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 部屋に戻った夏月は、個別通信珠――携帯電話のようなもの――が、白く点滅しているのに気付いた。



 通信珠――通称“コム”は、相手のコムのコードがわかれば、距離に関係なく会話が出来るという便利な代物である。

 直径が約15センチほどもあるが、まるで本人がそこにいるかのように会話が出来るし、難易度の高い“交信魔法”――“コンタクト”とも呼ばれ、対象者を指定して魔力によって直接相手に言葉を届ける魔法――と違って魔力を消費しない事、起動呪文とコードさえ唱えれば誰にでも扱える事などから、一家に1つは置いてある。その隣にコード帳があるのも、お約束だ。

 使用されていない時は無色半透明だが、呼び出し中は赤く点滅し、通信中は赤く点燈した。


 それの進化系として作られたのが、個別通信珠――通称“コール”である。

 “コム”に比べて、直径2センチほどの球体という小さいサイズで非常に持ち運びがしやすく、互いにコード交換をしておけば名前を言うだけで繋がり、誰かから連絡があった場合は白く点滅し履歴まで教えてくれる。更に、通信相手の声は使用している本人にしか聞こえないといったような理由も手伝って、普及率が高い。

 進化系だけあって、“コム”より良い点ばかりのように思えるが、“コール”での通信はコード交換が必須条件である。コードを知っているだけでは使えないし、“コール”同士でしか使えない。

 逆に、一方通行だが、“コム”から“コール”へ連絡を入れる事はコードさえわかれば可能だった。

 それなのに、“コール”の目下の課題は、しゃべる側本人の声は普通に回りに聞こえてしまうため、それも聞こえないように改良する事だとか。そんな事よりも、コード交換してなくても、それがわかれば通信可能にした方が良い気がするのだが、それをしないのは大人の事情――“コム”がすたれる可能性大――だろうか?



 大和学園では、4年生から様々な場所へ赴いて実地訓練やら、“ギルドミッション”のランクが上がるので、念のための連絡手段として学園側から“コール”が支給されるのだが、夏月は入学前から持っていた。魔法具好きの夏月が、こんな面白いものを――道具とは言え――放っておく訳がない。


 朝に連絡がある可能性のある人物というと、夏月の心辺りは曾祖父一人だけだ。時間を気にせず、面白い魔法具に出会うと、必ず連絡してくる。

 そもそも夏月の“コール”は曾祖父からの誕生日プレゼントである、7歳の時の。


「“オープン、シズク。履歴照会”」


 “オープン”が起動呪文で、その後に続いたシズクは、使用する際の本人確認コード――携帯電話の暗証番号のようなもの――である。個人によって様々な言葉だが、これを忘れてしまうと、本人でも使えないという欠点もある。その場合は、販売店に連絡した後に持ち込み、初期化してもらって登録しなおしと面倒くさいため、自分の名前を付けるのが一般的であった。

 ちなみに誰にでも使える“コム”には、本人確認のコードは存在しない。


『履歴、3件。篠崎四郎、篠崎四郎、篠崎四郎』


 連呼された名前に思わず硬直した。ずっこけたりしないのが、夏月である。


「篠崎先生…?」


 履歴を告げ、点滅をやめて元の半透明になった“コール”を一瞥してから、思案するように瞼を伏せる。


 一昨年の7月、欠員が出たとの理由から補助員に任命された際、当時から補助員総括を任されていたシノッチと“コール”のコード交換はしていたし、4年生になって学園から支給――持ってない人のみ――された後は、S組の生徒全員とシノッチはコード交換している。

 だが、夏月自身に直接連絡が入った事はこれまで一度もないし、シノッチがS組の生徒に“コール”を使用したのは、カナが暴走してコントロール出来なかった魔法のせいで破壊活動をやらかした時の、お説教くらいだった。


 妙に嫌な予感を覚えて、夏月は溜息を一つ。


「考えるだけ無駄かな…。“オープン、シズク。通信開始、篠崎四郎”」


 声に合わせて、赤く点滅し、


『水代君?』


 速攻で応答があった。

 その速さに、思わず幻聴かと疑った夏月だったが、“コール”は赤く点燈している。


「………おはようございます、篠崎先生」

『おはよう、朝からすまないね』

「いえ…。受けられなくて申し訳ありませんでした」

『いや、それは、こうして繋がったから別にいいんだけど。もしかして、寝てたの起こしたかな…? そうだったらごめん』

「大丈夫です。外で、来栖先輩と手合わせをしていたので、気付けませんでした。これは部屋においてありましたから」

『そう? うん、それならいいんだけど』

「はい、お気遣い有り難うございます。それで、先生、何かありましたか? 急ぎの用ですよね?」

『え…あ、うん。急ぎは急ぎだけど、その、無理に、とは言わないけど…―――――今すぐ学校に来られる?』


 時計は7時5分。

 始業時間まで、1時間以上あるのだが。


『あ、ええと、無理なら仕方ないんだけど。…え!? いや、そんな事を言われてもですね、生徒にだって個人の都合がありますから、無理強いはできませんよ…』


 横に誰かいるのだろうか、夏月からすると、途中から独り言にしか聞こえない科白が届けられる。更に、「無茶言わないで下さい」とか、「仕事でなく生徒ですから」とか、いつにもまして弱々しい声が続いた。


