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コスプレイヤー、異世界を往く

作者: 黄粋

思いつきを短編として書いてみました。

それほど長くもありませんが楽しんでいただければ幸いです。


俺の名前は秋島悟郎あきじま・ごろう

今年で三十二歳になる、まぁ普通のオッサンだ。


仕事は工場作業員をやっている。

割と給料は良い方なんでどうしても金がかかる趣味をしている俺としては非常に助かっている。

力仕事も多いんで体はそこそこに鍛えられているから、メタボだとかそう言う事になる心配は今のところ無い。


パチンコだとかの金のかかったギャンブルは勝てた試しが無いからやってないし、酒は飲むがタバコは吸わない。

一人暮らしだから節約のために自炊なんかしてる。

味はまぁ可もなく不可もないと思っている。

一応、今までに付き合った女の子には好評だったが、さてあれが本心だったのかお世辞だったのかは今となってはわからない話だ。


今は彼女もいない。

さすがにこの年になると出会いなんて期待するのは厳しいと思うようになっちまって。

今じゃいわゆる草食系男子と言うやつの仲間入りだ。


プレイボーイな弟がいるから、血筋が絶えるとかそういう事は無いだろう。

たぶん。


まぁそんなごくごく平均的な三十路の生活をしている俺だが。

筋金入りの特撮ヒーロー好きでありマニアである。


俺が生まれる前からTV放送されていた物はDVDで買ったし、変身アイテムもすべて買い、ベルトやブレスレットなんかの身に着けるタイプのアイテムは大人でも付けられるように改造しているくらいだ。

極め付けは変身後の姿の衣装を作成している事だろう。


家のクローゼットを開ければずらりと変身スーツが並んでいる。

俺は年二回、その年のヒーローの衣装を携えてその手の人間にとっての祭りに繰り出す事にしている。

先ほど言った金のかかる趣味と言うのがこれの事だ。


祭りの日には必ず休むので職場には俺がそういう趣味の人間だと言う事は知れ渡っている。

別に職場でその手の話を自分からするわけではないので、距離を置かれたりはしていない。



それはともかく。

本格的な衣装を着た俺の事は祭りでもそれなりに知られている。

俺と言っても『最新特撮ヒーローの格好をしたコスプレイヤー』が知られているだけで中身の俺の事を知る人間はほとんどいない。


本格的にコスプレを始めたのは二十前半の頃の話だが、今はもうオッサンだ。

今のヒーローは大抵イケメンだし、俺のような普通のオッサンの話などしても盛り下がるだけだろう。

だからわざわざ俺から情報を出すような真似もしない。


そして今年も祭りを一通り楽しんだ俺は、最後に怪人のコスプレイヤーと毎年恒例の即席ショーを行い会場を沸かせていた。


「これで止めだ!!」


ポーズを決めて握り拳を作る。

本編でエネルギーが溜まっていく際に出る効果音が辺りに響き、右手全体がその音に合わせて明滅する。

こういうギミックにも力を入れているのが俺の作ったスーツの特徴だ。

やたら金がかかるし、時間もかかるし、技術も必要だが、妥協はしない。

いわゆる拘りと言うやつだ。


片膝をついた敵役の人へ向かってジャンプ。

必殺技の名を叫びながら、俺は握り拳を突き出した。


「シャイニングナックル!!」


実にレトロで悪を倒すヒーローが使いそうな、ある意味でスタンダードな名前の技。

それを放つと同時に。

マスク越しの視界が一瞬、ぐにゃりと揺らいだ。




SIDE ???


