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 かつて魔界を統一し、唯一王として君臨した“魔王キルリア”が死去してから400年と少し。現在の魔界は5つの国に分かれており、それぞれを5人の王が統べている。

 5王と呼ばれる彼等には、それぞれの呼び名がある。

 “黒の王”、“風の王”、“白の王”、“獣の王”、―――――そして、“赤の王”。


 佇むは赤髪赤眼、長身痩躯の青年。

 人間で言うなら20才前後と思われるその外見からは想像出来ない肩書きだが、納得させるだけの存在感と威圧感を兼ね備え、抑えているであろうにヒシヒシと肌に感じさせる強い魔力が嫌なほど真実味を帯びている。


「後でお仕置きが必要ですね、彼等に」

「反省文が打倒です、先生。1番堪えますから」

「なるほど。ではそうしましょう」


 視線はしっかりと“赤の王”に見据えたまま、どこまでも暢気なシノッチと夏月だった。


「さてと。もういいか? せっかく人界に来たんだ、少し遊ばせて貰う。そのためにはちょっと不都合だからな、今のままだと。好きにさせてもらおうか」

「お断りします」


 毅然と、シノッチが告げた。

 普段の気弱な雰囲気も腰の低さも感じさせない姿に 「おおっ…」 と生徒達から感動の声が上がる。


「お前には言ってない。それに、邪魔出来ると思ってるのか?」

「出来る出来ないの問題ではありません。先ほども言ったように、彼女はボクの生徒です。それをむざと見捨てるような真似は出来ませんし、何よりボクの主義に反します」

「そっか。まー別にどっちでもいいけどな。………だが、1つ忘れてるぜ? ここで本気でやったらどうなるかってのをさ」


 ちらりと横目で生徒達を眺め、肩を竦める。


「そいつ等は確実に死ぬと思うんだが。それでもやるって?」

「………それは」

「諦めろ。長短の差はあるが、命は1つしかないからな」

「出来ません」

「物分りの悪い人間だな」

「“赤の王”、篠崎先生に失礼な事を言わないで下さい。生徒思いの優しい先生なんですから」


 うんざりと呟いた姿に、夏月が形の良い眉を顰めて苦言を呈した。

 その瞬間、きっとクラスメイトは 「何言っちゃってんだ!?」 とか思ったかもしれない。


「お前、面白いなぁ。オレが誰だかわかってても、そーいう事言うのか」

「相手が誰であろうと代わりません。失礼な発言に対して、それを指摘しただけです」

「へぇ。………人界も随分変わったんだな」


 愉しげに呟いた科白に、勢いよく首を振り替えしている生徒達の姿は、きっと正しい。

 

「それで? その、優しい先生とやらのためにも、自ら差し出すって?」

「お断りします」

「へぇ。んじゃ、お前がオレとやると」

「勝てない勝負をするのは、私の主義に反します。けれど、そうも言ってられない状態ですから」

「やるんだな」


 何故か愉しそうに赤い双眸を細めて、間に割って入ろうとしたシノッチに舌打ち1つ。


「狐月」


 夏月の声にあわせて、その左手に一振りの刀が握られる。

 

「邪魔だ!!」


 シノッチを睨むようにして声に魔力を込めて弾き飛ばす。

 次いで、夏月を見据え、その両手を伸ばそうとし―――――


「…………本気か?」


 夏月と1メートルほどの距離を保って、ぴたり、静止した。


「冗談に見えますか?」


 平然と返した夏月は、にこやかに微笑んだ。

 その手には狐月が握られている。

 いつものように刀の姿で、――――――夏月自身の喉元にその刃を添えて。


「そこまで義理立てする必要があるのか?」

「そういう訳ではありません、ただ 「水代君! 早まっちゃダメだ!!」 ………先生、ご無事でしたか。下がっていて下さい」

「でも!」

「召喚に応じたのが吸血鬼であるとわかった時点で、覚悟は出来ています」


 シノッチが悔しげに表情を歪ませる。

 黒板消しが頭に落下していて白い粉塗れの姿なため、イマイチ格好はつかないのだが。


「それで? ただ、何だ?」

「魔界を治める5王の1人と心中なんて、凄いと思いませんか?」


 至極あっさりと、何でもない事のように告げた。


「5王と言えば、どうやっても人の身で倒す事など出来ない存在。けれど、今、私とアナタとの間には、血印による契約が結ばれている。血印者は私。つまり、私が死ねば、アナタも死ぬ。人の身では到底敵わぬ相手に止めを刺せるという訳ですね」

