴女は……心まで支配されてるんですか」


 終わった。まあ、必要なことは聞き出せたし、この町にももう用はない。可哀相なものを見る目で私を凝視するエゼルから視線を外し、玄関を見る。


「そう思いたければ思うといいよ。じゃあね」


 衣食住に未練はあるけど、精神衛生上ここにいる事はできない。


「待って! チサさんは、チサは騙されているんだ!」


 ああ鬱陶しい。都合のいい事しか信じない人間に好かれても全然嬉しくない。昔読んだ本にあった。


『恋とは、相手の綺麗なところだけを見ること。愛とは、相手の醜い部分も愛すること』


 その話のオチはつまり不可能ということ、だった気がする。オチはともかく、都合のいいことしか見えない思慕は愛じゃないっていうのは、今痛感してる。


 でも私はケイトだったら愛せる自信がある。他は……マイスルさんやイルースは無理。エゼルくんなんか典型的すぎ。レトは……どうなんだろう? ずっと私を慕うレト、プロポーズに無邪気に喜ぶレト、大抵の言うことは聞いてくれるレト。大真面目に自分が悪いなんて思っちゃうレト。


 いなくならないで……。


「チサ! チサ!」


 街を縦横無尽に走って何とか撒こうとしてるけど、地の利はあっちにある。レトのところへ行く前に撒いておきたいんだけどな。彼がいると確実に話がややこしくなる。裏通りに足を進めた所で、この街を甘く見ていたことに気がつく。


「ああん? お前……」


 何ということでしょう、そこにたむろっていたのは、先程レトくんがぼっこぼこにした、エゼルくんを苛めていたゴロツキ達じゃあないですか。


「……失礼します」

「おい待て、そんなんで済むと思ってるか?」


 不意打ちでようやく何とかなるような体格差の男達だ。あっという間に腕を捻り上げられ囚われる。私の馬鹿! 大馬鹿!!


「チサ、やっと追いついた……!?」


 遅れてエゼルくんが到着。さっきまで苛めていたごろつき相手に竦んでいるのがはっきり分かる。私、終わったかも。ゴロツキ達はニヤニヤとエゼルを見て笑う。


「何だ、山師の息子のエゼルか。どうしたあ? 何か用か?」

「あ……ぼ、僕は」


 期待なんかしてない。隙をついてリーダーを人質にでもとるかな。ディケドラルトの時はそれで上手くいったし。


「き、汚い手でチサに触るな!」

「何言ってんだてめえ?」


 これは意外。彼、人の手を借りてようやく助かるような人間じゃなかったっけ?


「逃げたり……するもんか。好きな人の前で逃げたりなんか……」

「エゼルくん」

「チサのためなら、変わるんだ! チサの力になるんだ! レトに負けてたまるか!」


 思わずケイトと私の関係に変換される。今にも死のうとしていた私が生きて異世界を旅するのは、何でもしてやるって思ったのは……。


「本気で言ってるのか? この人数差でよ。馬鹿か?」

「馬鹿は死ななきゃ治らないっていうよな、ひゃはは!」


 見下すのが楽しくて仕方ないって感じの不良達。いらいらしながらも隙を探っていた私の目に、エゼルの背後にいる仲間らしき男が棒を振り上げているのが見えた。


「エゼルくん危ない!」


 私の言葉で咄嗟に避けた彼だが、間に合わずに足を殴打される。呻きながら倒れるエゼルを前にドッと笑い声が響く。

 ! 拘束が緩んだ……。元の世界より少しだけ上がった身体能力で私は、回転蹴りを入れて脱出を謀る。


「ぐわぁ!?」

「やろっこのアマ……!」

「チサ!」


 拳が振り上げられる。その覚悟なら出来ている。元はといえば、レトの注意も聞かずに突っ込んだ自分が撒いた種だ、自分で処理するし、責任を負う必要があるんだ。


「なに、してるの?」


 しかし衝撃はこなかった。何故なら、レトがいつのまにか後ろにいて、手をドラゴンのそれに変化させてゴロツキの手を止めたから。


「こ、こいつは!?」

「チサに何してるんだって聞いてるんだけど?」


 それから、あっという間にレトが不良どもをのして、あの時のように場は静かになった。


「レト、助けに来てくれたの? 戻ってきてくれるの?」

「チサ、ごめん……。離れたくない。駄目って言われても、一緒にいたい。でも、チサが嫌なら、僕は……」


 レトが、大の男がボロボロ泣いていた。


「一緒にいようよ。私にはレトが必要なんだよ」

「ほ、本当?」


 馬鹿な人。利用されてるのも知らないで。ケイトが見つかったらもう足なんかいらない、自分の世界と関係ない人間なんて捨てればいい。ケイトに頼み込んで自分の世界に帰れば追ってこれないんだろうし。もう甘い姿勢なんか見せない。マイスルやイルースでどれだけ痛い目みたかを考えれば非情になる必要がある。