貧困に、差別に、魔物の襲来に苦しんでいた国『クロッカス』。

僕は王としてそこに住む民を助けるために尽力してきた。


父が魔物に殺され、母が病床に臥せ、ろくな準備も無く幼いまま即位した僕。

何もわからず、日々を臣下の言われる事にただ頷くだけの人形。

大臣たちが嘘を付くはずがないという浅はかな思いが僕にそうさせていた。


そんな僕が民から賢王だなどと言われるようになる事が出来たのは衝撃的な出会いがあったから。

僕を助けてくれた大きな背中に、その言葉に勇気づけられたからだ。


「見たい物だけ見てるのは楽でいいな」

「信頼って言葉は自分が楽をする為に使うような物じゃない。お互いがお互いを認め合って初めて使えるもんだ」

「まずはなんでもいい。疑問を持て。そして調べろ。今まで見えなかったもんが見えてくるはずだ」


臣下の一部が私利私欲で民を苦しめていた事に気づいたのは、その出会いの後すぐの事だった。

僕は民を苦しめているのが魔物だけでない事を知った。

僕は自分がいかに何も考えていなかったかを思い知った。


それからの僕は必死だった。

国を良くするためには何をすればいいのか。

臣下の罪をどう裁けばいいのか。

それを学ぶ為に寝る間も惜しんで本を読み、文官たちが持ってくる報告書に目を通し、政の最高責任者である宰相たちに意見を求めた。

幸いな事に大臣や宰相たちは僕の味方だった。

もしも臣下が皆、私利私欲に走る人物だったなら僕はこの時点で殺されていたかもしれない。


無茶をしていた自覚はある。

でも僕は今まで何もしていなかった自分がどうしても許せなかった。

だから自分の体調を魔法でむりやり整えて、死にもの狂いで王としての仕事に励んだ。

『彼』との別れの際、餞別にもらったブレスレットを見つめれば激務に挫けそうな心を奮い立たせる事が出来た。



その甲斐あって僕の即位から十年が経った今、国は以前とは比べ物にならないくらい豊かになった。

城下に住む人たちに笑顔が溢れている事が僕にはとても嬉しかった。


でも急激に成長した国は周りから見れば格好の標的でもあった。


隣国アレクシアからの宣戦布告。

ほぼ同時に行われた魔法兵団による城への奇襲。

お伽噺の中で空想の物として扱われていた転移魔法による本拠地数ヶ所への同時攻撃は、僕たちにはとても対応できる物ではなかった。


国が誇る騎士団も必死に抵抗したけれど。

生身であるはずの敵の異様に堅牢な体に金属製の剣では傷一つ付けられず。

ほとんど抵抗らしい抵抗も出来ずに、騎士団の皆は倒されていった。


これ以上、犠牲者を増やすぐらいならばと僕は自らの身を差し出す決断をした。

それ以外、僕に出来る事がなかったから。


自分の無力さに怒りを感じ、また何もできない自分に絶望すら感じた。


そして今。

僕は断頭台に立たされ、処刑されるその時を待つだけの身になっていた。

近くにある別の断頭台にはこんな僕に従い、僕と共に国を良くしてくれた宰相や大臣たちもいる。

その顔に浮かぶ感情は怒りであり、悔しさであり、嘆きでもある。


「これより国家反逆罪により元国王リクス・バルド・クルセイド及び関係者の処刑を始める」


国家反逆罪とはまた適当な罪をでっち上げた物だ。

ようはアレクシアに逆らった罪で処刑と言う事なのだろうが、それにしても捻りが無いと思う。


アレクシアは他国に対してこの暴挙の始まりは、クロッカスによる領土侵犯があったとしている。

聞いた時はふざけた事をと思った。

しかし証拠は揃っていると、明らかに捏造された物を得意顔で公表され、我々はそれに対して何も言う事が出来なかった。

敗戦国には暴虐を糾弾する資格すら無いのだと思い知らされた。



死刑執行人の言葉に愛する民が絶叫する声が聞こえた。

皆、突然攻め込んできた侵略者の言葉など鵜呑みにしてはいないのだ。

その事が素直に嬉しかった。

僕が民に信頼されていたのだと知る事ができるから。


断頭台に押し寄せる民たちの怒りの咆哮。

しかし執行人は眉ひとつ動かさず、僕の両隣に控えていた部下に目で指示を飛ばした。


両腕を持たれ、無理やり断頭台に首を固定される。


「言い残す事はあるか?」

「…………」


言いたい事は沢山あった。

国を守れなかった無念、攻め込んできたアレクシアに対する憎悪。

挙げればそれこそ数えるのも馬鹿らしいほどの言葉が出てくるだろう。

だがそれをこの男に言ったところで何も変わらない。


我々の最期を城のテラスから見下ろしているアレクシア国王にあらん限りの罵声を浴びせてやりたかった。

