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 現場を目にして、形の良い眉を顰めた夏月だったが、更にもう1つ、結界の内側へと足を踏み入れた瞬間、心の底から嫌な顔をした。


 大和学園の敷地内北西には、訓練場が6つ儲けられている。30メートル四方の、舞台のない体育館のようなものだ。強度はそれほど強くないが、中でどんちゃん騒ぎ―――――もとい、実技訓練やらをしても大丈夫なように、建物自体に結界が張られている。

 生徒同士のじゃれあいなどではそうそう壊れたりはしない。

 その中の1号棟、正面入り口付近と思われる場所に、夏月はいた。

 

 やっと辿り着いた、という表現が正しいそこには、無残な爪跡だけが残されている。

 元の姿は見る影もない。

 炭化した元訓練場の残骸だけが、散らばっていた。

 辺りを覆うのは、本当に鼻につく焼け焦げた臭い。もう、どんなものが焼けた臭いなのか、例え様も無いくらいに。確かに、訓練場が骨組みも残さず焼け落ちている時点で、色々なものが焼けたんだから仕方ないが。


「………篠崎先生、1号棟がないと、今後の授業に差し支えますね」

「うん。ボクもどうしようかなと思ってた所なんだよ。他を貸してもらうにしても、時間の都合があるから…」

「………あー、四郎さん、夏月ちゃんも。今、そういう心配してる場合じゃないんだが?」


 的外れな会話をする2人に苦笑する都。本来、そういう役目はシノッチの筈なんだが。


「それもそうだね。ヘタをしたら、授業してる場合じゃなくなるから」

「―――つーか、ヘタしたら市内だけじゃなくて、国内に非常事態宣言なんだがなぁ。……くそっ、あぁねむっ……。昨日は紫蘭(しらん)が帰ってきて、明け方近くまで相手させられてたっつーのに」


 でっかい欠伸を隠しもせずに、いつも通りのやる気なさ全開で山吹が現れた。

 紫蘭というのは山吹の1人息子で大和ギルドに所属している傭兵である。


「おはようございます、山吹先生」

「ああ、おはよう、水代。………お前、本当、自分のペース崩さんね」


 いつものように一礼して挨拶する姿に、苦笑する山吹。

 そしてそれをガン睨みしている、都。

 それに気付いたのか、むしろ気付かないとまずいんだが、顔を都へと向けた山吹は顔色1つ変えずに。


「よー、ミヤっち。お勤めごくろーさん」


 果てしなく暢気な声をかけた。

 都の周囲に黒いオーラが漂っているのは、多分気のせいじゃない筈だ。だってシノッチが後ずさりしてる。


「お、は、よ、う、ご、ざ、い、ま、す、師匠(・・)


 殺気の篭った声だった。

 

「おお、今日はまた随分と機嫌が悪いな。休みで呼ばれたって、どーせデートの相手も予定もねぇんだからかまわねぇだろ」

「余計なお世話だ! 独身街道まっしぐらのあんたに言われたくねえっ!!」

「はははっ、相変わらず口が悪いなーお前。オレは結婚する気ねぇから別にいいけど、子供いるし。お前まだ若いんだし、少しは直さねーとな。―――――でもま、能力の方は非常に優秀だ。お前の見立て通りだろーよ」


 急に真顔になって口調まで重くさせる山吹に、殺気だけだった都の表情が一気に真顔になる。

 引いてたシノッチもその顔を強張らせた。

 沈黙したその場で、1人マイペースな夏月が都に向き直る。


「都さんが調べたんですか?」

「えっ、あ、ああ。………そこのぼんくら師匠が連絡付かねーっつんで、こっち回ってきてさ」


 じろっと山吹を睨む。

 都が大和学園の生徒だった当時、特別講師扱いだった山吹に召喚師になるための教えを請い、卒業後に見習い騎士となってからは正式に弟子入りし修行に励んでいた。当時まだまだ未熟だった都の事を、大和国内でも5本の指に入るサモナー山吹をもってして「近い将来オレを追い抜く」と言わしめた唯一の教え子である。

 それを証明するかのように、23才という異例の若さながらも、騎士団所属の召喚師として不動の地位を築いている。山吹が学園の正規の教師である以上、学園関係以外での問題が起こり騎士団が対処となると真っ先に名前が上がるのは都だった。


