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自覚

 ケイトのためにすぐ旅立ちたいところではある。

 しかしそれを実行すると、現在衣食住の世話をしてくれてる人を……。


「安かったからたくさん買ったんだ。全部食べてくれていいから」

「そんな、申し訳ないです」

「遠慮しないで。記憶が無い上に戸籍すらない君は、もっと人を頼るべきだよ」


胸が、胸が痛い。


 ……彼を頼るべきではなかったか? 良い人すぎて心苦しい。

 いやでも実は異世界人でこの世の人じゃないと分かれば、きっと、多分。


「ごちそうさまでした。後片付けは私がしますね。そうだ、明日のお弁当のおかずは何にします?」


 家事をやるのはせめてものお礼というか、罪滅ぼしというか。むしろ何かしてないと罪悪感で胃が痛いというか。


「卵焼きがいいな」

「分かりました、得意料理です。……でもあと二個しかなかったと思うので、後で買ってきたほうがいいですね。そういえば買い物をマイスルさん一人に任せてばかりで悪いです。今度から昼間は暇な私が……」

「駄目だ!」


 突然の怒声にも似た大声に固まる。


「……ディケドラルトが近くまで来ているという噂もある。君はあそこに居たんだろう? なるべくここから出ないほうがいい」


 確かにあれからは隠れたいけれど。しかしそうすると異世界の社会勉強が……余裕のあるうちに色々覚えておきたいのだけれど。何より兄のイルースとの約束が……。


「チサ」

「はい……分かりました」


 建前はそう言っておくのが正解だろう。悪いけど、言うことを聞くつもりは毛頭無い。私は、この身に変えてもケイトに会いたいのだから。



 翌朝、マイスルさんは学校へと出発。付近からいなくなったのを確認し、私は昨晩イルースと約束したところへと向かう。高級街の入り口付近に彼は立っていた。美形なため、通りすがりの女達からチラチラと見られている。私達が二人でこそこそ会っている事が、マイスルさんの耳に届かないことを祈る。


「よく来たな。こっちだ」


 人気のないお店の中に連れられ、そこでは器具を持った人達が待機していた。


「腕まくりを……採血いたしますので」


 ここの科学力は中々の物らしい。血液検査とか相当だよ、DNA検査とかも出来る域なのかな? ちょっとわくわくしながら、注射器に溜まっていく血液を見ていた。


「終わりましたお坊ちゃま」

「ご苦労。さて分かってると思うが、ええと……」

「チサです」

「くれぐれも弟に――マイスルに今日の事は言うな? それと検査結果についてはおってこちらから報告する。あと何よりも……」


 途端にイルースの顔が般若のように変わった。


「弟に妙なことすんじゃねーぞ! 何かやったら全力でお前を討つ!」


 思わず吹きそうになった。どんだけ弟好きなの。いやでもこれ私、何かする人間だって思われてる?


「しませんよ! 何もする理由がないじゃないですか!」

「いいや信用ならん。女の形をしているものは何もな。俺は、あいつを通じて俺と仲良くなろうとする下心卑しい女どもを何人も見てきた。あいつらのせいで表面上は弟に冷たい女好きの愚兄を演じざるをえなかったんだ!」


 疑われるのは腹立たしいけど、二人の特殊な事情を知ってるとこう……反論しづらい。それに実際騙して養ってもらってるようなものだし……。


「とにかく、マイスルさんに危害を加えるようなことはしませんよ」

「物理的な危害に加え、性的な接触もしないと誓えるか?」


 殴りたい。医者の人達居づらそうにしてますけど。それが居た堪れないんですけど。


「はいしません。するわけ無いですよ。私他に一番大事な人いるし」

「!? 俺の弟に魅力がないと言いたいのか!」

「どうしろって言うんですか! 大体性的云々ってあんたの弟が襲う可能性は考えないの!?」

「俺の弟がそんな事するわけがない! お前のどこにそんな魅力がある!」


 その後ギャーギャー喚く二人を医師の人達が引き剥がして強制終了。イルースはさっさと高級住宅街に帰っていった。ちくしょう、あの顔だけ男……。どうせ私は平凡だよ! 