でも罵声よりも先に頭に浮かぶのは無念。


こんな所で終わりなのか?という思い。


やっと民が笑って暮らせる国を作れたのに。

これからももっと笑顔が溢れる国にしていきたかったのに。

『彼』に胸を張って国の事を語れるようになりたかったのに。


涙が溢れそうになった僕は目を閉じて、処刑執行人に顔が見えないように俯いた。


「そうか。では死刑を執行する」


やめろと叫ぶ声が聞こえる。

大臣や宰相が、民の皆が口々に僕を助けようと声を荒げてくれている。


「すまない」


誰にも聞き取れないほどに小さな声で呟く。

目を閉じて移るのは大きな背中。

僕の頭を撫でる大きな手。

そして一度だけ見せてくれた優しく力強い笑顔。


「ありがとう」


貴方のお蔭で僕はこんなにも皆に慕われる王になれた。

最期の瞬間までその事だけは誇る事が出来る。


周囲の声が一際、大きくなる。

いよいよかと覚悟を決め、無様な悲鳴だけはあげまいと歯を食いしばった。


瞬間。


「シャイニングナックル!!」


白い光が僕の瞼を突き抜けた。


「ギャァアアアアアアアアアッ!!!」


人間が出したとは思えない金切り声に思わず閉じていた目を開く。

見慣れない白色の光沢を放つ足が見えた。


「えっ?」


視界の端に体から煙を上げながら断頭台から落ちていく執行人と僕を押さえつけていた者たちが映ったが今はそちらを気にしていられない。


一刻も早く自分が置かれた状況を把握するべく固定されて自由が利かない首を必死に動かしてどうにか頭上を見上げる。


そこには。

全身を光が反射するような真っ白な服に身を包み、口元すら隠すフルフェイスのマスクをした男が立っていた。

異質な風体の男の出現に、アレクシアの兵も、愛する民も、この場を見下ろしていたアレクシア国王も、誰もが沈黙する。


男はゆっくりと周囲を見渡すと今、まさに処刑される寸前だった僕と目を合わせた。

マスクの奥の瞳に感情の揺れが見られた気がした。


「……」


まさかと思った。

でもこの姿は昔、出会った時の姿の面影がある。


「ゴ、ロー?」


彼は僕の問いかけには応えず、無言のまま断頭台を叩き壊した。


首が解放された事で身体の緊張が解けるのがわかる。

無意識で死ぬ事を恐れていた、と言う事なのだろう。


「う、わわっ!?」


ぐいっと体が持ち上げられる。

いわゆる姫抱きにされている事に気づいて僕は状況も忘れて顔を真っ赤にした。


王として生きていく事を誓った日、僕は自分が女である事を捨てている。

だからこんな風に女性として扱われる事には慣れていなかった。


「なにをするんだ!!」

「黙っていろ。舌を噛むぞ」


彼はそれだけ言うと処刑台から跳んだ。

あまり力を入れたように見えなかったが、まるで鳥が空を飛ぶかのような高い跳躍。


そのまま宰相の処刑台に降り立つと蹴りで宰相の断頭台も破壊してしまう。


「き、貴殿は一体……」


立ち上がった宰相の疑問には答えず、僕をその場に降ろす。

そこでテラスで事の推移を見守っていたアレクシア国王が声を上げた。


「貴様、たった一人で我々の邪魔をするとは中々に豪気な男だな。名を聞いておこう」


彼はアレクシア国王のいるテラスに視線を向けると右手を掲げ、振り下ろすようにしてその場で名乗りを上げた。


「優しさを守る光。極光の戦士エレメンタル・シャイン!!!」


彼の声はさほど大きくもないと言うのに、この場にいるすべての人間に届いたと自然に信じさせるような力強さがあった。



これがアレクシア侵攻から始まるクロッカスを中心とした波乱の本当の意味の幕開け。


後の歴史家はこう語る。

エレメンタル・シャインの出現から始まる一連の事件があればこそ、今の世界の平和があるのだと。



これは異世界に現れたコスプレイヤーが脱げなくなった衣装と、不気味なまでに上がった身体能力、そして特撮ヒーローの設定に基づいた力を活かして世界を救う荒唐無稽にして波乱万丈なお話である。



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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白いです!!悟郎さんは昔、リクス国王に会ったことがあるのでしょうか? ぜひ連載をしてほしいです^^
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