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脛に疵持つ身ですから

 一日バイトに失敗したけれど、何事も経験だと思って今日も職探し。


「お金ってそんなに必要かなあ。無くても案外なんとかなるし、有っても多いと混乱のもとなのに」

「……まともな宿に泊まれるだけのお金は欲しいかな」


 お坊ちゃん生活からホームレスという極端すぎる生活をしていたため、お金の概念がおかしいレトを私が引っ張る。

 考えてみればよくホームレス生活で心折られなかったもんだ。案外図太いのかも。


「じょあ、どこから行くの、チサ」

「うん。さっき見た新聞によると……」


 そんな風に話をしながら表通りを歩いていた私達の耳に、かすかに悲鳴が聞こえた。裏通りのほうだ。目を凝らしてよく見ると、一人の少年がリンチされているように見える。思わず隣のレトを見上げる。


「ほっとこうよ。チサが巻き込まれたら嫌だ」

「う、うん……」


 そうだ。私はケイトに会いたいんだ。その目的を達成するためなら、誰が犠牲になろうと構うものか。


「……グズめ! とっとと渡しやがれ!」

「やめて……くれよ。それだけは……病気の父さんの治療代なんだ……」

「そんなの知らねーよ! お前は俺達に貢いでいればいいんだよ。それが出来なきゃ死ね。底辺のウスノロの代わりはいくらでもいるんだ!」

「僕が何をしたって……言うんだよ……何で僕ばっかり……」

「しいて言うなら、お前が特別むかつくからか? ひゃははは!」


 気がついたら、身体が動いていた。ケイトの魔法なのか何なのか、私はこの世界で普通の人より少し力があるらしい。といっても鍛えられた人には負けるし、防御力もないけど。

 でもそんな事も忘れ、暴言を吐いて地面に倒れる男の人を蹴り続ける一人に突っ込む。


「ぐあ!?」


 決まった。飛び蹴り。


「な、何だお前は!?」

「この状況を見過ごせなかったただの通りすがりです」

「はぁ!? いかれてんのかこいつ?」


 口が悪い、見るからに人相の悪い苛めっ子どもを無視して倒れてる少年に話しかける。


「大丈夫ですか?」

「き、君は……」


 苛められっ子は見るからに儚げな少年だった。多分、年下かな。


「てめえ無視してんじゃ……ひいい!?」

「わあ、見て見てーチサ、部分だけドラゴン化できたよー」


 傍から見たら、私の行動は無謀だろう。しかしレトというチートがいるのだよ。目の前の助けられたことに感動してるっぽい少年には悪いけど、そういう打算が絡んだ人助けなんだ。


「わあ、レトすごい! 右手が超かっこいい!」

「えへへ」


 レトは右手だけドラゴン化して不良の一人をわし掴んでいた。ますますチートがかって嬉しいよ! 辺りの不良どもは突然現れた得体の知れない男に仰天したようだった。


「き、気持ち悪い! 逃げろ!」


 ごろつき達はリーダー格の男の言葉を合図に一斉に逃げ出した。場には私とレト、そして苛められていた少年が残された。えーと、まずレトのフォローかな。


「ふん、レトの良さが分からないなんて悲しいやつら! レト、気にしないでね」

「チサ以外に何を言われても別に。でもチサ、突然離れないで、びっくりしたよ。ほっときなって言ったのに」

「あ、ごめん……」


 レトは少し怒ってるようだった。危険に巻き込みたくないって忠告した側からの行動だったから当然か。


「あの……」


 と、儚げな少年が声をあげた。その子はじっと私を見つめて言う。


「貴女が、助けてくれたんですね……」

「え? いや、どっちかっていうとレト、彼が――」

「彼は助ける気がなかったようですが。貴女が来てくれたからついでに助けたみたいなものでしょう?」


 確かにそうなるのかな、これ。レトも少しはかっこつければいいのに。


「それと、さっきの彼、身体が変化してたように見えましたが……」

「ああああのね、ちょっと特異体質でね」

「口外しません。貴女が、困るみたいだから」

「ありがとう」


 そう言って私が笑うと、彼は少し顔を赤らめた。……ん?


「チサ、もう行こうよ。仕事探すんでしょ」


 やたら不機嫌なレトがつっけんどんに言ってくる。言う事を聞かなかったの根に持ってるのかな。どっちにしろ、ちょっと不穏な気配もするしレトの言うとおりにしよう。


「! 待って、どちらへ……」

「君には関係ないと思うけど」

「さっきから何だお前!」


 どうして異世界に来てからこういうことが起こるんだああああ。レトの機嫌を損ねるのもまずいし、ここは彼に我慢してもらうしか。


「ごめんね、私達先を急いでいて……えーと」

「僕の名前ですか? エゼルといいます」

「エゼルくんね。私はチサ」

「綺麗な名前ですね……。あのチサさん、どうか先程のお礼を」

「そんな、あれは勝手にした事だから」

「それでは僕の気が済みません、どうか、ぜひ」

「心苦しいです、それに本当に先を急いでいて……」


 諦めてくださいよ。純粋な善意と違いますから! 昔の自分を思い出して、苛めっ子を今ならぶちのめしてもらえるなあとか、超不純な動機もあったから! 


「お前しつこいよ。大体チサは僕の婚約者だぞ!」


 と、追いすがるエゼルくんに見かねたらしいレトが一喝した。


「……は?」

「エート、ハイソウナンデス」


 もう場を丸く収めるにはこれしかないよね。レトくんナイスフォロー!


