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 朝のホームルーム。

 総勢18名の――内3名はいないのをわかっていたが――出席を確認するシノッチを余所に、夏月は不安げに視線を窓の外へと走らせた。


 連絡が付かない、それがホームルーム直前のシノッチの科白だ。

 何度か“コール”を使ったが、応答すらないらしい。使用不可な状態か、起動停止――“ダウン”してあるかのどちらかだろうが、夏月は、召喚の最中邪魔が入らないようにと“ダウン”させておいてそのままなのだろうと判断していた。

 それでも、山吹の割り出した召喚成功の予測時間から数えてすでに5時間ほど経過している。不安になるな、という方が無理だった。


(………寝てるだけ、とかならいいんだけど……)

≪愛美はその可能性が大きいでしょうね≫


 内心独り言ちた科白に、狐月が答える。

 うっ、と夏月は軽く唸った。

 祖父に天人を持つメグは、一代隔てて天人特有の特殊な能力――異能と人界では呼ばれている――を受け継いでいる。その力を使って所在が掴めない場所へと逃れたのなら、出る方法も同じにする必要がある。それなのにメグが寝ているから、出られない。

 どうしようもないが、有り得る話だった。


≪歌南と芳秋なら、夏月へ連絡をくれても良さそうなものなのですが………≫

(………徹夜の果てに上級魔族で、安全圏へ逃れた事による安堵のせいで疲れが一気に出て、2人とも寝てる可能性もあるからね)

≪それもそうですね≫


 気配だけで、狐月が苦笑してみせた。

 肩で息を付くようにして視線を教室内へと戻し、―――――机の上に置かれた“コール”が点滅しているのに気付く。

 色は赤、呼び出し中だ。


≪………夏月≫

(噂をすれば、何とやらだね)

「―――“オープン、シズク。送信確認”」


 “コール”を内に忍ばせた状態で両手を組むと口元へと持っていき、呟く。


『送信先、井上歌南』

「来た。“オープン、シズク。通信開始”」

『づぅきぃい!!! 早く出てよ~っ!!』


 赤く点燈した瞬間、物凄いカナの叫びが途中から届けられた。

 繋がってないうちからしゃべりっぱなしだったようだ。


「………カナ」

『夏月ってばー! って、あれ? 繋がった?』

「うん。おはよう」

『おはよう~。………って挨拶してる場合じゃないよ!? ああっ、もー学校だよね!? 大丈夫? 夏月無事!?』

「うん。今、ホームルーム中」

『うわっ、遅刻!?』

「余り気にしなくていいんじゃないかな、そこは既に」

『……………問題になってるよね? 勿論、当然』

「騎士団と魔術師協会と、両方出て来てたね」

『うぅ……ごめん、夏月』

「別にいいよ。それで、3人とも無事なの?」

『あ、うん…こっちはね。メグのお陰で避難したから。とは言え、メグが寝ちゃってて起きないから出られないし、あたしもヨシも起こすの諦めて寝ちゃってた』

「やっぱり」

『うう、予測されてた。で、起きて時計みたらこんな時間で、慌てて連絡した』

「なるほど。2人は?」

『まだ寝てる。今ンとこばっちり安全区域にいるから。あたし達は全然心配いらないけど、夏月はそうじゃないからさ。起こしてそっち行った方がいいかな?』

「私も今のところは大丈夫。それより、どこにいるの? そんなに遠くは無理だったよね?」

『図書館』

「……………封印指定図書倉庫?」

『うん』

「それなら安全だね。あそこの結界、学園が更地になっても残るような代物らしいから。魔術師協会の人達にも消息掴めなくて当然だね。…………あ。もしかして、魔法書そこから持ち出した?」

『うん、そう………ってか、そこまでバレてるか』

「山吹先生と都さんが、目を輝かせて古代魔法による召喚の成功例って騒いでたよ。でもどこから持って来たのかは気付かれてないから安心して。魔法書手元にある?」

『ばっちり死守した。こんなイイモノ、むざむざ犠牲にしないよ』

「そう、良かった。きちんと戻しておいてね」

『ああ、うん、そーだね。………まぁ、もう手遅れっぽいけどさ』

「そうだね。でも誤魔化す方法はあると思うから」

『……だと良いけど』

「それで、カナ? 出てきたのって、本当に上級魔族なの?」

『……………まだ遭遇してない?』

「うん。魔力痕と瘴気だけで、本人いなくなってたみたい。山吹先生が上級魔族と推定してたけど」

『……あー、うん。なるほど。でも、多分そうだよ。ヨシも古代語全部網羅してる訳じゃなくってさ、中途半端になっちゃってたから正確には造れなかったんだけどね』

「そう…。カナ、姿とか見た? 呼びつけて、出て来る気配だけで避難した訳じゃないんでしょ?」

『まーね。でも誰って聞かれたもわかんない。あたしだけじゃなくって、揃って魔界の人種には興味ないしね。たださ、出て来た途端ソイツ、オレは自由だーっとか叫んで瘴気撒いて火出すから』

