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 その場に残された夏月は軽く眉間に皺を寄せたまま一点を見つめていた。

 数人の魔術師協会本部の人間と山吹が会話している、訓練場跡地のほぼ中央のあたりを。


「夏月ちゃん? 大丈夫?」

「はい」

「………何か悪巧みしてる顔になってんよ?」

「都さんには勝てませんね」

「え!? 本当にしてたの?」

「いえ……私も、中へ入りたいなと」

「なるほど。まぁ、瘴気の方が片付けば大丈夫じゃない?」

「できれば残っている状態がいいんですけれどね」


 肩を竦める夏月に、ぽりぽりと都は頬をかいた。


「ヘンな意味じゃないですよ。ただ……知っておいた方がいいだろうと思って」

「あー……確かに。夏月ちゃんが血印者だもんなぁ」

「はい。でも、誰が出てきてるんでしょうね?」

「うーん。師匠が初見でわかんねーって言うレベルだからなぁ」

「古代魔法を模倣した召喚陣ですから、きっと、有名所でしょうね」

「………さらっと言うね、夏月ちゃん」

「不謹慎かもしれませんが、少し愉しみだったりします」

「うん、そーだね。………って、夏月ちゃんは愉しんじゃダメだろ!? 危ねーんだから!!」

「そうです、だから不謹慎って言ったんですよ」

「不謹慎すぎるだろー。だから、“ケルベロスの鎖”とか言われちゃうんだよ」

「………何ですか、それ?」

「夏月ちゃんの通り名。“学園最凶トリオ”の被害を1番受けながらも平然と受け流し、3人を3頭を持つ魔獣ケルベロスに例えて、抑えられてるからって」


 夏月が硬直した。


「ああ、知らなかったんだ?」

「………はい」

「有名だよ」

「……………騎士団内で、ですか?」

「うん。学園も含んでね」


 頭を抱える夏月。

 知らない間にそんな呼び名がついていたとは心外だが、否定出来ないのが哀しい所だ。


「うぉっ!? 水代がダメージ受けてる。珍しいな、何言ったんだ、都?」


 戻って来た山吹が、心底意外そうな声を上げた。


「夏月ちゃんの通り名の話」

「あー………」

「そんで、師匠? どーなった?」

「本部にはお帰りいただく事になった。後に備えてな。水代、落ち込むのは後にしろ。つーか今更だから」

「………山吹先生も知ってたんですね……」

「有名だぞ?」


 ダブルパンチだった。


「そんで、この後だが。都はオレの補助な」

「了解」

「水代は、学校始まるまで兄貴の部隊が護衛やるから。んで、普通に試験受けろ」

「はい、わかりました」

「って、師匠………夏月ちゃん、血印者なんだけど?」

「わかってる。だが、大丈夫そうだから。午後に生徒全員帰した後、騎士団と本部の連中そろえて、ハデにやる」

「大丈夫そうって暢気な」

「だって、大丈夫なんだろ、水代?」

「断言はできませんが、今のところ何もないので、多分、気付かれてないと思います」

「よし、そのままでいろ。準備万端にした状態で今日の午後迎え撃つぞ。ああ、燃えるなー」

「いや、燃えなくていいから。つかさ、師匠、上級魔族だよ? どうにかなると思ってんの?」

「どうにかしねぇといけない、だ」

「あっさり言うなぁ……」

「そうしねーと、水代の身が危険だろーに。まぁ、血印契約が働いてるから命取られたりはしねーだろうが、誘拐とかはされかねん。魔界に連れてかれる何つー事になったらそれこそ大変だ」


 うっ、と言葉を詰まらせる都の横で、夏月は苦笑しただけだった。


「ご苦労をおかけします」

「水代、その科白はお前が言うべきじゃないだろーに。全く、泥被りすぎだぞ、お前」

「そんな事ありません」

「ああ、まぁ、お前はそーいう奴だったよなぁ……。本当に仲が良いよな、お前等」

「衣食住を共にする、友人ですから」

「………微妙に増えてるが、いつもと変わんねー答えだな。ま、いいや。今はそれどころじゃねぇし。とりあえず、放課後だ。囮役は初めてだよな? 体力温存しとけよ、多分、時間稼ぎが必要になるから」

「山吹先生。お言葉ですが、今日の試験、支援魔法の使用が赦された体術なんです」

「…………早めに受けて回復できるように手ぇ回しておく」


 悟りきった顔で、山吹が呟いた。

 普段は狐月のみだがそれが使えないとなれば、何でも武器として扱うのが、水代夏月という生徒だった。逆に、徒手空拳での―――――つまり、ガチンコの殴り合いが苦手なのである。