「………それで? お前が自分の首を切り落す前に、オレは止められるが」

「そうですか。試してみます?」


 顔は笑みを称えたまま、喉元に刃が軽く食い込んだ。

 白い首筋を赤い血が一滴、流れ落ちる。


「言うまでもないでしょうが、かなり本気ですから」

「自分で自分の命を絶とうってのが良くわかんねーが」

「どの道、アナタに吸血されたら死にますから。同じですよ」

「そーだな」

「どうせ死ぬなら、心中の方がマシです。一緒に死んで下さい、“赤の王”」

「嫌だ、と言ったら?」

「そうですか、残念……………無理心中ですね」


 にこやかに微笑んで力を強めた夏月の喉元の傷が深くなり流れる血の量が増え、余裕然としていた顔を引き攣らせる。

 ちっ、と舌打ち1つ。


「本気で心中する気か?」

「同意してくれます?」

「嫌だ」

「それなら… 「まぁ、待て。落ち着け」 ……私は落ち着いています。何しろ道連れにするのは、かの有名な“赤の王”ですから。とても心強いです」

「そんなものは感じなくていい。それと話は最後まで聞け。交換条件というのはどうだ?」

「………内容次第ですね」

「オレはお前に手を出さない。だからお前も、オレとの血印契約を解除する」

「信用出来ません」


 ずっぱりと切り捨てた。


「そもそも、命のやりとりをしている人間と魔族との間に、代価が何もない状態で買わされる口約束など成り立ちません。頷いたが最後、命を取られて終わりです。力関係に差が有り過ぎるんですから。それくらい子供にだってわかります」

「そうか」

「はい。………あ、でも。アナタが私の条件を飲むと言うのなら、心中は踏み止まっても構いませんけれど」

「よし、ならそれでいい」

「内容を聞いていないのに、安請け合いしていいんですか?」

「お互いに信用がないままでは平行線だ。オレが折れると言ってるんだが、気に入らないのか?」

「いいえ、別に。私の要求は1つです」


 添えていただけの右手を制服のポケットへと突っ込み暫く探った後で、にこやかに微笑んだ。


「これ、付けて貰えますか?」


 そう言って差し出されたのは、赤い小さな宝石が付いた、指輪(・・)

 眉を顰めた“赤の王”の気持ちは、何となくわかる。


「心中はしない、と言った筈だが」

「他意はありません。これは“誓いの指輪”。誓約の元に効力を発揮する、マジックアイテムです。ここまで言えば、わかりますよね?」

「いいだろう。さっさと、その、誓約とやらを並べるんだな」

「それでは遠慮なく。―――――“甲、水代夏月の名の元に、乙、エルド=ロハナルエ=カリアヌタヒート=マチュカニラに、誓いを求める」


 指輪に付属された小さな赤い石が、輝く。


「1つ、吸血対象の許可が降りない吸血行動の禁止。1つ、人の命を奪う行為は禁止。1つ、人を魔法で誘惑し操る事を禁止。 「おい、ちょっと待て」 1つ、命を守るため以外の暴力・破壊行動の禁止。1つ、人界において有害となる瘴気を呼び寄せる事を禁止。1つ、人体に有害と成り得る魔力を甲の許可無く解放する事の禁止  「って待て、コラ! 何だそれはっ!!」


 男女関係なく心を奪うと囁かれている、極上の笑みを夏月は浮かべた。

 それに、ぐっ、と言葉を詰まらせて、魔族のくせに顔を赤らめて動揺する“赤の王”。


「1つ、魔族としての全ての力を甲の許可無く揮う事の禁止。以上を誓約事項とし、甲、水代夏月が、乙、エルド=ロハナルエ=カリアヌタヒート=マチュカニラに誓約を求める”」

「誰がそんなものっ!」

「“赤の王”、口約束はやはり、反古にされるんですね」


 むっ、と唸った。


「私は、内容を聞いていないのに同意していいのか尋ねました。アナタはそれに、折れると言いましたよね?」


 むぅ、と本気で悩んだ顔になる、“赤の王”。

 とってもエライ上に、魔界に名立たる5王の1人の筈なのだが、そんな気配は最早消えていた。

 そんな姿にクラス中が微妙な空気に包まれる。恐怖の対象となっていい筈の上級魔族が目の前にいるのだが、悩んだ顔で“誓いの指輪”と夏月とを交互に眺める姿に、シノッチを初めとして生徒達は、有り得ない想像をしていた。

 

「やはり、反古にされますか? それなら私も、そうさせて頂きます。一緒に死んで下さい」

「待て。だから、待てと。…………わかった、誓う。その指輪をよこせ」


 渋々といった風に右手を差し出した姿に、シノッチ以下14名は確信した。

 “赤の王”は馬鹿正直でお人好しに違いない、と。


「有り難うございます」

「礼を言うような事か?」

「勿論。“赤の王”ともあろうお方が、私のようなたかが人間の願いを聞いてくださったんですから」


 極上の笑みでそう告げた夏月に、何でか頬を赤らめる“赤の王”。赤の王だけに、赤面症なのだろうか?

