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ガール・ミーツ・ガール

 また、無い――。


 佐倉千沙(さくらちさ)はロッカーの前で立ち往生していた。これから体育だというのに、シューズが無くなっている。仕方なく職員室まで行ってスリッパを借りてくる。体育館にはこれか専用のシューズでないと入れないのだから。事情を話したら先生達には呆れられる。「またなの?」 自分で隠してるんじゃないのに。


「まあ佐倉さん、あなたスリッパで体育受けるつもりなの? 朝の集会じゃないのよ、解ってるの? これで何度目なのかしら……やる気がないなら帰ってくれない?」


 体育の女教師にいじめを話したことはある。「こういう事はあんまり言いたくないんだけど、苛められる側にも原因ってあるのよ? 佐倉さんはちょっと暗いから」 だから、千沙のみが悪い事になる。今年教員となった女教師は思い通りにならない現実を、イライラした口調で千沙にぶつけて詰め寄る。だから千沙もこう答える。クスクス笑う周りにも聞こえるように。


「……帰ります」

「まあ! あなたがこんな不良だったなんて!」

「……失礼します!」


 涙をぬぐいもせずに高校を駆け出る。この辺で一番近いビルはどこだろう。自殺するならいつか、なんて。今でしょ。





 ノートに走り書きで先生とクラスメートの悪行を書き連ねた。目の前には柵があるけれど、乗り越えられないことはない。あれを乗り越えれば、やっと楽になれるんだ。迷うことなく手をかけ足をかけよじ登る。その時だった。


「きゃ……っ!!!」


 突然何かが千沙に激突して、千沙の意識が途切れた。ブラックアウトする前に聞こえたのは、やけに可愛い女の子の声だったような気がする。





「もしもし? 大丈夫?」


 目が覚めたら、星空と美少女の顔が視界に映った。


「……」

「あの、大丈夫? 声は出せる?」

「……うん。あなたは……?」


 とりあえず返事をして様子をうかがう。しかしこの美少女。


 格好はゴスロリ? だし髪も目もピンク色。似合っているから始末に終えない。とはいえケチをつけるならそれくらいで、声も顔も物腰も優しく品がある。……どこかのお姫様みたい。


「私、ケイトと言います。ここに来たらあなたが倒れていて、今まで呼びかけていたのですが……気がついて良かった」


 そう言ってケイトは、ほんのり笑った。何故か胸がきゅうぅとなった。


 それにしても、あの時気を失う前に何かが激突したような記憶は? ……必死だったからごっちゃになってるのかな。勝手に足踏み外して頭ぶつけただけだったら笑えない。とにかく彼女の膝で寝たままというのもあれだから、起き上がろう。


「……っ!」


 起きようとすると、物が二重になって見えた。耳の置くでガンガン音が聞こえる。


「いけません! 倒れていたのだから、急に起き上がっては」


 ケイトが背中を支えてくれる。覚えて無いけど、相当頭打ったみたい。かっこ悪い。


「あの、家まで送らせて貰えませんか? このような状態で一人行かせる訳にはいきませんから」


 ケイトが心配そうにこちらを見ている。どうしよう? 普段なら、見ず知らずの人間の好意なんか借りないところだけど。……まあ、今日はいいや。今は少し、人恋しかった。




「ごめん、結局家まで送ってもらって」


 美少女ケイトは、実はちょっと嫉妬して体重かけまくって歩いた私に文句一つ言わず、自宅まで送ってくれた。さすがに後悔。


「そんな、困った時はお互い様です」

「でもこんな時間だしさ、親に連絡しなよ。私からも説明するから」

「親? 親は……」


 そこでケイトの様子がおかしくなる。でも、私はピンとくるものがあった。


「親とそりが合わないとか?」

「!」

「私もそう。学校で苛められてるのに、気づいてくれない。相談はしたよ、でもそれはお前に気があるからだ。お金をせびられてるのも、お前に何か買ってやりたいんじゃないのかって。すごいお花畑な人達」


