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 夏月の朝は、無駄に早い。


 8時15分から朝のホームルームがあり、始業自体は8時30分からなのに、毎朝の起床時間は4時である。起きて朝食を用意し軽く食べて授業の用意など、1時間30分ほどで通学準備は整ってしまう。

 それなのに、何故早く起きているのかと言うと―――――。


「参ったっ!」


 汗だくになった黒髪黒眼の青年がぜーはーと大きく肩で息しつつ、木刀を手に悔しそうに叫ぶ。

 対峙しているのは、夏月。こちらは、額に少し汗を浮かべているだけで呼吸に乱れはない。


来栖(くるす)先輩、まだ15分ほど残っていますけど?」


 アパートの玄関前の階段に置かれていた時計は、6時45分を示していた。

 だが、来栖(みなと)は大きく頭を左右に降り返す。夏月が先輩と付けた事からわかる通り、湊は同じ大和学園に通う、5年S組の生徒である。


「いや、も、無理。………これ以上は、学校、行けなくなる」

「そうですか…? それでは、今日は此処までですね」

「助かるよ」


 頷いて姿勢を正した湊に、夏月も倣う。


「「有り難うございました」」


 2人揃って深い礼をして、終了。

 時計の傍まで歩いて、玄関先に腰を降ろして定刻までは小休憩の談笑である。


「それにしても、夏月ちゃんには参ったね。2年経つけど、未だに勝てる気が全然しない」

「そんな事ないですよ。木刀を使って、鍛錬だからですし」

「いやいや。マツを使っても、勝てる気しないから」


 マツ――正式名称は松雪。湊の愛用する、風属性を帯びた細身の長剣である。


「それに、オレがマツを使えば、夏月ちゃんだって狐月使うよね? そうなると絶対勝てないよ」

「実戦と訓練は別ですから、わかりませんけどね」

「実戦になったら余計勝てないよ。夏月ちゃん、オレと手合わせしてるのに過大評価してない?」

「そのつもりはありませんよ? 実戦ではどんなイレギュラーが起こるかわからないですからね、訓練と違って」


 夏月の早起きの理由が、コレである。

 双方が在宅時という条件下で、朝の6時から7時までの1時間、木刀で湊と打ち合うのは入居時から続く毎朝の日課だった。

 アパートの庭で。


「うーん…。そんなのがあっても、勝てるとは思えないんだけど。 ―――そういえば、今日は誰も起きてこないね?」


 住人達は2人の打ち合う音を目覚し時計にしている。

 それぞれ起きると顔を出して朝の挨拶を交わすのも日課なのだが。


石垣(いしがき)君は、試験対策で友達の家に泊まると言ってましたよ」


 101号室の住人、石垣(しょう)は大和学園3年A組の生徒。


「それと、カナとメグとヨシは、昨日の夕食後に出かけて、帰って来てないですから」

「え…?」


 カナは201号室を、メグは204号室を、ヨシは103号室を、それぞれ使っていた。かく言う夏月は205号室、湊は104号室である。6畳1DKの部屋だが、学生の独り暮らしには十分だった。


「昨日の“召喚魔法”の追試で及第点を逃したので、その対策で、学校で“召喚魔法”に挑戦してると思います。多分、徹夜ですね」

「追試の後でって、何か可笑しいような気がするけど…。あの3人ならそれも有り得るね」

「納得されるのも少し困りますけど。留年はないのに、組落ちが嫌みたいです」

「ああ、なるほど…。その気持ちはオレもわかるかな。夏樹(なつき)に口聞いて貰ってここに住み始めて、夏月ちゃんに手合わせお願いしたから。そのお陰でオレはS組維持してるようなものだしね」


 夏樹というのは、双子でもないのに夏月とウリ2つな、1つ年上の姉である。

 現在、5年SS組に所属しているが、湊とは入学より昨年まで同じクラスだったし、大和学園オリジナル教科の一つ“ギルドミッション”で同じパーティーを組んでいた友人でもあった。

 そのコネを使って、2年前の春から湊はこのアパートに住んでいる。


「それは言い過ぎだと思いますけど」

「いやいや。夏月ちゃんとの手合わせで、かなり剣こっちも上達したしね。これがなかったら、オレも今年は組落ちしてただろうから。…ホント、夏樹に頼んで正解だったな」

「それがなくても大丈夫だったと思いますけど。来栖先輩、姉さんとか会長と比べたら駄目ですよ。あの2人は、特殊ですから」

「姉を捕まえて特殊って」

「事実ですから」

「………確かにね。(なお)も夏樹も、凡人を軽く超えてるからね」


 きっぱり答えた夏月に、少しだけ苦笑して湊は同意した。


 夏樹は、卒業後の進路がすでに魔術師協会本部所属と決まっていた。決定当時から休みの日などは、時折、研修もかねて訪れたり、呼び出されたりしている。未だ卒業まで5ヶ月も残っているのだが、決定したのは昨年11月の“ギルドミッション”終了直後である。その時点で確かに可笑しい。