「それで避難したんだ?」

『さすがにアレに当てられて無傷でいられるの、メグだけだと思う』

「そっか。わかった。それじゃ、どういう奴だったか教えてくれる?」

『うん、えっとねー、一見、人間っぽくて~』

「ちょっと待ってて。篠崎先生に伝えるから。―――――先生!」


 本日の試験内容を真顔で説明していたシノッチは、突然立ち上がって自分を呼んだ夏月にぱちくりと目を瞬いた。クラスメイトも自然と後ろを振り返る。


「………水代君、どうしました?」

「来ました」


 短く答えて、掌を向ける。その上には、赤く点燈している“コール”。

 途端にシノッチの表情が強張った。


「無事ですか?」

「はい。安全な場所に避難しているそうです」

「それはよかった……」

「それで、姿を見ているそうなので説明を」

「なるほど。すぐ教えて下さい」


 1つ頷いて、夏月は教壇へと歩み寄る。

 それを追うように顔を巡らせながら、置き去りにされて沈黙していたクラスメイト達は、悟った。

 あぁ、またアイツら何かやらかしたんだな、と。 だからいなかったんだな、とも。


「カナ、もう1度お願い」

『了解っ! まず、一見は人間っぽぃ。羽根とか角とか牙とかなかったし。ああ、でも、ちょっと顔色悪いかなって感じだけど、まぁ、夜中だったし』

「先生、見た目はほとんど人間と変わらないそうです」

「そう…」

『んで、頭の色が、赤い。眼の色も赤かったと思う』


 カナの科白に、夏月の顔が軽く強張った。


「み、水代君? どうしたの? 井上君、何だって?」

「え……あ、いえ。何でもありません。ええと、髪の色が赤くて…」


 じゅわ。


 不自然な音がした。

 シノッチの顔が強張り、視線を窓際へと走らせ、 ―――――そこが一気に、蒸発した(・・・・)

 湯気を立てて溶けた(・・・)その場所にクラス中の視線が注がれる。

 ややあって。


「―――――やぁっと、見つけた」


 そう愉しげに口元を歪めて降り立ったのは、真っ赤な髪と眼を持った青年。

 ただそこにいるだけで感じる確かな存在感と威圧感、そして魔力量とに生徒達の表情が一気に青褪め、シノッチが唇を噛み締めた。


『夏月? どうかしたの? 途中で止まってるけど? 何か言ってよ、ねぇ? もしかして怒られてたりするの? もしそうなら、あたし達が悪いんだから、そう言っちゃっていいんだからさ!』

≪………似ていて当然でしたね≫


 軽く茫然とその姿を眺めていた夏月の耳にはカナの必死の声が、脳裏には狐月の溜息がちの科白が、それぞれ届く。

 どうしようかと思案した後、小声でカナに返事をする事にした。


「カナ、そうじゃなくて。…………来ちゃった」

『え? 何が?』

「本人」

『はぁああああ!?』


 カナの絶叫が続き 「どーすんの!? 逃げないと!」 と慌てまくった声が続く。とはいえ、カナの声は夏月にしか届いてないので、教室内は静まり返ったままだ。

 暫く思案してから、 「ごめん、カナ。余裕なくなるからまた後でね」 と囁いてコツンと“コールを”小突いて通信を切った。


 一点集中したままで沈黙した空気の中をぐるりと赤い双眸が見回して、夏月でぴたりと止まる。


「……へぇ、意外だな。ごーかく」


 10人中8人は美形と言いそうな整った顔立ちが、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 こくりと生唾を飲み込んだシノッチが、夏月を庇うようにして前に半歩出て、腰に下げた2本の愛刀へと手を伸ばす。


「やめとけよ、犬死すんぞ? それに自業自得だろ」

「…………そういう訳にも、行きません。水代君は、ボクの生徒なんですから」

「あっそ」


 本気で興味がないとでも言うように肩を竦め、双眸を細めてシノッチを眺める。


「誰に喧嘩売ろうとしててわかって言ってんのか? たかが人の身でオレに 「エルド(・・・)


 科白を遮ったのは、静かな、静かな声だった。

 ぴくり、と赤い双眸が反応して、夏月へと戻る。


「エルド=ロハナルエ=カリアヌタヒート=マチュカニラ、ね?」

「へぇ…本気で意外だな」

「その反応、正解みたいね?」

「ああ、そうだ。………嬉しいねぇ。美味そうな上に、人間でオレの名前を知ってる奴とはな」

「どういたしまして」


 マイペースに答えた夏月を、茫然とクラスメイト達が眺め、シノッチが肩越しに振り返る。


「水代君、魔法具だけじゃなかったんだね」

「ええ、まぁ。そちらも曾祖父の影響です。けれど彼は有名ですから………とは言え、名前はそう広まっていなかったかもしれませんが」

「それでも十分凄いと思うけれど」

「有り難うございます」


 相変わらずポイントがずれてるシノッチと、それに付いて行く夏月。

 何故かクスクスと愉しげにそれを眺める、赤き双眸の、エルド。


「彼は、名前よりも呼び名の方が有名かもしれません。多分、知らない人はいないと思います」


 そう言って普段通りの穏やかな微笑みを浮かべると、自分を愉しげに眺める姿に肩を竦める。


「通称、“赤の王”です」


 友人を紹介するような口調で告げた夏月とは裏腹に、クラスメイト達は声にならない絶叫を上げた。

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