 いや平凡は異世界来たりしないな。顔とケイトに会うまでの人生が平凡ってとこかな。……ケイト。



 早く探し出したい。そして、お礼が言いたい。それは、信仰にも似た思いだった。



 夕方、マイスルさんがアパートに帰ってきた。買い物袋と……本? を携えて。


「女の子の好きそうなものが何もないなと思って、借りてきた」


 ……約束も守れない女にそこまでしなくていいのに。まず罪悪感がちくちくする。でも本を見て気が変わる。童話集だ。


「ありがとう! 嬉しい!」


 嘘ではない。私は本の中でもファンタジーや童話ものが大好きなのだ。苛められていた時は、これでどれだけ現実逃避していたか。異世界の童話を読むなんて体験が出来るなんて凄い。


 とはいえただ読むだけではいけない。マイスルさんに色々聞いて世間一般の認識を学ぶ。


「この灰かぶりってどんな話ですか?」

「ああ、えっと……」


 『あるところに娘と父母がいました。それなりに幸せな暮らしでしたが、娘の母は成人する前に亡くなり、父親は新しい母を連れてきます。

 この継母は意地悪な人間で、連れ子とともに娘をいびるのでした。可哀相な娘は使用人と同様の扱いを強いられ、いつも灰だらけ。それで灰かぶりと呼ばれるようになりました。

 しかしそれでも灰かぶりの美しさは損なわれず、継母はそれが我慢ならず、ある日灰かぶりを森の奥に捨てに行きました。

 哀れな灰かぶりはそこで死を覚悟し、それでも誰も恨むまいと神様に祈りを唱えました。神様はそんな灰かぶりに祝福を与え、妖精を遣わしました。

 妖精は灰かぶりを見違えるように変身させました。そして気がついたら、灰かぶりはお城の舞踏会にいたのです――』


「……この手の中では一番有名なパターンかな。そして一番の人気……ん? どうしたの?」


 今聞くとどうしても身にしみる。死まで覚悟したのに、ある人の存在で全てが一変したってまるで……。無意識に眉間にしわが寄る。


「チサ?」

「! あ、ごめん! うん、そうだね……私も、こういうの好き……」


 だったよ。


 今は苛められてて、まるでシンデレラみたいな私。だからきっと、いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる……。


 来なかった。周りの男子は彼女がいて、彼女につられて私を笑って、誰も助けてなんかくれなかった。だから、もう死のうと思った。


 その瞬間、彼女が来てくれたんだ。



「灰かぶり、妖精とくっつけばよかったのに」

「……いや……人外だよ?」

「灰かぶりを一番助けてくれたのは妖精なのに。王子様が何をしたっていうんだろう」


 知らず私は灰かぶりに自己投影していたのかもしれない。だから、直接力を貸した妖精を無視して王子に走るこの灰かぶりが我慢ならない。


 一番力になったのは誰だ、そうなる(すべ)を与えたのは誰だ。頭の中に彼女の影がちらつく。


――私なら絶対ケイトを選ぶのに。むしろ彼女と――


 そこまで考えてハッとした。


 ……私、どうして異世界まで来てケイトのことを考えてるんだろう? 心地よい生活も無視して追うことばかり。今まで恩義のためだと思ってたけど。


「……好きなんだ」


 助けられたと知った時から、もう私の心は奪われていたんだ。気がついた瞬間、涙がこぼれる。


「チサ?」

「ごめん、私行かなきゃ」


 今のこの状況すら浮気か背信行為のようで耐えられない。




「やっぱり……そうなんだ。どいつもこいつも、イルースがいいって……!」


 背後から怒声が聞こえた。振り返って腹部を殴られて、一度に一つのことしか考えられない自分の頭を恨んだ。


 痛みで床に崩れ落ちたけど、気絶はしなかった。しかしマイスルさんには気絶しているように見せる。むしろ今はそれしかできない。


「一度はイルースを振っておきながら、希望をチラつかせながら、最後には出て行くなんて酷いよ。密会までして、二人がかりでからかって。でももう許すよ。……君はずっとここにいるんだから」


 お兄ちゃんのしたことが裏目に出た結果かなこれ。想い人をことごとく奪われて依存性とヤンデレ度が跳ね上がった? 何にしろピンチ。どうしよう。悩んでいる間になんか紐をしゅるしゅるいう音が聞こえる。えーと、拘束するつもり?


