8
≪―――夏月≫
(うん?)
≪強い魔力が編まれているのを感じます。結界、でしょうね。更に蓋をしてるという所でしょう。それから、この臭いは……≫
(そこまで念入れが必要な事態?)
≪ええ。中身は、おそらく瘴気です≫
(……おそらく? 狐月が自信なさげなのって珍しいね)
≪いえ、瘴気なのは確実です。ただ、有り得ないので………わかっても、認めたくないと言った方が正しいかもしれません≫
(どういう事?)
≪………濃いのです。とても。人界でこれほど濃い瘴気が、突然発生する可能性はゼロと言っても過言ではない程に≫
(そんなに…?)
≪人が何も防御手段を持たずに触れれば、即座に死に至ります。防御手段があったとしても……弱ければないものとかわりません。夏月、言いたくはありませんが、これは人界で発生したものとは思えません≫
(つまり?)
≪魔界、あるいは、天界。そのどちらかからの来訪者が引っ張ってきたものと思われます≫
(………なるほど。それなら、騎士団が出てきてる理由にも納得出来る)
≪夏月、こう言っては何ですが…≫
(言わないで。わかってるから。………予感的中って事だよね?)
≪ええ、残念ながら≫
はぁ、と夏月が大きく息を吐き出したのに気付いたのか、夏哉が振り返る。
「どうした? 黙ってると思えば、溜息付いて。………ああ、また狐月と内緒話?」
「うん。だって、狐月の声、他の人に聞こえないから。……それで、兄さん。先生に話を聞いて私の事を呼びに来たって言ってたよね? 私が呼ばれた理由、兄さんも知ってるの?」
「半分はね」
「半分?」
「そう。話をしてもいいんだけど、途中で着きそうだから。それに、夏月なら………見ればわかると思うよ」
首を傾げた夏月に、夏哉は苦笑した。
「……第2師団と………協会の人まで来てるの?」
「うん」
軽い驚きを持って呟やかれたそれは、多分、その状況の目にした者の開口一番の科白としては間違っていた。
でも夏月的には有りなんだろう、夏哉は肩を竦めただけだから。
「結界、幾つ重ねてあるの、これ?」
「幾つに見える?」
「う、ん……。3つ? ……違うかな、4つ?」
「惜しい。収束のが、基点を囲んで置いてあったりする」
「……そこまではわからないよ、流石に。見えないから」
「そっか」
拗ねたように呟いた夏月に、どこか嬉しそうにして夏哉はその頭を撫でる。
「はい、そこっ! 仲良いのはわかったから、水代兄、仕事しなさい!! そんで妹はこっち来る!」
叫び声を上げながら近付いてくる女騎士の姿に、夏月と夏哉は揃って肩を竦めた。
つかつかと歩み寄り、眼前で立ち止まったのを確認してから夏月が一礼。
「おはようございます、都さん」
「おはよう、夏月ちゃん。朝からごめんねー。うちの馬鹿弟が毎度お世話になってる上に」
「こちらこそ、です。来栖先輩と打ち合うのって結構勉強になりますから」
「わがまま言って住まわせてもらってるんだから、ガンガン使ってやって。……で、夏哉。あんたはとっとと仕事へ戻れ」
「……都、酷っ! 夏月との態度差激しくない?」
「可愛い子と可愛くない子に対する態度だ」
「………それに仕事が忙しくって、夏月とゆっくり話すの久しぶりなのに」
「五月蝿い、黙れ。談笑してる場合じゃないだろ、阿呆。ほら、さっさと仕事しろ。遊びに来たんでも、授業参観に来たんでもないだろ、お前は」
「都、本当、毎度の事だけどさ… 「だったら言うな」 ……女の子なんだからその言葉遣いはどうかと思うよ」
「子じゃないから」
「じゃあ女性なんだから」
「今更直せるか阿呆」
「だから男が寄り付かないんじゃないか?」
「余計なお世話。だいたい、妹に先越されたお前にだけは言われたくな 「来栖隊長ー! 外壁もう1つ必要とか言ってますよ~!!」
背後からかかった声に、都は舌打ちした。
「了解、すぐ戻る! ………ったく、めんどくさい。今日は休みで春奈と出かける予定だったのに」
「方や春奈はすでに既婚者、方や都は未だ独身。そんな幼馴染2人でどこでかけるんだよ? だいたい、春奈、身重じゃないか」
