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まさに悪女

 目が覚めたら見覚えのあるところでした。……ディケドラルトでもこういうとこ居た事ある。ここ、独房もしくは牢屋だよね? 意識がはっきりしてきたので、まず自分の持ち物を確認する。


 ポケットにはレトくんの石と化粧ポーチ。これは脱出に役立ちそうもないな! それと髪のヘアピン……あれ無くなってる。検査されてたのかと恐怖感にのしかかられる。と、コツコツと足音が聞こえてきた。


 誰がここに閉じ込めたかなんて分かってるけど、すごく会いたくない……。それでもギギィと建てつけの悪い音を響かせて、無常にも扉は開く。


「おはようチサ。食事を持ってきたよ」


 何事もなかったかのようなマイスルさんの笑顔が怖い。しかし聞かなくては。


「マイスルさん……」

「何?」

「ここはどこ? どうして私はここにいるの?」

「イルースの家の地下。何でかって? それは自分が一番よく分かってるんじゃないの?」

「知らないよ! 騙したことは謝るから早くここから出して!」


 思わず声を荒げたら食事を乗せたトレイが床に落ちた。間をおかず私は首を絞められる。え、ちょっと。


「……ぁ……ぐ」


 ギリギリと両手で締められ、意識が飛びそうになったころにようやく解放される。スープで汚れた床にへたりこみながら、咳と荒い呼吸をを繰り返して生を実感する。落ち着いた頃にマイスルさんは軽く私の頭を撫でた。優しい手つきなのが逆に怖いと思った。


「汚れてしまったね……。ごめん。こんなこと、本当ならしたくないんだ。でも仕方ないんだ。だってこうでもしないと、君は僕達から逃げるだろう?」


 仲たがいしてたくせに。手を組んだのか。でも何のために?


「そんなに、騙したことを恨んでるの?」

「違うよ。僕達兄弟は、イルースも僕も君を好きになってしまったんだ」


 確かにそうなるように仕向けたけどさ、騙されたと気づいたら普通冷めない? この兄弟はどこかおかしい。……ああ、そういえば生まれ育ちからして普通じゃなかったか。


「でも君は僕達を選ばない。チサはいつも、ケイト、ケイトって」

「うん」


 苛められていた時に助けてくれた人が全てだ。逆に君達は地球の日本で地味で目が死んでてつまらない性格で教室ヒエラルキー底辺の私を見ても惚れてくれたの? 異世界人なら誰でも良かった気がする。ここの常識が通じない人なら誰でも。


