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 大和国の中枢は、そのまんまな名前の大和市である。

 国の重要機関の大半が集中しているため、国内一の都市でもあり、当然のように市民の数も多い。


 そんな中で、国立の学校のはずなのに、大和市の北西の外れに経つ大和学園は、正門が市外へ向けて立っている事でも有名だ。通用門は、普通に裏門なのはお約束である。南側にもこじんまりとした門はあるが。

 学園の南側に、専用の寮――寮、と呼ぶにはおこがましいような建物だが――を設けている。市内の者は大半が自宅から通うが、市の反対側に家のある生徒などは寮に住むのが普通になっているのもそのせいだろう。


 国立の学校がこの位置に建つのは、幾つかの理由がある。

 多々割愛するが、大和市の北西から西の一角を占拠する大和学園の位置は、他の街への公道から外れている事。

 隣接する市外は無駄にだだっぴろい平地である事。

 更にその平地の先に見えるのは、うっそうとした森である。その一部に、大和市の中央に建つ王城から見て、大和学園を通過し、更に直線上に北西へと進んで行くと、国内でも有名な、瘴気が溜まりやすい――魔物が発生しやすい――森がある事。

 つまり、人が余り通らないため、身近な市外で平気でどんぱち出来るし、その森で発生した魔物が大和市を目指した場合、障害となるために、そんな所に建てられていた。






「やー。シノッチ、ごくろーさん」

「山吹先生、その呼び方は…」

「気にしたら負けだって。―――しっかしまぁ、アレだな。試験中は来るなって言いたいよなぁ」


 背後で学園に張られていた結界が解かれて撤収が始まったのを横目に、教師の顔になった山吹が呟く。

 口調は全然真面目じゃないが。


「それには同意しますが」

「あー、アレだ。そんでな」

「戻りながらでも良いですか? 僕は、一年生の試験、途中で呼び出されてて、中断して待ってると思うので」

「ああ、そりゃぁ早く戻らないとだな。……しかし、シノッチ? S組、しかも4年を担当してるのに、低学年も面倒見てるってメンドクサイな」

「仕方ないですよ。神無(かんな)先生が、寝込んでますから」


 肩を竦めた気の弱そうな姿に、山吹はぽりぽりと頬をかく。

 ついさっきまで、先陣切って、鬼神の如く2本のトンファーを振り回してモンスターを殲滅していた姿とはどうやっても結びつかない。

 腰に得物は下がってるけど、それでも。


「シノッチは戦闘時と平常時と、ギャップが有り過ぎる」

「何ですか、それは…?」

「戦闘時のシノッチなら、神無を叩き起こしてでも審査官を勤めさせるから?」

「流石にそこまでは…」

「つーか、低学年の実技試験って、対戦相手、上級生とは言え生徒だから神無以外にも審査官なんざ出来るだろーに。相手する訳じゃねぇってのに、何でお前が借り出されてるかがわからん」


 心の底からそう思うのであろう、山吹は深い深い溜息を吐いた。


「ですから、仕方ないんです。神無先生が寝込んだ原因に、僕も一枚噛んでますからね…」

「あー…―――――アレね(・・・)


 山吹は、果てしなく納得したような、厭きれたような声を上げて、前方を指差した。



 大和学園の立地の理由の一つに、生徒の実戦経験向上のため、というのがある。だが、実際問題、モンスター襲来時に生徒総員が当たる事は、皆無だ。


 大和学園の教師連中は、総じて、大和騎士団の団員である。というか、大和学園自体が、大和騎士団第六師団、という名を冠している。更に学園長は第六師団師団長でもある、ややこしい事この上ない。

 第六師団の任務は、後輩育成と、北西に位置する瘴気の森の警戒及び魔物発生時の対処と、その他の外敵より街を守る事である。

 以前と呼ぶには語弊があるほど前の頃は、学園と騎士団は別々だったらしいのだが、紆余曲折を経て、学園関係者を第六師団としたようだ。

 生徒の数は、一般の学校より少ないのに、教師の数は一般の学校より多いというミラクルがこのせいで発生している。尤も、他の師団に比べて、一桁以上の落差があるくらい団員数は少ないが。

 そんな訳で、全生徒が実際に戦闘に立つ、という事は稀である。


 だが、何事にも例外は存在する。

 そもそも、生徒に実戦経験を、と言っている時点でそれをしないのでは矛盾してしまうからだ。

 大和学園の5年SS組がそれだ。この組に所属している生徒は、総じて、大和騎士団第六師団準団員という長ったらしい肩書きが付く。あくまでも生徒なので前線に立つ事は少ないが、それでも、教師と共に、魔物の駆逐に当たったり、街の平安のために盗賊を相手にしたり、後輩の面倒も見たりする。

 現在SS組は、生徒会長を筆頭に、4人しかいないけど。

 少人数もいい所である。

 他にも、補助員というのがあり、同様に大和騎士団第六師団補助員という長い肩書きが付く。

 こちらは、SS組以外の生徒会役員と、それ以外の選ばれた一部の生徒が所属している。あくまでも補助なので、四六時中、騎士団業務の補助をする訳ではないが。



「水代君?」

 教え子の姿に、シノッチは訝しげな声を上げる。


 夏月は、一見大人しそうな深窓の令嬢仕立て。実際、お嬢はお嬢なのだが。

 相変わらず腰まで伸びるストレートヘアーの髪を靡かせる、長髪でありながら結ぶという事をしない学園唯一の生徒。戦闘時においてその状態は不利な状況を作るとされているのをわかった上で、あえて結ばないというのはすでに周知の事実であり、その実力は、最高学年でないにも関わらず、学園最強と他者に言わしめるほどだ。

