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 紆余曲折はあったものの、試験は無事に終了した。

 各個人の結果はどうあれ。 

 帰宅のためのホームルーム開始――シノッチの到着――を待ちながら、4年S組の面々は、落ち込んだり、喜んだり、翌日の試験対策と、色々と余念がない。


「んで、夏月? 朝の魔族さんはその後どーなったんだ?」

「そうそう、私も気になってたんだよね」

「怯えてた割に、軽く聞くね。皐月(さつき)も、樹君も」


 隣の席から身を乗り出すようにした樹と、調子を合わせて夏月の前に座っていた常盤皐月が横座りになって振り返る。皐月と樹は学園内でも珍しい双子の姉弟だ。双子自体は珍しくはないが、能力査定でクラス分けがされる大和学園において、同じクラスで進級しているというのは稀少なのである。樹もそうだが双子だけにどことなく似ている顔立ちは、可愛いよりも綺麗と評価する者の方が多いだろう。


「あの姿を見ちゃったらどうにもな。それに、あそこでアレを使うとは思わなかった」

「あ、それは私も思った。ずっと悩んでたもんね、誰で試そうって」

「本当にいいタイミングで来てくれた被験者だよね」

「夏月からすると、鴨が葱背負って来たようなもんか」

「まぁ、そうだけど。でも、正直、予想以上の相手だよね」

「魔族相手に試そうと思う所が、夏月だよね。まぁ、“魔王キルリア”云々の曰くも実証されちゃったし、後は効果のほどを検証か。いいなー今から早々と卒論準備入ってて」

「皐月……そういう問題か? オレとしては、“赤の王”を手玉に取れる夏月が凄いと思う」

「………何か、悪女みたいに聞こえる」

「強ち間違いでもない」

「いや、てゆーか、夏月は十分悪女でしょ?」

「酷いな、2人とも。誑かしたりしてないのに」

「だから、なお悪いっつーか、怖いんだろ」

「無自覚だからね、夏月。何て作りな女っ!」

「皐月……」

「ま、オレだって、特殊な感情抱いてたらここに座ってられないよ」

「てゆーか樹の席って、初めて同じクラスになったヤツに喧嘩売られるよね」

「もう慣れた。その他の事にも」

「それなら、来月から私と席入れ替わってみる?」

「歌南の隣は、流石に無理だ………」


 本気で引く格好になって呟く。


「何が飛んで来るかわかんねーし。リアルに燃える。歌南の横の壁は夏月、後方のロッカーの壁は真後ろのヨシと斜め後ろの愛美、前方は当然のように誰も座ってない空席が3つだし、斜め前方教室内へは皐月が止める。歌南防御網は完璧だ」

「樹、あんたね、姉を捕まえて壁扱い?」

「だってしっかり防いでるだろ。いきなり背後からとかオレ無理だから。火気厳禁」

「そんな事を言われても反応できないくらいに、当人は打ちのめされてるけどね」


 皐月と樹が揃って夏月の向こう側を眺めるると、机に突っ伏して微動だにしないカナがそこにいる。補足すると、夏月の後ろの席も似たようなものだが。


「そ~いえば。話は変わるが今日のシノッチは格好良かった」

「先生って、戦場だと凄く頼りになるよ」

「戦場限定だからな~」

「樹は辛口だね。普段だっていい先生だと思うけれど、私」

「うん、まぁ、それはオレも思うけどさ。………何気に、このクラスが纏まりいいのは、一重にシノッチのお陰だと確信している。だってあの姿を見て、反抗心覚えるヤツは、人間じゃない。絶対に」


 力いっぱい断言する樹に、皐月と夏月は顔を見合わせて肩を竦める。

 通常、有り得ないくらいに腰が低く低姿勢なシノッチ。屑々と説教中でさえ怒っているというよりは心配している感のみがひしひしと伝わって来る、そんな教師も珍しいだろう。

 丁度その時、ガラガラと教室の前側にある扉が開き、やたら分厚い学園のロゴ入りA4茶封筒を抱えたシノッチが入ってくる。


「噂をすれば何とやら、と」


 呟いた樹に、教壇にシノッチが立った所で夏月と皐月が姿勢を正した。


「皆さん、本日の試験お疲れ様でした。明日は魔法の実技試験最終日です。早めの就寝を心がけて明日は万全の体制で望むようお願いします」


 わかってるよー、とか。シノッチお約束ぅ~、とか。だったら早く帰らせろ、とか。

 好き勝手な事をのたまう生徒達。


「ホームルームは以上で終わります」

「「「「「早っ!?」」」」」

「だって皆さん、早く帰りたいでしょう?」

「先生、他に注意事項とか、明日への意気込みとか、何かないんですか?」

「樹君。明日の試験についてボクにアドバイス出来る事はないですよ」

「………確かに。いや、そうでなくですね、先生」

「何か疑問点でもありましたか? それなら、この後で個人的に 「違っ! そーじゃなくって、オレは朝の説明を求めますっ!! 試験終って戻って来たら、教室直ってたのも不思議だったし!!」


