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いつか見た風景が、展開されていた。
放課後の教室、窓際、最後列、その周辺の席で、机に撃沈する3人。
試験を終えて、ホームルーム後に、山吹からの伝言を3人に伝え、別れた後、夏月は図書室へ行っていた。そこで小一時間――途中妙なのに絡まれたが――読書を愉しみ、1冊の本を手に、教室へ戻って来たのだが。
「大丈夫そうに見えないけど、一応聞くね。―――失敗した?」
がばっと頭が3つ上がる。
「そっちかよっ!!」
「見てわかるなら聞かないでよーっ!!」
「夏月ちゃんまでいじめるぅ~!!」
半泣きは半泣きだが、目が血走っていて、切羽詰った状態を通り越していた。
もう必死である、むしろ決死。
「ごめん。まさかとは思うけど、留年とかになりそうな事態を招いたりはしてないよね?」
場が沈黙した。
沈黙は肯定を意味するが、この3人は例外だ。そうでない時も沈黙する。
「………それで、ヨシは額と右手、カナは左頬、どうしたの?」
額と頬にはでっかいカットバン、ヨシの右手にいたっては包帯が巻かれている。
夏月の問い掛けに苦笑を返す2人に対しメグだけは沈んだ顔のままだ。
「いや、聞かなくても…」
「あたしらだけが怪我してるって時点で、気付くでしょ?」
「……………メグ、やっちゃった?」
「ふぇ…」
本泣きになった。
泣き付いて来たメグの頭を撫でて宥めつつ、2人に視線を送る。
「今日は何が出たの?」
「いや、デーモンはデーモンだったんだがな…」
一般的に、“使い魔”として召喚されるのは、デーモンと呼ばれるモノが多い。
勿論、一口にデーモンと言っても種類も階級も様々なのだが、下級から中級までの召喚しか学園では習わない。ついでに言うと、試験の追試という点において、下級デーモンの召喚陣以外組む訳はないのだが。
「コトフが」
「そう、コトフがな」
カナとヨシが、顔を見合わせて頷きあった。
コトフ。
背丈は30センチくらい、人に似た姿を持ちながら顔は鳥で背に翼を持ち、下半身が馬の脚という外見をしているデーモンだ。一般の魔術師などが“使い魔”として小間使いに使う事が多いため、それなりに名が通っている。
中級にランク付けされているが。
「…なるほどね」
コトフは、主と認めれば、それはもう“使い魔”率が高いように、使えるのだが、元々の気性が荒く、主従の力差を見せ付けないと服従しないという困ったちゃんでもあった。
利便性は高いが、最初が肝心の典型である。
「それで、山吹先生は、何て?」
「潔くゴーチン、と」
メグの泣き声の音量が上がった。
「留年はしないっぽいけど、でもね」
「何処へ入れとくって?」
「オレはE」
「あたしは、A。……メグは、Cだったかな」
ヨシは剣術メインで回復系魔法のみの、カナは完全に攻撃メインの魔法のみの、メグは魔法全般の、それぞれの得意分野を中心とした組である。
だが、3人は至極不満そうであった。
「留年じゃないのに、そこまで落ち込んでたの?」
「実技で及第点落としたの、コレだけだからね。結局…」
「SSは無理でも、コレパスしたら、来年もSだったろーからなぁ」
「夏月ちゃんと違う組じゃやだよぉ」
メグ、復活。
普段は突っ込む2人も流石にスルーした。
「それでね、夏月。何か妙案ない?」
「………今更?」
「今更ゆーなっ!!」
「むしろ、今だからこそよっ!!」
熱い2人である。
トラブルメーカーの名に恥じない、浮き沈み方だ。
「そんな事言われても、1週間、まるまる付き合ったじゃない? 練習」
ぐっと言葉を詰まらせる2人。
機嫌がかなりなおったメグはごろにゃんと夏月にくっ付いたままだが。
「それなのに、今から何かないかって言われても……。私、そんなに何でも出来る訳じゃないし、それに、知識なら、ヨシのが詳しいじゃない?」
「ヨシは応用が利かないから駄目っ!!」
「何だとっ!?」
「本当の事じゃんっ!」
「おもいっきり、デーモンどころかヘドロ召喚したカナに言われたくないっ!」
「回復馬鹿ーっ!!」
「攻撃馬鹿が何を言うっ!!」
どっちもどっちである。
ぎゃーすかと罵り合う2人をそのままに、ぽんぽん、とメグの頭を軽く叩く。
「メグ、狙ったのを呼べないのは問題だけど、でもね? メグの場合、召喚陣の力をあきらかに超えたモノを呼べてる訳だから、それって一種の才能っていうか、メグの力なんだと思うから。落ち込んじゃ駄目だよ?」
途中まではともかく、最後の科白を告げるのは、真面目に夏月だけである。
何しろ、その齎す被害の大きさといったらとんでもない事態を招いていても、本人は「ごめん~」の一言で笑って済ませるのだから。少しは落ち込んだり反省して欲しいと思うのが普通だろう。
「ふぇえ、夏月ちゃんと同じ組がいぃ~。違う所じゃやだよぉ、私、いじめられるぅう」
「それはないと思うけど…」
不安がないと言えば嘘になる。
夏月とメグは、同じ病院で同じ日に生まれた。血筋を辿ると3代前で同じ夫婦に行き着くし、母親同士が友人というのも手伝って生まれる前から一緒にいたらしい2人は、双子の姉妹のように仲が良い。
傍にいるのが当たり前になっている、他人だ。
ハタから見ると危ない関係に見える事もしばしばあるのだが、至ってノーマルな関係である。
「後は、そうだね。もう一度、召喚に挑戦してみるとか? 試験の判断材料は初級のデーモンの召喚だったから、それよりちょっと上のレベルのとか。きちんと呼べて、従わせられたら、先生も見直してくれるかもしれないし…」
「「それだ!!」」
何故か、罵り合いをしていた2人がハモり、その後のカナの行動は、素早かった。
ヨシとの睨み合いから離脱して歩み寄るとメグに手を伸ばして夏月から引き剥がしにかかる。
「メグ、いつまでも夏月に引っ付いてないで、行くよ!」
「カナちゃん、何処へ行くの~? 引っ張らないでよ~」
「ほら、ヨシももたもたしてない!」
「いや、何処行くんだよ。お前…」
「とりあえず、図書館!!」
とりあえずかよ、とヨシは内心突っ込んだ。
「手伝う?」
「いい、大丈夫。めぼしはついてるから、傾向と対策を練ってくる」
夏月の申し出を断り、空いている手でヨシを掴む。
「あ、でも。もしかしたら、聞く事もあるかもわかんない。その時はヨロシク」
「わかった。じゃ、先に帰ってるね」
「夕飯もヨロシク!!」
ヨシの科白を最後に、3人は教室を後にした。正確には、カナが2人を引きずるようにして。
「何だか、妙に不安が残るのはどうしてかな……?」
近年暴走を続ける“学園最凶トリオ”を、唯一コントロール出来る存在と噂される夏月は“ケルベロスの鎖”などという有り難くない通り名が付けられている事を知らないのだが、その名に相応しい予感をさせた。
ちなみに、この事実が、哀しいかな、夏月を学園最強と言わしめた最たる理由でもあった。
そうして、その予感は時を待たずして、―――――現実のものとなる。