 仕事仕事な人で、今日も誰も家にいない。寂しいとは思ったことはないけどね。これが普通だから。


「……帰りづらいなら、うちに居たら? 介抱してくれたお礼」

「いいの?」

「いいよ。一人増えても、あの人達は気づかない」

「ごめんなさい」

「ありがとうでしょ。ほら、夕飯作るから座って待ってて」


 チャーハンを作りながらぼんやり思う。死のうとしてたのに、何でこんな事になってるんだろう。チラリとテレビに夢中になっているケイトを見ながら考察する。


 突然現れた美少女。アニメやラノベみたい。自分が物語に出るなら、完全な群集、モブだと思っていたのに、主人公になったみたいな状況。この状況が嬉しいのかも。あとは、自分に境遇が似てるケイトに同情してるのかな。それに親や教師、クラスメートでさえ嫌う私の事を、心配してくれたり優しくしてくれたりする人がこんな可愛い子っていうのにカタルシス感じてるのかも。


「出来たよ」


 お皿に分けてテーブルに置き、向かい合うように座る。


「頂きます」


 ケイトはご丁寧にも顔の前で手を合わせてから挨拶して食べ始める。どういう育ちなんだろう? いいとこにしちゃあ、ゴスロリやピンク髪が分からないのよね。まあ、色々あるんだろうけど。


 お風呂に入って、広いベッドに二人で横になる。何でわざわざって? 監視の意味もある。夜中に盗みとかされちゃたまらないからね。


「あの、今更ですけど、お名前伺っても?」

「ああ、佐倉千沙(さくらちさ)っていうの」

「サクラチサ……チサがお名前でよろしいですか?」

「うん? まあ苗字だけだと勘違いしやすいみたいだけど。そう、チサが名前」

「うふふ、綺麗な名前ですね」

「……どうも」


 天然なのか何なのか。お風呂でもホースから水が出てきたのに驚いてたし、この子箱入りなのかなあ。


「そういえば、今日はどうしてあのような場所に?」


 あのような場所とは、ビルのことだろうか。……まあいいか。今日会ったばかりの人だし。


「死のうと思って」

「ええ!? あ、でも苛めって……」

「うん。机に花瓶置かれたり、傷だらけになったり、班に入れてもらえなかったり、物はしょっちゅうなくなるし、クラスのボス的女子にはかつあげされるし……これで親の理解も得られないんじゃ、死んだほうがマシでしょ?」

「可哀相……」


 ぽつりとケイトは呟いた。こんな可愛い女の子に同情されてるんだって暗い喜びの反面、たまらなく惨めな気分にもなる・


「でも自分でも覚えて無いけど失敗したみたい。けどいいや」

「?」

「ケイトに会えたから」

「千沙……」

「死ぬ前にケイトみたいな子と会うのと会わないのじゃ全然違う。どうせなら満足して死にたいし。……今日さ、思いっきりよっかかって歩いてごめん。おやすみ」


 照れくさかったから、そう言って背中を向けて寝る。しかしその後もしばらく会話は続いた。


「現状が、辛いの?」

「そりゃあね」

「千沙、実は私魔法使いなの」

「……プッ。へえすごいね」

「そうなの。だから、明日起きたら全てが変わってると思うよ」

「あはは。今日はいい夢見れそう」




 という寝物語だった、はずだ。


「大変残念な事実を皆さんにお伝えしなければなりません。体育教師の……」


 翌日、学校に行ったら本当に全てが変わっていた。イジメを幇助していた教師が街で殺傷事件を起こして首。さらにクラスメートがよそよそしいが、イジメてくる気配がない。でもすれ違いざまにこう言われた。