「そんな……護衛とか従者ではなく……?」

「そ、そんな大層な身分じゃないですよ」


 目に見えて落ち込むエゼルくん。正直彼の目に私はどう映っていたのか気になる。美化されてるんだろうな。


「分かったなら帰れよ。病気の父さんもいるんだろ?」

「ああ……。チサさん、無理を言ってすみません」

「う、ううん。えっと、お父さんの病気がよくなりますように」


 当たり障りない別れをして離れようと心がける。私に構うよりお父さんのとこ行ってあげてという気持ちもこもってる。そんな私の言葉に、エゼルくんは暗い顔をして言った。


「父は……正直自業自得なんです。いつまでも金にならない古代魔法なんてのに固執して……色眼鏡で見られ続けたのはそのせいなのに」

「え?」

「すみません、変な愚痴を……それでは、さよなら……」

「ま、待って――――!!」





 情けは人のためならず。巡り巡って自分のためになる。いやあ、昔の人はよく言ったものですね!レトくんがもの凄く不機嫌だけど、貴重な手がかりをむざむざ失うなんてことも出来ないし!



「エゼルを助けてくださったとか……感謝します。父のサラゼルと申します」


 予想以上のボロ家の中にエゼルくんとその父親――サラゼルさんはいた。中年くらいの、病気でやつれてなければナイスミドルって感じの人だった。身体を起こすのも大儀そうな様子で、椅子にもたれかかっての挨拶だった。


「これもきっと何かの縁です。私、貴方を探していましたので」

「はて? チサ殿のような少女が私に用とは」

「古代魔法のことで、少し……」


 レトとエゼルの目つきが変わる。うん、レト、隠しててごめん。エゼルくんは……変な趣味の女って思ったかな。世間ではインチキ不思議みたいな扱いだし。


「……私は学園都市から破門された身です。語ることなどありません」

「お願いします。どんな小さな事でもいいんです。知っている事を教えてください。どうしても必要なんです」


 ケイトの手がかり、神様お願い。


「……騙していると思うかもしれません」

「自己責任は覚悟の上です」


 そこまで言って、ようやく情報が聞き出せた。


「実は、知っている事は学園都市の教授と大差ありません。ただ」

「ただ?」

「聞いてしまったのです。ここから東にある王国に、研究で訪れた時の事でした」



『始祖は今どうしていますの?』

『最近いい話を聞かない。何かが起きているのかもな』

『あら、何かって?』

『そんな簡単に分かるものではないだろう。隠された島に住む彼らの事なぞ。情報はいつも一方的にこちらが受け取るだけ。歯がゆいものだ』



「夜中に用を足しに行って、迷った時のことでした。王と王妃が話していたのです。好奇心に負けてもっと聞こうとした瞬間、物音を立てて気づかれ、翌日には破門されていました。表向きは王家の寝所に忍び込んだ罪とされていますが……」

「またその話……。一般人がそんなとこ入ったら当然だろ。それに隠された島とかオーバーな。もう世界の地図は出来てるんだよ。見つかってない島もないこのご時勢に……」

「エゼル! お前はその目で世界を見たとでも……ゴホッ」

「だ、大丈夫ですか!」


 息子のエゼルに声を荒げたら、サラゼルさんが咳き込み始めた。聞いてるこっちも苦しくなるような咳だ。


「……薬買ってくる」


 慣れた様子で特に気にかける様子もなく外に出るエゼルくん。……さっきみたいな事にならないかな? 心配だ。


「レト、エゼルくんに着いて行ってあげてほしい」

「何で僕が」

「……だめ?」

「チサの、えーと、ずるっ子!」


 と、飛び出していった。うーんちょっと可愛い。見送ったあとはサラゼルさんの背を優しくさする。


「ありがとう……少し落ち着きました」

「よかったです」

「……チサ殿、私の話、どう思われました?」


 サラゼルさんの目は、諦めている目だった。私が話を信じてるとはみじんも思ってなさそうな目。だからはっきり言ってやる。


「事実ですね」

「……そうでしょうね……って、え?」

「私、つい最近まで学園都市にいたんです。そこで私の血液検査してもらいました。この世界の人間じゃないそうです。ここにそういう検査液とかは……ないですよね」

「そんな馬鹿な……話が本当なら、貴女は一体」

「異世界から来ました。ケイトという友人と。ケイトは古代魔法の使い手です。途中ではぐれて違うところに飛ばされてしまって、今は離れ離れなんですけど。でも確信しました。隠された島、そこにケイトがいる」






「なんでお前が着いて来るんだ」

「チサに頼まれたからだよ。勘違いするな」


 千沙がサラゼルと話している頃、忠犬レトとエゼルはドヴィスに一つだけの薬屋に向かって並んで歩いていた。レトもエゼルも不服の表情だ。


「……なあ、お前がチサさんの婚約者って本当なのか?」

「当然。プロポーズだってチサからだし!」


 二人は長い間沈黙を保っていたが、エゼルから切り出される。その質問にレトは得意満面の笑みで答えた。


「……それ、本心じゃないんじゃないのか?」

「何が言いたいの? お前」

「いやだって……」


 エゼルは辺りを見回して、人がいないのを確認して言った。


「お前化け物じゃん。チサさん、怖くて仕方なく言いなりになってるんじゃないのか? そうだとしたら可哀相だ」


 それを聞いてレトの顔が青ざめる。


「……無自覚って罪だよな」


 エゼルがこう言ったのは、嫉妬からである。好きになった女性が誰かのもので、しかもその男は美形で強い。嫉妬に狂った人間は、執拗に粗探ししてそれを攻撃する。あたかも善意のふりをして。


 レトには思い当たることがあった。果たして自分は、一人ぼっちのチサに、紳士的な対応をしただろうか。


 ずっと一人だった。そこに少女が来た。何故だろう、許される時が来た――そう信じて疑わなかった。チサだって一人の人間なのは、頭では分かっているのに。

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