「ここにいなよ。女一人の旅なんて無謀だ。僕達が養ってあげるから」


 達ってなに、達って。きもいんですけど。ここは媚びてご機嫌とって逃げるチャンスを探ったほうがいいかな? 駄目だそれが兄で失敗してる。


「私は、ケイトに会いたいだけ。普通の生活なんていらない。ねえ、ケイトに会えたら必ず戻るから」

「信用できない。君はいくつも嘘をついてきたから」


 ですよね。ああどうしよう。ケイトに恩も返せず死ぬのかと思うと涙が出てくる。あ、最終手段の泣き落とし使うか。


「! 泣かないでチサ」

「ケイト! ケイト! 貴女のおかげで今の命があるのに!」


 汚れた床に突っ伏して相手の罪悪感を誘ってみる。下衆でクズとは私のことだ。


「チサ、分かったよ。イルースに相談して」

「馬鹿が」


 いつの間にか扉の向こうに声。兄のほうだ。嫌な音を響かせて扉は開く。


「そいつは使えるものは何だって使う女だ、油断するなマイスル。女一人で部下二人を縛り上げる行動力といい、普通の女と思わないほうがいい」


 だって逃げ出すのに見張りは少ないほうがいいじゃないか。マイスルさんのほうがヤンデレだけど、懐柔しやすかったのにこの男は。


「調子はどうだ?」

「お腹痛い……」


 昨日殴られたところがね。


「塗り薬を持ってこよう。夜までには治しておけよ」

「夜?」

「ああ。今夜は二人の相手をしなくてはならないんだからな。弟も俺も譲れないんだから仕方ないよなあ。何人も誑かすお前にはぴったりだろう?」








 結局逃げる隙を見出せず、高い窓からかすかに見える日の光は赤い時刻。どうしてこうなったのかいまだに理解できない。


「うう……この世界ヤンデレ多すぎ」


 泣き言を言ったところで事態が好転する訳でもなく。私はせめて最中の負担を減らす方法を考えていた。油断させて隙が生まれた時を狙うしかないだろうな。


「レトくんに会った時だってこんなに詰んだ状況じゃなかったのに……あ」


 言ってて思い出した。ポケットの小さな石。旅の魔法使いに呪われたレトくん。昼は巨大なドラゴンになるから町にいられず、秘境みたいなところで暮らしていた。そこへ異世界から私がやってきた。一目惚れとか言ってたけど、絶対人恋しさ故だよね。それで私の頼みを聞いて、空の散歩中に空賊ディケドラルトに襲われて、私を人質に取られたから故郷を破壊して……力尽きて石になった。


「今思えば、充分紳士だったなあ」


 その石は光に当てると色が七変化する奇妙なものだった。人間が変わったものだからだろうか。手にとってしげしげと眺める。


「レトくん、今になって君がいい人だったんだなって思うよ。付き合うなら(消去法で)君が良かった。私のために、こんな姿にまでなって……」


 魔法が笑い話な世間の認識だから、戻せる方法なんて夢のまた夢の状態。ずっと仮死状態な石。……ドラゴンだったら、こんな牢屋なんて壊せるものを。


「御伽噺だったら、キスで生き返るんだよね」


 ほとんど藁にもすがる思いで、私は石にそっと触れるだけのキスをした。


「!?」


 その時だった。急に石が重くて持ってられなくなって、床に落ちたとたんに、人の気配が――。


「チサ……」

「レト、くん?」


 目の前にいたのは裸のレトくんだった。そういえば、初めて会った時も裸だったな……と気を失いつつ思う。


「わ! 大丈夫? チサ」


 倒れそうになった私をレトくんは支えてくれた。


「レトくん?」

「うん」

「本当に? どうして?」

「よく分からない。でも、最初からこういう呪いだったのかも。最愛の人のキスだけが魔法を解いてくれるっていう」

「ご都合主義万歳!」


 石が人になる様を見て気が狂ったかと思ったが、本当に本当だった! 極限の状況下で見た妄想じゃなかった!



「騒がしいな、どうした……」


 音を立てて扉が開かれる。勿論入ってくるのはあの兄弟。彼らが見たものは、見知らぬ裸の男に抱きしめれている私。え、もしかしてこれ修羅場? 弁解しようと思ったけれど、見る見るうちに鬼の形相に変わっていく彼らを見て声が喉から出てこない。