 だからと言って途端に弱くなる訳ではない。本当に些細な事だが、攻撃に出るタイミング、防御行動の判断、そういった細かい部分で、武器を使っている時よりも遅れるのだ。

 狐月に慣れすぎているがゆえの事だろうと山吹は判断していたが、素人目にはどこが苦手なんだというレベルなのもまた事実だった。


「んで、話を戻すが。倒すのは無理だろうから、何とか捕らえて、その間に、強制的に向こうにお帰り頂く。そのためにも、召喚陣の分析済ませねーとな」

「つーか時間あんまないし、師匠、とっとと始めよう」

「ああ、第3師団の第6部隊が来たらな。大丈夫だろうが、念のために水代1人にする訳にもいかねーから」

「夏哉ならすっとんで来そうなんだが」

「通達がまだ行ってないんじゃないか? ………て、どうした、水代?」

「山吹先生、あの、私も中へ入ってもいいですか?」

「ダメだろ」

「念のために、相手の魔力痕に触れていた方がいいと思うのですが……」

「あー……。まぁ、なぁ…。化けるヤツだったら紛れて襲うっつーのも考えられるか」

「はい」

「都。部隊の連中に現状確認行って来い。後、終ったら帰れるから手抜きしねーで急げとも伝えてやれ。アイツラなら喜んで仕事するだろ」

「………了解。つーか調べんのは?」

「お前ンとこの部隊が仕事終わらせたら」

「ちっ。んじゃケツ叩いて来るよ」


 舌打ちして踵を返して走り去る姿に、山吹は複雑な笑みを浮かべる。


「見た目はいいのに、男ッ気ないのもしょうがねぇよな~…。騎士団入ったら直るかと思ってたが、ありゃ悪化してんじゃねーか」

「男性ばかりに囲まれているから仕方ないですよ」

「………うーむ。我が弟子ながら、将来が心配だ。能力は優秀なんだがなぁ…。ああ、まぁ、出てきた奴によっては、将来の心配いらねーわな。世界滅亡の序曲とかじゃねーといいんだが…」

「山吹先生は、誰が出て来てると思いますか?」

「誰だろ~な。まぁ、殺戮好きじゃないのは確かだ。暴れてないのは多分に、勢い余って血印者を殺したらヤバイってわかってるからだろーけどな。………ああ、話の通じる奴だといいなぁ」

「そうですね」


 遠い目になった山吹に、小さく夏月が同意した。













(………炎、か。火属性の魔族なのか、得手がそれなのか。どちらにしろ、相性は悪いよね……)

 

 溜息1つ吐き出して、腰を落とした夏月は軽く周囲を見回す。

 瘴気の除去が完全に終って中へ立ち入りの許可が降り、数歩進んだ所で立ち止まっての感想だった。


≪夏月、痕跡を≫

(うん。………魔力痕から、詳細までわかりそう?)

≪伴って来た瘴気があれば割り出せる可能性は上がったでしょう。ただ、あくまでも可能性の話であって、確実ではありません。私としても、全てを知りうる訳ではありませんから≫

(それもそうだね…)


 肩を竦めて、木炭になってしまった訓練場の一部に手を伸ばして触れ―――――その形の良い眉を顰めた。


(後者、ね。………相対属性、よりにもよって1番やり難い相手とは。でも狐月なら……)

≪夏月≫

(うん? 何?)

これ(・・)と張り合う事は考えないで下さい。危険です≫

(……もしもの事を考えて、つい)

≪そうならないために、彼等が上手く動いてくれる事を祈りましょう。いいですね、夏月?≫

(うん。………それで狐月。これって事は、相手がわかった?)

≪いいえ。残念ながら特定出来ません≫

(そっか…)

≪ただ、非常に良く似た者を知っています≫

(そうなの?)

≪はい。恐らく、同種族でしょう。非常に厄介な相手と言わざるを得ません≫

(どういう事?)

≪…………吸血鬼(・・・)です、夏月≫


 狐月の科白にたっぷり10秒、思考を完全に停止させてから、跡地の中央で痕跡を調べている山吹へと無言で歩み寄る。


「山吹先生」

「ん~?」


 生返事を返して顔を上げた山吹の表情が一変し、真顔になって立ち上がった。


「何があった、水代?」

「可能性の非常に高い話をしてもいいですか?」

「……いや、確信してるだろ、その顔。んで、何だ? やたらマズイ事でもあったのか?」

「召喚に応じた魔族ですが、吸血鬼の可能性が有ります」

「随分具体的だな、どーやってわかった?」

「狐月が、知っている吸血鬼の魔力に非常に似通っていると」

「そーか…。それなら、確定だろうよ。魔族にとって魔力ってのはその性質を決めるもんだしな」

「そうですね」

「血印召喚に応じた吸血鬼か。………シャレになんねーな」

「無意味でしたね、血印召喚が」

「ああ。………ったく、これまでのアイツラのやらかした騒ぎが、かなり可愛く思えて来た」

「次はもっとハデな事になるかもしれないですが?」

「不吉な科白さらっと言うね、お前………」

「だって、メグ、カナ、ヨシですから。小さくおさまる訳がありません」

「シノッチ、頑張れ……………後1年半」

「………来年、篠崎先生はSS組の担任になるんですよね? あの3人、組落ちの予定なのに、逆に上がるんですか?」


 遠い目になって呟いた科白に、冷静に夏月が突っ込んだ。


「退学かSSかのどっちかだろーよ、古代魔法の召喚成功させてんだから」

「そうですか。つまり、今日の午後の結果次第、という事ですね」

「まぁな。どっちにしろ何かあったら退学云々の前に、最悪、大和国の歴史が終わりを告げるかもしれないんだがなぁ」

「それは流石にマズイので、いざとなったら、私が吸血されてる間に返還して下さい」

「あっさり言う事か、それ……?」

「補助員とは言え、仮にも大和騎士団第6師団に名前を置いてる身です。覚悟はしてますし、責任の所在としても、私に非がない訳でもありません。被害が私1人で丸く収まるなら、当然の判断かと思います」

「……………そんな事態になんねーよーに、正規の団員が頑張るだろーよ。補助員殿」

「期待しております、山吹先生」


 にこやかに告げる姿に、コイツ本当に期待してんのかなぁと思わず山吹が疑ったのは、多分、お約束だ。

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