 物静かで穏やか、その強さと外見から才色兼備と噂される夏月だが、唯一そのキャラを壊すのが魔法具――マジックアイテム――だった。大の魔法具好きと学園内でも有名ではあるが、その勢いを間近で目にしている者は決して多くは無い。噂されるような才色兼備はどこ吹く風で、語らせたら誰かが止めない限り何十時間でも熱く語り、小遣いは容赦なく湯水のようにそれに注がれ、魔法具が勿体無いと自力殲滅を心がけるどうしようもないっぷりである。

 それでも誰も何も言えないのは、好きとか趣味で済ませられないレベルで、その証拠とでも言うように魔方具の知識は学園一を誇っているからだ。当然のように教師をも唸らせており、魔法具の専門教師を筆頭に被害者は数多い。

 そんな夏月が入学時より愛用しているのが、 狐月こげつという名の、意思を持つ水属性の魔法具である。武器に分類されるようだが、主に“刀”にして扱う事を多く目にする。


 近付いてくる姿に気付いたのか、というか、あからさまに指差している山吹のせいだろうが、夏月が半ば無表情に近い顔で2人を迎えた。


「篠崎先生、山吹先生、お疲れ様です。それと山吹先生、いつまで指差してるんですか?」

「おお、こりゃすまんね。んで、水代は此処で何してるんだ? 試験の真っ最中だろ? 中断してるだろーが、現場待機のはずだが?」

「篠崎先生が呼ばれた後に、丁度いいからそのまま行って来いと言われて」


 普段通りの口調で返った科白に、夏月が補助員でありながら、準団員とほぼ同じ扱いを受けていた事を2人は思い出す。

 その左手には、愛用の狐月が握られたままだ。


「なるほど」

「面倒かけるね、水代君」

「いえ、これもいい経験になりますから」

「それじゃ、試験に戻ろうか。一年生の模擬戦の相手、引き受けてくれて助かったよ。去年が去年だっただけに、今年は断られるかもと思ってたんだけどね…」


 昨年、夏月は、1年生の進級試験において、狐月を用いて“戦闘条件:魔法×、武器〇”の3分間の模擬戦の相手を務め――3年生がこれに指名されたのは、学園初――1学年全て、248人斬りを成し得ている。

 無論、実際に切り伏せた訳ではないし、若干1名を3分持たずに1分で仕留めたりもしたが、通常は3~4人が持ちまわりで行うのを、たった1人で務め上げてしまった事も、学園最強と言わしめる所以の1つだ。

 最たる理由は違うのだけども。


 今年もこれを引き受けたため、夏月は自身の実戦試験を初日の午後に行った。その際相手を勤めたのが担任であるシノッチであり、審査員を勤めたのが神無であった。

 いつまで経っても終了の声がないから可笑しいと思っていたものの制止を待って止めるつもりの全くなかった2人は、本来10分の制限時間の所30分以上をかけてからやっと動きを止めて、互いに苦笑した顔を見合わせてから、揃って首を捻るようにして神無を見やると―――――彼女は引き攣った笑みを浮かべて放心状態になっていた。

 彼女の自信は綺麗に壊れ去り、そのまま寝込んで現在に至る。

 

「タイプの違う人を相手にするのも勉強になりますから」

「そう言ってもらえると、助かるけどね」

「んじゃ、シノッチ、オレは教室だからお先に。………あぁ、そーだ。水代」

「はい?」

「例の3人に、ばっくれないで追試受けに来いって念を押しヨロシク」


 暢気に歩いて戻る3人が揃って足を止めた。

 無言になった夏月に、


「そういうのは、担任の僕 「シノッチは押しが弱いから、無理。それにあの3人、水代の言う事だけは何でかきっちり聞くからな」


 科白を遮られ、追い討ちをかけるように欠点を言われ、脱力する。


「篠崎先生、山吹先生の言う事を気にしては駄目です。からかってるだけなんですから…」

「……………水代君」


 何故か教え子に慰められる涙目のシノッチ、こと、篠崎四郎(しのざき しろう)(33才)。

 夏月を初めとする、4年S組の担任。

 専門は武術だが、その他も平均以上の実力を持たないとS組の担任にはなれないので、温和な雰囲気で軟弱そうな姿は、本気で見た目だけである。

 とはいえ、普段は気弱で押しの弱い“僕”。

 だが、何かのスイッチが入ると鬼のようになる二重人格者である。主に、戦闘スイッチ、てか、ソレしかないのだが。


「逆を言うとあいつ等、水代の言う事しか聞かねぇっつーか…、臨戦体制時なんか特に。んじゃ、ヨロシクな」


 落ち込んだシノッチをそのままに、ひらひらと手を振りながら山吹はその場を後にする。

 その背を暫く見送ってから、夏月は気を取り直すようにシノッチへと顔を向けた。


「………篠崎先生、そろそろ試験、再開しないと」

「そう、だね……。水代君、僕、そんなに駄目かな?」

「そんな事はないと思いますよ。確かに、山吹先生だけでなく、他の先生どころか生徒にもからかわれたりしてるみたいですが、それって先生が親しみやすいという事ですから。それに、篠崎先生は、普段の押しが弱いのもそうですけど、力の入れ時をわかっている、頼りになる方と私は思ってますから」

「水代君………」


 33にもなって15も年下の教え子に慰められる、その時点で何か可笑しいと気付かないといけないのだが、感動しているシノッチにその気配はゼロだった。

 殺気にはエライ敏感なのに。


「それじゃ、気を取り直して、試験に戻ろうか」

「はい」


 和み系ほんわかスマイルのシノッチと、天使の微笑みと囁かれている夏月は、ほのぼのとした雰囲気で修練場へと戻って行く。

 この後、1年生を相手に1人辺り3分間の模擬戦総当りを再開する、その審査員と相手役のようには、見えなかった。

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