「ネットに流すとか卑怯者」


 調べてみたら、動画サイトで彼女達が私の私物を隠す様子や恐喝の様子が映されたものがアップされて、既に何万再生までいっているとのこと。ちなみに私は完全にモザイクなのに対し、彼女達は見る人が見れば分かる程度のぼかし。でも、私には見に覚えが無い。……まあ、誰も信用しないだろうけど。昨日なんか授業の途中で帰ったしね。


 誰か知らないけど、苛めをよくないと思ってくれた人が教室にいて、その人がやってくれたのかな。世の中捨てたものじゃないな。


 と、この時点ではケイトの仕業なんてみじんも思っていなかった。だって手口がリアルすぎる。



「ただいまー。ねえケイト! ケイト! あれ?」


 その日家に帰ったら、返事がしない。それはいつもの事だけど、昨日の今日だからケイトがいるはずなのに。……家は荒らされた様子ないし、靴もある。二階の自室まで行くと、部屋からうめき声が聞こえた。


「ケイト!? ……!!!」

「千沙!? だめ、来ちゃ!」


 部屋の中にブラックホールがあった。それにケイトが吸い込まれている。下半身は既に見えない、上半身だけで必死にカーテンを掴んでいた。


「ケ、ケイト、まさか魔法って……」


 異常現象を目の当たりにして思うのは、昨日の夜の話。まさか、まさか……。


「……騙すつもりはなかった。うん、私は違う世界から来たの。継母と折り合いが悪くて……ううん悪いなんてものじゃない。殺されるの」

「ええ!?」

「私が、唯一古代魔法を使える存在だから……母親には邪魔で仕方ないから……。王である父も始末した今、あとは私だけになったから……」

「じゃあ、じゃあ、今日のことはみんな……」

「ご飯、美味しかったよ。あとごめん。あの時千沙が気絶したのは、私が上から落ちてきたからなの」


 ビリビリとカーテンの千切れる音がする。


「さよなら、元気で……」

「ケイト!!」


 無我夢中で走って、ケイトの手を掴む。


「何やってるの!? 危ない離れて!」

「やだよ、初めて出来た友達をこんな形で失うなんて!」

「千沙」


 必死に踏ん張る千沙だが、まるでずっと力の強い相手と綱引きをしているように、ぐいぐい引き込まれていく。


「そんな物騒なところ帰らなきゃいいじゃん、ずっとここにいて! ケイト!」

「……だめ、引きずられる……!」


 その言葉を最後に、ケイトと千沙は闇に飲まれた。




 どこまでも続く空間を二人で漂っている。


「……あ、呼吸はできる。良かった」

「もう! どうして助けようとしたの! 私なんかを」

「言ったじゃない、友達って。ケイトに私は助けてもらった。だから、ケイトが困ってるなら今度は私が助ける」

「魔法も使えないくせに。あなたなんか、ただご飯が美味しいだけの……」

「おせっかい、だった?」

「……ううん。でも困ったわ。あの国で、あなたの身柄がどうなるか……。やるだけやってみましょう。とりあえず、私の手を離さないでね?」


 暗闇を手を繋ぎながら浮遊する二人。やがて、光が見えてくる。


「出口?」

「ええ。このままあそこに入れば……えっ」


 不意に、どこからともなく光の矢が現れた。暗い空間だからそれはやけに目立つ。一見すると彗星のようだった。


「……ケイト、あれは星か何か?」

「違う。ここにそんなものは……やだ、風が……!」


 光の矢がこっちに飛んでくる。何も無い空間なのに風はあるらしく、扇風機の強モードに当たっているような風の強さだ。煽られてあと少しというところで、二人の身体が舞い上がる。と同時に片手が離れる。


「チサ! 絶対離さないで!」

「ううううん! でも、風が強くて……!」


 ケイトはとにかく光の中に入ろうと自由が利かない中もがく。そしてケイトの手が光に触れた瞬間、彗星が二人の横をすり抜ける。その際の突風に、残った片手も離れてしまう。


「あ」

「チサ! チサ――――!!!」


 千沙の意識は飛んだ。

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