 そう思ってたんだけどなあ。一途に慕ってこられると、時々どうしていいか分からなくなる。


「……」


 エゼルは抱きあう二人をぼんやりと見ていた。化け物と言って自分から引くように仕向け、そんな相手と付き合っていいのかと脅し染みたことを言った。それでもあの二人はお互いを選んだ。


 悪口は自分に返ってくるものだ。選ばれなかった自分は、その化け物以下でしかない。それがどういう意味か……。


「もういなくならないでね」

「チサがいいなら、ずっといる!」


 そういえば誰かに好かれるなんて、レトが初めてだった。確かに最初に脅しっぽかったのはあるけど、今にいたるまでそれを挽回するくらい色々してくれるの見ると。


 惹かれていくのを抑えられない。


 でも、全てはケイトが見つかってからだ。と考えるあたり、結局ケイト以上には誰もなれない。こっちの世界に来てから会った人は誰も。地球で苦しんでいた私を直接助けたケイト以上には、絶対に。


「……チサさん」


 雰囲気に流されて抱き合ってしまったけど、エゼルくんの前だった。うわああああ恥ずかしい。顔から火が出そうなほど羞恥に苦しむ私と違って、目の前のレトがどや顔なのが小憎らしい。敵を作るような事しないで!


「もう分かったよね? チサと僕は相思相愛なんだ。チサが望む限り、僕はチサの側にいる」

「そうみたいだな。だが」


 エゼルくんはふいに私を見て言った。


「チサさん。もし、もしも僕が、レトより早く貴女に会っていたら、運命は変わっていましたか?」


 先に会っていたのが自分だったら、自分の物だったのかって話かな? 正直考えたくない。というか、最初に出会ったのがレトでよかったと激しく感じている。最初にエゼルくんに会ったところで、のちにレトに会ったら都合のいいレトに乗り換えるのは必然なような気がする。良かった、そんな言い訳も出来ない最低女にならなくて……。


「変わらないと思う」


 としか答えられないよねこれ。


「……分かりました。余計なことして、すみませんでした。どうかお元気で……」


 そう言ってエゼルくんは背中を見せて去っていった。泊まっていけと言われたのに……まあ振った女にまでそんな義理はないか……。


「……」

「レト、じゃあ今日も行こうか? いつものキャンプ先」

「うん」


 エゼルには今となっては感謝している。チサから一緒にいたいというのが本心だって聞き出せたから。とは言っても、勝ったからそう言えるんだろうな。僕は結構小心者だ。


「すっかり暗くなって……うん?」


 チサが一番目の月の方向を見て言った。


「あれ……まさか」


 巨大な空飛ぶ戦艦。


「……! ディケドラルト。封印される前以来だな」

「嘘! 何でこんなところに」


 すっかり忘れていた。そういえば、私あそこのボスに何したっけ。薬を盛って人質にして最後には崩壊する城の中に置き去り。先日ララリアの件で居場所ばらしたようなものだったし……。もしかしなくても報復しに来た?


「困ってる……戦う? チサ」

「だめ! ドラゴン禁止! 人混みにまぎれて逃げよう! 行き先はどこでもいいから、逃げれそうなところ……」

「うーん。行き来が多いあそこの参道使うしかないかな? 義賊を名乗るだけあって神様の土地は入らないって話らしいし」

「決定! そこ通って逃げるよ!」

「でもいいの? 情報とか、お金とか」

「命大事に!」


 少しくらい稼いで温かいご飯にふかふかの寝床って思ったけど、次から次へと問題がやってくるんじゃ仕方ない。我慢しろ自分。慣れれば芋虫も美味しいし……。


 逃げ切れたらレトに王家に伝わる話についてやっぱり聞かないと。もし知らなかったら、次の目的地はどこかの王家になる。戸籍もない人間がどうやって会うのかは、とにかく安全になってから考えよう。

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