 マイスルさんが後ろを向いた瞬間に立ち上がり玄関に駆け出す。激痛が走ったけど、今我慢しなきゃ一生が駄目になる。玄関を開けて外に出る。


「どうしてもイルースのもとへ行くつもりなら、ここで……!」


 思わず振り返ると頭上で包丁がきらめいていた。



「そこまでだ!」



 と、中年くらいの男性二人が突然現れ、マイスルさんを囲んで気絶させた。


「間に合ったか……。マイスル、どうして……」


 イルースだ。男性二人はSP的な人だろうか? でもどうして今ここに……。


「何故いるのか分からないって顔だなチサ。簡単だ。血液検査の結果を出すのに一月も必要なかった。いやそれより今は……」


 つかつかと近寄って、へたりこんでいる私の顔を、彼は強かに殴った。


「この淫売が! 弟をたらしこみやがって! マイスルがこんな暴走したのは全部お前のせいだ!」


 しかしその声は千沙には届かなかった。千沙は、殴られた衝撃で今度こそ気絶していた。慌ててイルースの護衛が止める。


「おやめ下さい坊ちゃま!」

「そうですよ、もとはといえば、坊ちゃまがマイスル殿にひねくれた愛情表現をなさっていたのが原因かと」

「!? 何で俺が責められるんだ! 俺は、いつだって、弟を……」


 半泣き状態の次期当主を尻目に、二人の男はマイスルを部屋に戻し、場を片付け、チサを背負って歩き出す。


「坊ちゃま行きますよ」

「……」

「坊ちゃま」

「ああ」


 ふてくされたイルースに背の高いほうの護衛が確認を取る。


「少女を自宅へでよろしいのですね」

「ああ……そうだ」

「旦那様にはいいのでしょうか」


 背の低いほうはやや心配性なようだ。それにイルースは笑って答える。


「バレたところで、目の前で実験でもすれば一発で納得してくださるさ。なんせ……」


 この女は、血液中の細胞すべてがこの世のものではないのだから。



 そんな会話も聞こえない状態の千沙は、護衛の背中で夢を見ていた。担任に気づかないように殴られたり、蹴られたりしたあの頃の夢。夢の中で痛い痛いと泣いた。帰って両親に相談すると、「そんなことで私達の手を煩わせないで」 と叱られた。部屋の中でえんえん泣いていると、見知らぬ少女が痛いところを撫でてくれた。


「あなた、誰?」

「ケイトです。忘れたの?」

「……! そうだケイト! ケイト、会いたかった!」


 ケイトを抱きしめた時には、小さい身体は年頃になっていた。


「私、気づいたの。ケイトがいればいい。それが幸せなんだって」

「なら、どうして……」


 私を助けてくれないの



 目を開けて天井をしばらく見つめていると、涙が耳まで流れた。


「起きたか」


 横から声がして驚く。すぐ近くの椅子にイルースが座っていた。いつから居たのだろう?


「……ここは?」

「俺の家だ。昨日のことは覚えているか」


 小さく頷いて答える。


「弟を騙したお前には思うところもあるが、それ以上に気になる事がある。これ、血液検査の結果だ。読んでみろ」


 と紙を渡され、目を通す。『……空気に触れた細胞は全て死滅。初日故に詳しい事はまだ判明しないが、見たことも無いような物質ばかりが……』


 思わず笑う。見た目が違うだけで絶対同じようなものでしょう。ここの科学もまだまだだね。


「お前、何で生きてるんだ」


 と、読んでいたら突然のイルースの罵声。そこまで恨まなくてもいいんじゃ……いや恨まれて当然か。


「持ってきた細胞の持ち主には、この世界の大気は劇薬にあたるらしい」


 そうなの!? そういえば地球の原始生物も最初は空気が毒だったらしいけど。いやでも。


「私生きてますけど」

「魔法の力じゃないのか?」

「じゃあ、ケイトが……」

「なあ、魔法って死んだ後まで効果を継続できるものなのか? これがケイトってやつの仕業なら、お前が生きているなら向こうも生きてるんじゃないか」


 希望が、見えた。


「まあ俺にはどうでもいいがな。それより先が見えてるなら急いだほうがいい」

「……??」

「教授と俺のために、お前の身体でもって魔法の存在を証明する! 言っておくがお前に断る権利は無い!」


 よし、逃亡しよう。

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