 “コム”なら、回りの音も綺麗に届けてくれるので会話をしていたら丸聞こえなんだけど。


「…あの、篠崎先生?」

『え、あ、はい。……少し、待ってて下さい。今、話してるところなんですから。……………はい、そうです、そうして下さい。 ―――と、すまないね、水代君』

「いえ、大丈夫です。それに、かなり、取り込み中というのはわかりましたので」

『え…ああ、うん。そうだね。ちょっとごたごたは、してるかな』

「そうですか。20分で、そちらに行きます。そのくらいなら大丈夫でしょうか?」

『え…? あ、うん。でも、無理にとは言わないけど。急だったしね』

「問題ありません。朝食も通学の用意も、手合わせの前に終らせてますから」

『……そう? でも、水代君、それって、朝何時に起きたら可能なのかな? 本当に大丈夫? 無理してない?』


 とことん、腰の低い先生である。


「大丈夫ですよ、毎朝4時に起きてますから」

『4時って 「それでは、先生。20分後に。失礼します」


 シノッチの科白を遮って再度告げて、コツン、と夏月が“コール”を軽く叩くと、赤く点燈していたそれが、元の半透明に戻る。


 通常の“コール”は、起動呪文“オープン”に対して、停止呪文“クローズ”が必要である。クローズ、本人確認コード、となるのだが、非常に面倒くさい。しかも、その声も、クローズ、まではばっちり相手に届けられちゃったりもするのだ。


 だが、夏月の“コール”は違う。

 叩く、というか、軽い衝撃を与えるだけで停止する。“クローズ”も使えるが、面倒なので使わない。これは、夏月の曾祖父が、不便だからと勝手に改造したゆえに付いている機能だった。改造品を曾孫にくれるとはどういう思考の持ち主だと思わないでもないが、そういう人間なのである。気にしたら、負けだ。 

 落としたりすると、その衝撃で通信が切れるのは困りものだが。


「シャワー浴びてる時間、ないね」

≪その余裕を持って、言えばよかったのでは? 彼なら、そのくらい許容してくれるでしょう?≫


 夏月の脳裏に、女の声が響く。


「狐月…」


 意思を持つ狐月は女性タイプなのか、30前後のそれに似た声の雰囲気を持っていた。

 他の人には聞こえないんだけど。

 普段から左腕にブレスレットとして身に付けているのだが、夏月の意思に答えてその形状を変える水属性の武器である。


「それは、確かにそうだけど、篠崎先生優しいし。でも、他の人も登校してくる時間に走りたくないから。遅刻する訳でもないのにそんな事してたら、目立つでしょう?」

≪確かに≫

「それで狐月。念のために聞くけど、走ってどのくらい?」

≪10分もあれば十分でしょう。全力なら5分を切れるかと思いますが、そうすると夏月の品性を疑われるでしょうし、本日は支援魔法の使用を赦された体術の試験ですので、余計な体力の消費は避けた方が良いでしょうから≫

「そう、今日が正念場」

≪夏月は、体術が特に苦手ですからね…≫

「普段から狐月に頼りっきりなせいだよね、これって」


 苦笑した夏月に返ったのは、沈黙だった。


「狐月? どうかしたの?」

≪いえ。私としてはそう言って頂けて嬉しいのですが……、少し、複雑な気もしたものですから≫

「ごめん。でも本当、メグ達じゃないけど、私も頑張らないとね」

≪はい≫

「さて、急いで着替えないと」


 Tシャツとジャージを脱ぐと脱衣所の洗濯物を入れる籠へと放り込んで、制服に袖を通す。大和学園の制服は、機能性を重視しつつ威厳を保てるようにと作られている騎士団の制服に似ているが、学生である事を忘れないようにと、一番上に着るのは校章入りのジャケット――ブレザーに似ているが、ボタンではなく、中央をマグネット止め――である。


≪夏月≫

「ん?」

≪制服のシャツのボタンが、掛け違っています≫


 ぴしり、と夏月の動きが停止した。


≪真ん中からかけるとずれるので、上からかけるようにと、何度も言っていると思うのですが…≫

「ごめん、急ぐとつい…。有り難う」

≪どういたしまして≫


 武器のはずなのに、細かいところまで気を配る狐月。

 そして、いつも落ち着いていて、穏やかで、と噂される夏月は、傍目にはわからない所では微妙にドジっ娘だった。

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