「閉じ込めていても……お前という奴は!」

「チサ……そいつ、誰?」


 双子怖い双子怖い。思わず縋るようにレトくんを見てしまう。状況がイマイチ分かってないらしいレトくんはきょとんとしながら私に質問してくる。


「あの二人は?」

「それよりさ、レトくん、もうドラゴンになれないの?」

「えっと……なれるみたい。一度解けると自由に使えるのか……あの魔法使いも何考えて」

「レトくんお願い! 何も言わず私とここから逃げて! 早くドラゴンになって!」

「え? え?」

「これが終わったら結婚しよう!」


 その一言でレトくん的には十分だったらしい。すぐに変身して独房を破壊、私達は学園都市から脱出した。結婚発言? ああうんえーっと……とりあえず後。


 高級住宅街の一角が完全に破壊されて、おまけに火がぶすぶす言ってるのも無視して夜空に飛び去る私達。


「レトくん、東にお願い! あとはどこか人気のないところで一旦休もう!」


 夜の帳が完全に降り、暗闇に包まれる。それでも月が四つあるこの世界では地球より明るい。人気のない山の中で着地し、人間に戻るレト。


「今日はありがとう……それで、えっと」

「チサ、結婚してくれるって、本当?」

「…………うん」

「……! やった、やったー!!」


 チサに抱きつきくるくる回るレト。裸でなかったら可愛い光景だったろうにと胸の内で思うチサ。


「でもその前にお願い」

「え?」

「結婚するのは、ケイトに会ってから」

「チサの恩人だっけ?」

「そう。あと婚前交渉は厳禁」

「え」

「き、綺麗な身体でお嫁にいきたいの!」


 我ながら恥ずかしい。しかしけじめとルールをつけとかないと。この先のためにも。本来なら偉そうに出来る立場じゃないんだけどね!


「……チサを救ってくれた人か……。うん、分かった。確認するけど、女で合ってるよね?」

「間違いなく女の子だよ」

「なら、いい。分かったよ、ケイトさんを探そう」


 兄弟より扱いやすくてほっとした。ヤンデレ成分も薄いし、実際に結婚しなきゃならなくなったら、レトくんがいいかもね……。考えたくないけど、ケイトだって他に好きな人がいるかもだし。


「でも、どこに行く気なの? チサ」

「東にある、ドヴィスっていう都市」


 以前イルースくんがオタクの街って言ってた都市。なんとなく萌え~な街をイメージしてたけど、図書館で見た都市の紹介だと『表に出にくい専門分野のエキスパートが揃う都市。匿名性を重視しているため、治安は悪い』 だった。オタクって古き良き一つのことに熱中する人の意味だったのか。


 専門分野の人が集まり、匿名性が強い……ケイト探しにも身を隠すのにもこれほど都合のいい場所は無い!


「ドヴィスか。分かった」

「ありがとう、レトくん……」

「そんな、水臭いよ。それに未来の夫にくんづけなんてよそよそしいかな」

「レトのこと、頼りにしてる」

「照れるなあ」


 感謝してるし頼りにしてるよ。好きではないけれど。でもケイトに万一の事があって、元の世界にかえれないなんて事があったらレトと結婚するのが最善かなと考えるくらいには好感持ってるよ。

 って正直にぶっちゃけてもこの人はまだ私を好きって言うのかな。……マイスルさん達みたいに暴走されても困るから言わないけど。




 その頃、学園都市の千沙達がいたイルースの屋敷跡では消火と救助活動が行われ、二人の男が助けられていた。幸いにも怪我は全て急所を外れており、二人は並んでベッドに横になりながら語らっていた。


「イルース、どうする?」

「手がかりはある。ディケドラルトの関係者。それにドラゴンになったあの男、レトと呼ばれていた。何よりケイトという古代魔法の使い手を追っている」

「あれさ、本当に存在するの?」

「……少なくとも、チサは普通なら生きていない」


 もう少し調べたかったが、屋敷が破壊されて血液サンプルもおそらく全滅だろう。大々的にその存在を広めていれば、もっと厳重な場所に監禁できたんだろうが。僅かな良心と、仄かな恋心がその判断を狂わせた。夢の世界のような事が、自分にも起きたと思っていたのに。


「チサを知っているんだな」


 気がつけば、見知らぬ男が近くに立っていた。


「誰だ! むぐっ」


 マイスルが大声を上げようとして口を塞がれる。イルースは冷静に侵入者を観察する。ただならぬ雰囲気。容姿は新聞に書かれた空賊のボスを思わせるが。


「チサに何か用でも?」

「大有りだ。あいつは俺の嫁になる女だ」

「……そうですか、へぇ……」

「お前達のところに居たのか? 探しているんだ、今はどこにいる?」


 そんな話が進行しているのを知らぬまま、話題となっている当人は世話になった人間のことをさっぱり忘れ、衣服調達に旅人狩りをしていた。

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