 それでも手渡しなどはせず、狐月はしっかりと喉元に添えて、いや、食い込ませたまま、“誓いの指輪”を放った。


「どこの指でも構いませんが、はめてから宣誓をお願いします」

「わかってるよ」


 どこか投槍に頷いてから左手の中指を通し、若干ゆるい指輪を苦々しく眺めた。


「“乙、エルド=ロハナルエ=カリアヌタヒート=マチュカニラの名の元に、甲、水代夏月の求めし誓約を承認し、守る事をここに誓う”」


 赤い石がもう一度大きく輝いてから光を失い、指にぴたりとサイズを変えておさまった。

 それを見届けてから、安堵の息を夏月は吐き出す。


「有り難う、狐月」

≪どういたしまして≫

 

 狐月の返事は夏月にしか聞こえないのだが、ふっ、と刀が消失する。

 その途端、“赤の王”が夏月を捕らえた。

 夏月に続いて安堵の息を吐き出していたシノッチ以下14名の顔に緊張が走る。


「油断大敵だな」

「…何の事ですか?」


 ふふん、と笑う。


「たかがマジックアイテムの“誓いの指輪”如きで、オレをどうこう出来ると思ってる辺りがさ」


 余裕綽々と呟いて、血のしたたる喉元に牙を立てようと顔を傾けて―――――硬直した。


「甘いですね、“赤の王”」

「………馬鹿な。“誓いの指輪”の効果なんか、たかが知れて」


 必死に喰らい付こうとするも、躰が言う事を全く聞かない。

 両手にも自然と力は篭る、本来ならば人の身など簡単に引き裂けるだけの力を持つそれも、強い力で掴んでいる程度の威力に止められている。

 ぐぐぐぐぐっ、と本気で悔しそうな“赤の王”。威厳もへったくれもない。

 哀しい事に、間抜けっぷりしか伝わらない姿だ。


「念のために先に見せて確認しましたけれど、やはり。魔法具に関してはさほど詳しくはないようですね。誓約の元に効果を発揮するので、分類は“誓いの指輪”にされていますが、実は強力な“呪い”の魔法具ですから」

「………何だと?」


 ゆっくりと顔を巡らすと、すぐ目の前には夏月の笑顔である。

 生徒側から見ると夏月の笑顔と赤い後頭部しか見えないので何やらいい雰囲気の恋人同士のそれに見えない事もないのだが、シノッチから見ると訝しげに眉を顰めた険しい目付きが丸見えで緊張感が増すだけである。


「これには、かの“魔王キルリア”が処罰対象となった部下へ処罰を与えるモノとして使用していたと伝わっているそうです。それが事実であるなら、恐らくご存知かもしれませんが」

「………まさか、“血の涙ブラッディ・ティアーズ”か?」

「ええ、そうです。と、すると……“魔王キルリア”の下りも事実なのでしょうか?」

「ああ…。いや、まて。何でコレが人界にあるんだ…?」

「120年ほど前にあった魔界大戦で、こちらに持ち込まれたらしいです」


 がっくり、と。

 普通の人間のように、“赤の王”は力なく膝から崩れ落ちた。

 その光景に思わず同情心が芽生える、シノッチ以下(略)。


「他にも“死の接吻(デス・キッス)”とか。 “十字鍵(クロスキー)”とか。これらも、魔界より齎された魔法具であり、“魔王キルリア”に関する逸話が残っていますが…」

「ああ、聞いた事がある」

「…………“魔王キルリア”って可愛い方だったんですね」


 有り得ない科白をしみじみと夏月が呟いた。


「………水代君?」

「はい?」

「そんなに“呪い”の魔法具を作ってる時点で、可愛いになるの?」

「はい。伝わる所によれば、この“血の涙ブラッディ・ティアーズ”は統一後、処罰対象となった部下への罰則を与えるモノとして使われましたが、元々は奥方に近寄る不届き者を除去する事を目的として造ったのだそうです。そのため、誓約文は全て、1つ、なになにを禁止、といった文言になっているとか。そして残りの2つですが。前者は名前は物騒ですが、対象者をとことんついてない状態にさせるだけのモノで、後者は魔法のかかった状態の扉だけを開けられる鍵です」

「………なるほど」


 “魔王キルリア”のイメージが変わったのは、仕方がないかもしれない。


「他にも面白い由来のある魔法具が…………あ、制服に血が付く事を考えてませんでした」

「水代君、暢気な。血って落ち難いんだよ?」


 お前が暢気だ、シノッチ。と、生徒達は内心突っ込んだ。


「そうですよね。…もう着られないでしょうか、この上着とシャツ」

「うん、無理だろうね。………あ、そうだ。状況が状況だから、経費で落ちるかどうか聞いてみるよ」

「本当ですか? 有り難うございます」


 ぺこりと一礼する夏月の足元で、完全に打ちのめされて項垂れる“赤の王”。

 その異様とも言える光景に、4年S組委員長常磐(ときわ)(いつき)が一言。


「やっぱ、夏月が最恐(・・)なんだな」


 綺麗にまとめた樹の科白に、クラスメイト達は大きく頷いた。

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