 そして、生徒会長を務める 久遠(くどう)尚は、家が近所なので湊とは幼馴染である。当然のように5年SS組に所属し、湊や夏樹と同じパーティーを組んでいる。こちらも昨年11月の“ギルドミッション”の後で大和騎士団第一師団への入団が正式決定していた。夏樹と同じように早すぎるため、同様に可笑しいと言える。しかもこちらは騎士見習期間の2年を飛ばして、騎士団所属だし。


「でも、夏月ちゃんも余り変わらないと思うけど?」

「いいえ。私は姉さん達みたいに社交性はありませんから」

「それって、関係あるの?」

「この先、そういった関係先に私の進路が決定する可能性は、ゼロですからね」

「何かやりたい事でも……と、そっか。夏月ちゃんは、マジックアイテムの方?」

「はい。自分で作りたいとも思いますけど、まだまだ経験不足ですから。まずは色々と経験を積むところからですね」

「そっか。それじゃ、魔法具師に弟子入りか、傭兵かな。どちらにしろ、夏月ちゃんならすぐにランクも上がりそうだよね」

「それは実際やってみないとわかりませんけど……。どちらも難しいですから。特に魔法具師は。でも、正直なところ、まだ決めてないんですよね。実感も湧かないし」

「あはは、卒業まで、もう半年もないオレだって実感ないから。………流石に問題あるかな?」

「来栖先輩なら、騎士団も行けると思いますけど?」

「うーん…。姉貴を見てて思うんだけど、面倒そうなんだよね」


 ダメダメな先輩だった。


「お給料が安定してる上に良いから、将来設計としては良いと思いますけど? 色々と。それに、関係者が関係者ですから、説得しやすいと言うか、聞こえが良かったりもしますからね」


 にっこりと微笑んだ夏月に、湊が苦笑しつつ視線を逸らした。


「このアパート、大和学園の寮の扱いになっているので、早くしないと卒業ですよ?」

「それは…、そう、なんだけど。夏月ちゃんの権限で、伸びない?」


 夏月の権限、と湊が口にしたのは、このアパートは夏月が管理人をしていて、同様に建物自体も今は夏月の所有物である。アパートを囲むようにある塀は、元々裏庭にあった林だった名残そのままに水代家の塀と接続されている。

 アパートの周囲は――正面入り口の門のある側は道路に面しているが――うっそうとした林で、丁度アパートの裏手になる位置に水代家の蔵が置いてあり、さらにその向こう、林を抜ければ水代家の本宅がある。姉の夏樹は、当然のように本宅に住んでいるのだが。


「駄目です。そんな事をしたら、いつまで経っても、行動しないじゃないですか」

「う……。だって、それは、ねぇ?」

「尚さんみたいに、どーんと、ぶつかってみるとか」


 会長ではなく、尚さん、と夏月が言ったのには、理由がある。

 状況に応じて使い分けているのだが、久遠先輩が尚さんになったのは、今年の夏から。姉の夏樹が、尚と婚約したからという、何ともハッピーな理由である。身内しか知らない事なので、夏月は呼び分けていたが。

 尤も、去年までの文化祭で学園ベストカップルに3年連続で選ばれてる辺り、2人が付き合っているのは周知の事実なんだろうけど。


「……………あの2人と比べたら駄目だって言ったの、夏月ちゃんだよ?」

「それとこれとは、全く別物の話です。第一、そんな軟弱ぶりでは、私の大切な友人は任せられないですね」

「いや、多分に、夏月ちゃん、任せる気、全然ないよね?」

「今、それ以前のレベルですからね」


 きっぱりと断言した。

 がっくりと項垂れた湊と、その様子に小さく息を付いた夏月と、2人の耳に時計のベルが鳴り響いた。


「時間みたいですね」

「…そうだね」

「今日はこのくらいにしておきますけど、来栖先輩、本当に、駄目ですからね」


 念押しして玄関を潜った夏月に、主語が抜けていたため、卒業後もここに住む事なのか、卒業後の進路の事なのか、任せられないと断言した事なのか、どれを指しているのだろうと湊は本気で悩んだ。

 暫くしてから、それが、全部ひっくるめての駄目押しだと気付いたのだが。

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