 しーん、と静まり返った教室は、最後の科白に「あっ」と幾つか声が上がった。

 その時になって大半の生徒がその事実に気付いた、もとい、思い出したらしい。


「あ、そこはですね。夏宮の方で、雨でも降ったら困るだろうからと直してくれました」

「夏宮!?」

「それと、朝の件ですが。説明する必要もないので」


 シノッチが肩を竦めた。………儚げな笑みにしか見えないのだが。

 それから、開けっ放しになっているドアの方へと顔を巡らせて苦笑したシノッチに、その意味を察した幾人かの生徒が視線を巡らせて、ああ………と項垂れた。

 暫くしてから仕方ないと言った風に息を吐き出して、シノッチは教室内へと視線を戻す。


「水代さん、学園長からの預かりものです」


 教壇の上に置いてあった分厚い茶封筒を抱える。

 一瞬だけ硬直してから、無言で立ち上がってそれを受け取りに行く夏月。

 受け取った封筒は5センチはあろうかという厚さで、中を覗けば、紙の束。


「先生、これは…?」

「熟読は後でお願いします。それと、非常に伝え難いのですが…」

「……廊下に立たされる“赤の王”なんて、貴重な姿ですね」


 首を再度巡らしたシノッチに続いた夏月が、ぽつりと呟いた。

 クラス中に緊張が走ったのは言うまでもない。聞いてない数名を除いて。


「“赤の王”、とてもお似合いですね、学生服が」

「黙れ! 誰のせいでこんな格好を… 「ああ゛~~~っ!!!!」


 夏月の科白に、むっとした子供っぽさ全開の“赤の王”が教室へと入ったせいで、その科白は、ヨシの絶叫でかき消された。

 機嫌が斜め上がりのまま、しっかり自分を指差して立ち上がっているヨシを睨む。


「オレは自由だー!! ってか何でウチの制服着てんだよお前っ!?」

「……って、うわ! 本当だっ、ウケるっ!!」


 ヨシの科白に活動を再開したカナが目ざとく見つけて馬鹿正直に叫んで笑う。

 睨み付けたままの赤い眼、その頬がヒクヒクしてるのは、多分気のせいじゃない。


「静かにして下さいね。古池君、井上君。………樹君も気にしていたようなので、先に説明しますね。明日付けで正式に4年S組に新しく加わる生徒、エルド=ロハナルエ君です。学園長から、知人の息子という事になっているので彼の素性に関して正直に話さないように、との事です。違反者には原則として反省文50枚の罰則が科せられますので注意して下さい」


