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大和学園の試験内容は、その学園の特性からか、他校とは異なる。
通常の学校では各学期ごとに中間と期末が存在し、年6回の筆記試験のみで期間はおおむね1週間で終わる。変わって大和学園は各学期ごとに1度ずつの年3回で、筆記試験の内容に差異は少ないが実技試験があり、その内容は基本的には学年別に同じだが所属するクラスによってプラスアルファの部分で種目や数が変わり、全ての試験――筆記、および実技――を終えるのにおよそ1ヶ月を要する。
これは、進級した際の組分けが、その生徒の能力に合わせてなされるためだ。
特に“S組”という特別クラスが設けられるため3学年進級試験以降は、試験の内容は元より採点も厳しくなる。これが最高学年である5学年進級試験となると、“S組”の上である“SS組”というのが存在するため、輪をかけて厳しくなるのだ。
当然のように、“S組”に所属する生徒が受ける試験数は学年最多である。
大和学園を“無事”に卒業出来れば、将来は約束されているが、その代償がこの進級試験、及び卒業試験である。
学年が上がれば授業に付いて行けず諦める者というのも極稀にいるが、学園を去る最たる理由は、進級試験であった。
留年に制限はないが、後から来た後輩にガンガン追い抜かれて行くのを目の当たりにしてもなお留まるだけの勇者は――長い歴史を見ても、最高留年記録は8年である――少ない。1、2年ならよくある話だが、これのせいで、脱力して学園を去る者も少なくはない。上級生に上がるほど、学年の人数は減るのはそのせいだ。
1年生と5年生では、その比率は2:1と言っても過言ではないほどに。
それほど、厳しいのである。
試験期間中、大和学園の生徒にとって嬉しい事があるとすれば一つだけ。試験は午前中だけに限定されていて、午後は自由時間という事だけだろう。
日も高いこの時間に毎日帰れるのは、きっと嬉しい筈。…多分。
そんな、大和学園の制服を着た4人が、帰宅の徒に付いていた。
何ていうか、若干1名を除いて、とぼとぼ、といった足取りで。
4人は、学園内では知らぬ者はないほど有名な存在である。色々な意味で。
勿論、学園外においても、4学年である彼らは――4学年から現場研修、ないし実地の授業があるため――そこそこ名が通っている。これまた色んな意味で。
1番左を歩くのは、井上歌南。通称、カナ。
幾分切れ長の黒い双眸はカナの感情次第で細くも大きくもなり、好奇心に満ちている時は怪しいまでに輝いている。肩に届くか否かという微妙な長さでかつ不揃いな黒髪と、両脇に赤いヘアピンを2本ずつ止めているのがポイントだとか。
黙っていれば知的な美少女なのだが、子供のように表情をころころ変えて騒ぐ姿に知的という文字は何処吹く風だ。むしろやらかした件の内容と数の多さで、触らぬ神に何とやら的扱いを受ける事が多い。
その右隣を歩くのは、古池芳秋。通称、ヨシ。4人の中で唯一の男子生徒だ。
普段は睨んでいるようにしか見えない一重の黒き双眸は、どういう訳か笑うと途端に人懐っこい笑みへと変わる。全体的に散切りの黒髪は襟足の辺りだけを腰まで長く伸ばして首の後ろで1つに結ぶ、ファンタジーにありがちな髪型をしている。
根は優しく力持ち、それなりに整った顔立ち、美はつかないが間違いなく好青年である。だがしかし、哀しいかな、カナとの漫才で壊れている姿を多々目撃されているため気付く者は少ない。
更にその右隣を歩のは、橋木愛美。通称、メグ。
大きく、澄んだ湖水のような青い眼は他国の血を引く証拠。二つに分けた若干天然パーマ気味のふわふわした黒髪を肩の辺りで緩めに青いリボンで結んでいる。
愛らしい顔立ちなのだが童顔のせいで3才以上は年下に見られる事が多い上に、髪型だけでなく中身もおっとり天然で、対面する者は苛立つもすぐに呆れ返るか保護欲が沸くという謎スキルを常時発動していた。
彼ら3人が、大和学園の誇るトラブルメーカー。
いや、誇れないだろうし、誇りたくもなかろうが。
ゆえに、“学園最凶トリオ”。
勿論、面と向かってそう呼ぶのは、きっと学園内に5人もいない…………筈。
そうして、最後に残った、1番右端を歩くのは、水代夏月。カヅはカズみたいで駄目、という結論から、そのまま夏月と呼ばれているから通称はない。
大和人特有の見事な漆黒の瞳と整った顔立ち。腰まで伸びるストレートヘアーも翠髪と呼ぶに相応しい見事な黒髪である。
穏やかな物腰と才色兼備を体現したような夏月には、ファンが多い。ただ、男性よりも女性票の方が獲得数が多いのは謎だが。
「元気出して、とは言わないけど。3人とも、へこむのはそのくらいにしようね? 来週に追試もあるし、明日だって試験があるんだから」
「そ、そーだね。夏月ちゃんの言う通り、これ以上、増やさないようにしないと」
「明日、何だっけ?」
「オレに聞くなよ、覚えてる訳ねーじゃん」
だから落ちるんだよ、お前等。
大和学園に入学して早4年、未だにその事実に気付けない2人に乾杯。
「明日はね、解除と封印、その1だよ」
「そっか。ナイス、メグ」
「んじゃ楽勝ね!」
「去年と同じ方法は使えないし、ランクは確実に上がってると思うけど」
「「夏月ーっ!!」
カナとヨシが揃って1番右端を睨むようにして雄叫びを上げる。
「不吉な事ゆーなよなっ!」