「お前に言う必要はない! それとまだ妊娠2ヶ月で、見た目には全然わかんない。だいたい動かないでいる方がよくないんだよ。お前は知らないだろーけど」
「まぁ、オレ男だからな」
「将来お前の嫁になるヤツに同情する、絶対苦労するからな。変態シスコンめ」
「変態じゃないよ」
笑って反論する夏哉。シスコンは否定しないらしい。
その姿を一瞥し、都は溜息を吐き出して夏月に向き直ると、その手を掴む。
「んじゃ、夏月ちゃん。こっちへ。四郎さん、おどおどびくびくして小っちゃくなってるから」
「はい」
「って、待て、都。話はまだ終ってな 「暢気に話してる暇はない」 ……今更」
「今更言うな」
「………兄さん。私、先生に20分で行くって言ったのに、時間、かなり過ぎてるから。これ以上待たせると、先生の私に対する信頼度に影響があると思いますし」
その科白に、夏哉と都は顔を見合わせて 「それは絶対ない」 とアイコンタクト。
「それに、仕事中って普段とは違う顔してるって良く聞くから、兄さんの仕事してる所って見るの今回が初めてになるから。そういうのが見られるなら、早い時間に呼び出されたのも少し嬉しいかもしれない」
「そうか。じゃ、オレ持ち場に戻るから、都、後宜しくな」
「おい、変わり身早すぎだろ。お前こそなんだその態度」
「都、わかれ。妹の期待に答えたい兄の心を」
「わからんし、わかりたくもない。だが、まかされた。さっさと行け」
「頼む。じゃ、夏月。またな」
「はい。兄さんもお仕事頑張って下さいね」
夏月の科白に超笑顔で頷いて、夏哉はそんな必要もないのに颯爽と走り去った。
その背を少しだけ見送って、都がげんなりと息を吐き出す。
「一生結婚出来ないだろう、アレ」
首を軽く左右に振りながらの科白に、夏月は肩を竦める。
「まぁ、いいや。行こうか。中入った所にいるから」
「大丈夫なんですか?」
「え、あー…うん、2つ内側だけど。それに一応、中でも作業してるしね。もう名残だけだし、夏月ちゃんなら大丈夫だろ」
「有り難うございます」
「例を言われる事じゃないよ、正当評価」
そう言って歩き出した都に夏月が並ぶ。
1番外側で数人の騎士が溜まっていた所で、 「ちょっと待ってて」 と言って都がそこに混ざりに行く。
1分もしないで戻って来てからぽつりと一言 「本部に言えっつーの」 と愚痴ってから苦笑した。
「夏月ちゃん、騎士団は入るもんじゃないよー。あちこちめんどくさいし、休み返上当たり前だし」
「でも、その分、安定した高給取りじゃないですか」
「そ~なんだけどねー」
「………2人とも、そういう話はせめて小声でしようね」
結界を1つ内側へ入ったところで苦笑したシノッチが待ち受けていた。腰の低い苦言とともに。
本来ならそこはびしっと注意すべき所なんだが。
「四郎さん、聞いてました?」
「すまないね、来栖君。しっかり聞こえてしまいました」
謝る必要は皆無だ、シノッチ。
そしてこの腰の低さ加減に都は苦笑する。他の人間だったら確実に口止め工作――睨む、殴る、脅す、他――をするが。
「篠崎先生、改めて、おはようございます。遅くなって申し訳ありませんでした」
「おはよう、水代君。急だったから、少しくらい遅れても全然大丈夫だよ。それにこちらの都合なんだから」
「それで、何があったんですか?」
「うん、それがね……。ああ、体感して貰った方が早いかな。もう2つ中へ」
「2つって、四郎さん!」
「大丈夫。残痕以外は綺麗になってるから。その内側はまだ作業中だけどね」
「………先生、1ついいですか?」
「うん? 質問は歩きながらね」
「騎士団に魔術師協会まで来てるような状態を、ちょっとごたごたしてる、で済ませられる先生を、改めて尊敬し直しました」
「えっ!?」
ポイントがずれまくってる上に、私もまだまだですね、などと苦笑する夏月。
それに突っ込みもせずに、何を聞かれるかと思えば“尊敬し直した”とか言われてしまったので本気で照れるシノッチ。
都は苦笑して「あぁ……」とか呻いている。
緊張感が足りません。