 ちーん。

 どこをどうやると、そんな話になるんだろうと首を捻った生徒達の行動はきっと正しい。


「生徒かよっ! エロっち、ノリがいいな~」

「エロっ……誰がだ!?」


 ヨシが妙な呼称を勝手に付けて笑い、“赤の王”あらため、エロっちが突っ込む。


「夏月のこと狙ってたし、エロっちでいいじゃんか」

「ええっ、夏月ちゃんはメグのだからあげないよっ!!」

「大丈夫っしょ、メグ。あげる必要ないから、エロっちが夏月の所有物だし」

「いや、違うって。エルド=ロハなんたらって名前だから、略してエロっちなんだよ」

「「なるほど」」

「おまっ……お前等………っ!?」


 “学園最凶トリオ”水を得た魚のように完全復活。

 方や、エロ呼ばわりされた事が果てしなくショックだったらしく、本気で茫然としている。


「皆さん、仲良くして下さいね。さてと………席はどこがいいですかねぇ」

「はーい、先生! オレがズレればいいと思う」


 いつの間にか夏月の傍まで歩いて来ていた樹が横から口を挟んだ。


「樹君がそこまでする必要ないと思うけれど?」

「いやいや、学生になってまでっていう心意気を買った。オレ後ろにずれるから」

「………本音は?」

「後ろから見てるの面白そうだから?」

「そういう事なら仕方ないかな。それでいい、セキ?」

「………何だそれ」

「“赤の王”の赤を音読みして、セキ。アナタの呼称。何か問題でもある?」

「………オレの名前は 「知ってるけど」

「気にしたら負けだ、セキ」


 ざっくり科白を切られたその肩に、ぽむっと極々自然な動作で樹が手を置く。


「そーそう。夏月がセキって言うなら、それに決定なんだよ」

「ヨシの言う通り。それにエロっちより、セキの方がかなりいいだろ?」


 いつの間にか樹と反対側に立っていたヨシが訳知り顔で頷き、樹が畳み掛ける。

 というか、誰だってエロよりはいいと言うだろう。当たり前だそんなの。

 むぅ、と唸るエロっち改め、セキ。

 それを両側から、スクラムを組むようにして説得に入るヨシと樹。

 その光景を微笑ましいものでも見るような眼差しで眺めるシノッチ。


「それじゃ、エルド君の席は、水代君の隣に決まりですね」

「どうやらそのようですね。所で先生、この、書類なんですが…」

「はい、そうです」

「………学園長は何を考えているんでしょうか? 仮にも、彼は上級魔族の上に吸血鬼、私はその血印者。学園長の傍か、ここに置くのが打倒かと思うのですが…。この後、きっちり話をする必要がありますね」

「え? あ、ああっ! そういえば、コレも一緒に渡すよう言われたんでした。いつも孫がお世話になっているお礼だそうです」


 珍しいシノッチの叫びに、クラス中――諭す樹と悪乗りするヨシ、諭されるセキを除く――の視線が集中する中で、ごそごそと胸元から5×20くらいの箱を取り出すと夏月へ手渡す。

 訝しげに眉を顰めて夏月は蓋を開き、―――――すぐに閉じた。


「先生、わかりました。学園長には、謹んでお受けいたしますとお伝え下さい」


 180度変わった夏月の態度に、視線を送っていた者達は悟ってしまった。

 ここまで瞬時に切り替わる理由は1つしかない。―――――魔法具。

 夏月を一瞬で逆の立場へ立たせるだけの効果を持ったレベルだ、かなり貴重な代物と思われる。


「………何だったのですか、水代君?」

「別にたいしたものでは… 「んな訳ないじゃん! 夏月ちょっと見せてっ!」

「えーカナちゃんだけずるい~私も見たいっ!!」

「ちょ、2人とも。そんな気にする事じゃな…… 「「え?」」


 両側と正面からがっちり挟まれて覗き込んでいたメグとカナの手によって箱の蓋が落ち、そこにあった物に小さく声を上げる。


「これ、魔法具のペン? でも夏月ちゃん、結構いいの、もう持ってたよね?」

「そーだよね。別にたいした物じゃないじゃん、何でこれで懐柔されてんのさ」

「カナ、馬鹿な事言わないで。これに比べたら私のなんてただのペン同然になるから」

「「嘘ぉ」」

「ここ見て! このサイン!!」


 ペンを手にして上の方を指差す夏月は、魔法具スイッチが完全に入った顔になっていた。


「「サザン=レイガ」」


 読み上げた2人の後に、ええっとシノッチが叫んだ。ついでに生徒達も叫んだ。

 疑問符を上げて顔を見合わせるカナとメグ。


「ちょ、ちょっと、待って下さい! 本物ですか!?」


 珍しくテンションが上がっているシノッチに、夏月が無言で頷いた。


「ほ、本物っ!? 学園長、何でそんなモノ持って………くっ!!」

「うわ、シノッチが本気で悔しがってるっ!?」

「戦闘中じゃないのに珍しい~」

「2人とも、興味がなくても名前くらいは知っておかないと。サザン=レイガ師。世界一とも、三界一とも言われている、魔族の(・・・)魔法具師。100年くらい前から人界に住んでるらしくって、各国の重鎮のみならず魔界とか天界にも顧客がいると言われてる」

「「ええっ!? そんな凄い人なの!?」」

「かなりね。ただ、物凄く腕はいいけれど、気性が激しい人で、気に入らない人の魔法具は絶対作らないし、人に邪魔されるのも好きじゃないから、どこかの山奥に篭ってるって聞いた」

「………夏月が目の色変わるね、それは」

「おば~ちゃん、こんなのドコで手に入れたんだろう……」

「帰ったら早速試してみよう。どうしよう、凄く嬉しい……っ!!」


 ああ、と皐月が頭を抱えた。

 こんな時、いつもなら樹が綺麗に纏めてくれるのだが、今現在、セキの肩に腕を回してヨシと一緒に何やら必死の説得中である。

 混迷する教室を眺めつつ、帰宅が遠のくのを切実に悩んでいたのは彼女だけだった。

読んで下さった方、ありがとうございました。


彼らの話はまだ続くのですが、ここで一度完結とさせていただきます。

ストックがたまった後で続けるのか、別枠にするのかを考えようと思っています。

私自身の文章の構成力が変な方向に固まっているので、こういった系統は割かし勢いだけで書いています。

駄目じゃんというツッコミはナシの方向で。


また彼らのテンションでいけるような時にお会いしましょう。

改めて、有難うございました。

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