「でもでも、去年は夏月ちゃんのお陰で試験が1週間ずれて、受かったんだし」
メグの科白に、2人はぐっと言葉を飲み込んだ。
昨年の解除と封印の試験は、ドアを使ったものだった。勿論、ただのドアである。
メグはそのレベルの解除も元通りへの封印も――呪文が逆だったが――こなしていたが、カナとヨシの二人はとっても絶望的だった。出来ない訳ではないが、3回に1度の成功率、試験でミスれば追試、更に追試もミスれば、組落ち確定という所であった。
更に去年は他もヤバめだったため、留年の危機と嘆いていたのだ。
それを夏月がそ知らぬ顔で、通常の鍵ならば開閉可能な魔法――4学年で倣うためまだ使えないのが前提にあった――を自身にかけた状態で試験に臨み、「先生、ドア、壊れているみたいです」と一時中断させて、更に狙ったように魔物―――――モンスターの襲撃があり、なし崩しに1週間ずれた。
ちなみに、他の教科でも夏月は似たような事をやらかしている。そのかいあって、無事に“S組”のまま4年に上がれたようなものだった。
「うう、終ってる…」
「いっそ、封印壊して解除っとか…?」
「カナちゃん。それだと、その後、どうやって封印作業するの?」
「う…メグ、そこは突っ込まないで欲しかった」
「修復とか、まだ習ってないし、使えないでしょ?」
「そーいうのは、ヨシの分野」
「いや~オレは壊すほどの……って、そーいや夏月?」
「何?」
「明日の試験、どんなのが来ると思ってる?」
「何で私に聞くの?」
「お前の試験の山勘、的中率100%だから?」
「実技試験は、授業の内容と、試験の内容見れば、わかるからね。明日は多分、難易度の低い、封印の魔法がかかったドアとか箱が出てくると思うけど?」
「がっつり“封印魔法”かぃ」
「初日だから多分ね。もう1日、来週組まれてるし、多分、そっちは、どういう状態で封印されているのかとかも見ないと解除できないようなレベルになってたりすると思うよ」
「何でそんな事までやらないとなんないんだよ…。大体、そーいうのは将来魔術師とか国の特殊機関目指すヤツだけでいいじゃんか。なぁ?」
「S組だからしょうがないよ~。専門の組じゃないし、試験の数だって1番多いんだから」
「メグの言う通りだよ。嫌なら無理しないで、進路希望にそった組を狙えばいいのに。ヨシなんて、S組にいる限り、毎月の勧誘は免れないと思うよ?」
勧誘という科白に、がっくりとヨシは肩を落とした。
「オレ断ったんだけどなぁ…」
「お婆ちゃんが、ヨシは回復系をそつなくこなすから、是非確保しときたい人材だって言ってたよ」
メグの母方の祖母は、国立大和病院の呪術科の室長だったりする。
そしてヨシは、回復魔法においては他の追随を赦さないくらいの才能を持ち、魔法に関わる教科以外は学年で下から数えて1桁レベルなのに対し、魔法の知識だけは好んで吸収しているから、持って生まれた才能を最大限活用及び発揮しつつ、今を持ってなお成長中という有望株。
医療関係者から見れば、喉から手が出るほど欲しい人材だった。
「うう…」
「最悪、就職先が決まってるだけいーじゃん。あたしなんか、魔法に偏りが有り過ぎるから魔術師協会本部は無理って言われてるのに」
「お前、そこだっけ? 希望」
「違うけど。一般人には解放されてない魔法書とか見られるからさ」
「それだけかよ…」
「そういえば、夏月ちゃんは?」
「私は、大じぃの後追い」
「魔法具かぁ。オークションとか行くの?」
「そういうのは、資金がないからまだ先だよ。魔法具師に弟子入りするか、ギルド登録して傭兵やりつつ魔法具探索と資金集めってトコかな」
「「「えー」」」
あっさりした夏月の科白に、心底不満げな声が3つ上がる。
人の進路に異議申し立てをしてる場合ではない3人が、揃って口を尖らせた。
「確かに、夏月ならイケるだろーけどさ…」
「何かイメージ合わないんだけど、それ。んー……ああ、でも、そっか。普段の夏月からすると違和感もないのかなぁ…?」
「夏月ちゃん、メグの事置いてったらやだよ~」
「「メグ、それ違うっての!!」」
「ふぇ…。酷いよ~二人とも。今日そればっかり」
「メグ、泣かないの。それにね、決めた訳じゃないから、先の事はわからないよ」
「選べるっていいよなぁ…」
「そのためのS組。卒業後の進路選択に強制ないからね」
苦笑した夏月に、3人の顔がピシリとこわばった。
「ヨシ、聞いた?」
「ああ、聞いたとも。メグも聞いたな?」
「うん」
「来年SS狙ってんなー夏月!」
「ていうかもうその予定っぽぃよ!?」
「夏月ちゃん~…」
じと目で3人に睨まれて、夏月は肩を竦める。
「1番、色々な事が経験できるからね」
「「「断言したっ!?」」」
「あ、ほら。着いたよ、我が家に」
指差した先には、格子状の地味な観音開きの外門が一つ。その敷地内に見えるのは、質素な作りの2階建てのアパートだ。
1階が男性、2階が女性と、居住者を別けているそのアパートは大和学園の寮扱いになっている。水代家の一角に建てられているそれは、彼等4人の他にも、同校の生徒が何人か住んでいた。そして何故か、夏月もこのアパートで1人暮らしをしていた。家はきちんと、アパートの裏にある林の向こうにあるんだけれども。
「今日、大じぃが帰ってくるって連絡あったから、私、お昼は実家で食べるから。その後でいいなら、試験の練習付き合うけど?」
じと目で睨んでいた3人が、その科白で何度も何度も大きな頷きを返したのは言うまでもない。