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大和学園。
大和国が設立した、国内唯一の国立の学びやである。
国を守る剣であり盾でもある大和騎士団を初めとする、国の重要機関の人材確保と養育を目的とされた学園で、その歴史は直に1200年を数える。
大和国内から、厳選に厳選を重ね選ばれた者だけが入学を赦されたエリート校であり、生徒は皆ダイヤの原石というわけだ。
大和学園に受験はなく、全て学園側から個人への通達で、入学資格の有無が告げられる。ていうか、無い人には一部を除いて連絡がいかないのだが。
自ら入学を希望する事も出来るが、希望しても入学資格がない者には、不受理通知が送られる。これが先にあげた一部に該当する。
勿論、入学出来ますという通知が来ても、断る人もいるし、それは可能だ。
当然のように、滅多にそんなヤツはいないが。
何しろ、“無事”に大和学園を卒業すれば――進路が本人の希望通りかはさておき――将来を約束されたようなものなのだから。
大和学園への入学に唯一限定された決まりがあるとすれば、13~15歳の大和国内に在住する者、というだけである。
その他の選定方法についても学園外部の者には不明なので、選ばれた側も「なんで?」って場合が少なからず発生したりもするし、選ばれなかったら苦情が上がったりもするらしいが、そういった場合は「5年後が愉しみですね」という返答があるだけ。
補足すると、騎士団のみならず、国内の各機関の上層部も生徒選定に絡んでいるという噂がある。
そんな理由で、受験もないくせに、大和学園に通う生徒は、国内の他の学校に比べて少なかった。
この世の終わりが到来したような雰囲気を全身に纏い、教室の窓際は最後尾を基点として前と横の席に繋がり、周囲はまるでお通夜のようにどんよりとしている。
その発生源である3つの机に、同じようにして突っ伏す姿が3つ。
「―――3人とも、大丈夫?」
苦笑する声に、のっそりと3人が揃って頭を上げる。
「夏月…」
「終ってる…」
「魔法は嫌だよぉ…」
実技試験4日目を追えて、まだ試験期間の中ほども過ぎていないというのに、3人は揃って既に打ちひしがれていた。
完全に生気の抜けまくった脱力した状態なのは確かだ。
尤も、人生を悲観しているのか、自分を哀れんでいるのかはわからないが。
「でも、及第点は確保してたよね?」
「今日のがなければね…」
ぽつりと呟いたカナに、こっくり、といった頷きが2つ続いた。
その科白に、先頃終了した“召喚魔法”の試験風景を思い出して夏月は困ったような笑みを浮かべる。
「1つ落としても、別にアレなら進級出来ない訳じゃないのに。そこまで落ち込まなくてもいいと思うんだけど?」
「意味なーい!」
「お前1つも落としてないじゃんかっ!」
「夏月ちゃんと違うクラスじゃ嫌だよぉ!」
三者三様に叫び声を上げる。ある意味復活したと言うべきだろうか。
勿論、最後の一つは何か間違っている気がするが。
「おー、やっぱ今の叫びはお前等か。何だ、へこんでんな~“学園最凶トリオ”ともあろーものが」
この場の雰囲気とはまるっきり対照的に暢気なその声に、4人の視線が教室の入り口へと集中する。
そこに元凶がいた。
いや、彼に非は一つもないんだけど。
「山吹先生…。何も傷口に塩を塗り付けるような事を言わなくても」
いつもの軽そうな笑みを浮かべたまま歩み寄る姿に、夏月は溜息を1つ。
山吹元気はおちゃらけているが国内有数の召喚魔法師――サモナーと呼ぶ方が一般的――であり、担当する教科もそれだ。今3人がへこんでいる原因である“召喚魔法”の試験官も当然、彼である。
「水代はいっつもそいつ等の味方だな」
「友人ですから」
「返る科白も同じかよ。変わらねーなぁ、お前等。入学した時のまんまじゃねーか。んで、そっちの3人は何でそんなに凹んでんだ? 水代に説教でも喰らったか?」
「私は慰めていたのですが…」
「あ、そう? ん~そうすっと、あれか。さっきの試験のせーか? 確かにお前等、ぼろっぼろだったもんなー」
あはは、と笑いながらあっけらかんとした科白は、塩どころか、唐辛子か何か、多分、劇物に部類するモノを擦り込んだ。
どーん、と再び机に突っ伏す3人。
「山吹先生、悪化させてどうするんですか…」
「うぉ、そこまで!? 別に追試も来週やるし、今日ので留年確定って訳じゃねーんだから。第一、お前等な、何処をどうやたって留年する訳ねぇんだしさ。“学園最凶トリオ”がそんなちっさい事、気にしてどーすんだよ?」
教師にあるまじき発言、しかも自分の担当教科に対してコレである。
さらに、どどーん、と空気が重くなった。
「先生、今の発言は状況的にも先生的にも、少々相応しくないと思いますが?」
「だってお前等の通り名だろ? 考えたヤツら的を射てるなーとオレは感心してるくらいだ。3年から担任になったシノッチにオレは同情を禁じえない」
胸の前で十字を切る姿に、溜息を一つ。
「誰も嬉しくないですよ、それ」
「マジで!? んだってお前等、此処の得意分野じゃ学園最強には違いねぇし、もっと自慢していいと思うんだが?」
「最強ならいいんでしょうけど、最凶だから嬉しくないんですよ」
沈黙。
「ま、来週追試やるから。適当に頑張れ、お前等なら留年って事はないから。とりあえず今の段階でもオレ的にはな。あー、ただな、まぁ、来年は5学年だからな、組落ちは覚悟してもらわにゃならんが。今日の結果だと」
その科白に、3人の頭が勢いよく跳ね起きる。
向けられた必死の形相に、教師である山本元気(39才)は思わず半歩下がった。
「先生、それは嫌ーっ!!」
「無茶苦茶だー!」
「先生酷いよぉっ!!」
「………いや、そう言われてもなぁ。そこはシメないとな、幾らお前等が入学した当時オレが初めて担任したクラスの生徒で、2年になっても続けて面倒見たとは言え、こればっかりは甘やかす訳にはいかんのだ」
普段、緩みっぱなしのくせにどうやら真面目に教師をやっているようだ。
試験中もユルい発言しかしてなかった上に適当という科白しか該当しない試験官ぶりだったのだが。
「ま、追試まで1週間あるから、ほどほどに頑張れ。お前等が気合い入れるとロクな事にならんからな」
「「「先生っ!!」」」
「んじゃ、オレは明日も試験官だからお先に失礼。お前等なぁ、凹むのもいいが、明日からの試験に差し支えないようにしろよ?」
返るのは、半泣き顔が3つ。
軽く右手を上げて、脱兎の如くその場を去って行く背中を見送った。
「組落ち…」
「マズイよな…」
「夏月ちゃんと違うよね、確実に…」
「そりゃ、夏月は来年SS入り確実だろ」
「そーだね。夏月はね」
「別に確定してないと思うけど…」
「いいや、夏月はぜってーSSだね」
「そーだよ。何だってこなすしさぁ」
「夏月ちゃん~メグを置いてったらやー」
「「メグ、それ違う!!」」
同じ穴の狢2人に突っ込まれて、半泣きが本泣きになった。
ちなみに、サモナー山吹が曰く、「お前等が気合い入れるとロクな事にならんからな」。
この科白は、一週間という間を置いて現実となる事を、当然のように、この時は誰も知らなかった。