「てか、師匠来たなら、あたし帰ってもいい? 部隊(ウチ)の連中だって、休み返上だしさー」

「いんや、ダメ。この後オレのサポート入れ」

「うえ゛?」

「あ~、聡士(そうし)以下10名は、ここらの作業が終ったら帰らせていいぞ。状況によっちゃ、他の遊んでる奴等を大量に出張らせるから」


 大和騎士団第2師団、第3部隊。

 それが来栖都を隊長、白井聡士を副隊長とする、総勢12名の第2師団の特殊部隊だ。

 通常の部隊は100余名の人員で構成されており、それを更に班分けして活動するのが常だが、唯一の例外が特殊部隊と呼称される彼等だ。所属者は12~15名と限定され、補充が出来るのは欠員が出た時のみ。騎士団内でも“特殊”な任務に付く事の多い彼等は、少数精鋭と言えば聞こえはいいが、色々な意味で“特殊”な者が必然的に集まっている―――――非常に濃い集団だった。

 その濃さは他の部隊を軽く凌駕する。まさに小は大を兼ねる。悪い意味で。


「あたし以外全員!?」

「これも修行だ都。つーかな、面白いもん見つけたから。召喚師としての血ぃ騒ぐぞ?」

「な、何見つけたんだよ?」

「円陣」

「それならあたしも… 「種類わかったか?」 ……わかんない」


 ふっふっふっ、と山吹。


古代魔法(・・・・)だ」

「……んな阿呆な」

「いんや間違いないね」

「古代って、ちょっと待って下さい、山吹先生。それは有り得ないでしょう、幾らなんでも」

「ところがどっこい、シノッチ、有りえちゃったんだなぁ、コレが。ほとんど燃えちまってて正確には読み取れねーけど、間違いない。分類するなら古代魔法だ。ただ、陣自体が歪んでるし、正確には書けてねように見えるから、何のだって言われても、まだわかんねぇけどな」

「師匠! 古代魔法の召喚って、アレ? まだ三界の狭間に境界が置かれる前の… 「そのとーり。所謂、 “輝ける時”。正式名称、“黄金の時代”。第2世界当時だな」

「師匠! それマジで、すごくね!? 神々が眠り、見守る側になって、三界に境界が引かれ第2世界が終わりを告げて数千年。古代魔法による召喚なんか成功した奴って数えるくらいしかいねーのに!?」

「そーだ、都。そそるだろ~?」

「ああ! 調べる調べる、も~喜んで手伝うよっ!!」


 青褪めるシノッチをよそに、らんらんと目を輝かせている召喚馬鹿2人。


「ああ、でもまぁ、きちんと書けてねーから、間違っても“神話”クラスは出てきてねーけどな」

「えっ!? そーなの? てっきり、こう……眠りし神々のうちの誰かとか、精霊王とかさ~」

「ないない。そんなのナイ。つーかそんなの来てたら、こういう被害出ねーよ。全く被害なしか、今頃大和市消えて世界滅亡1歩手前とかそんなレベルだろーよ」


 あっさりと事も無げに言い切る山吹。結構大物です。

 最後に付け加えられた科白に「うっ」と唸ってからぶつぶつとゴネる都をそのままにして、山吹は先ほどから大人しくなっている夏月へと視線を移した。


「んで、水代。申し開きはあるか?」

「って、山吹先生!」「師匠!?」 

「2人とも黙ってろ。なぁ、水代? オレは少なくとも、お前がどーいうヤツかわかってるつもりだ。それを前提に聞いてる。知ってる事、全部しゃべれ」

「山吹先生、水代君はそんな事しませんよ!」

「そーだよ、師匠。夏月ちゃんがやってたら陣が歪んでるとか有り得ないだろ。きっちりやる」

「そこ2人、誤解すんな。オレは別に水代がとは思ってねーよ。つーか脱線するから黙ってろ」

「「でも」」

「でもじゃねーよ。いいから黙れ。………で、水代? よく聞けよ。何かが出てる、被害報告はまだ1件もねーから帰った可能性もあるとか本部の奴等は言ってるが、オレはそうじゃないと思ってる。どこかで身を潜めて様子を伺ってる、それだけの知識と実力の持ち主だ。召喚陣は古代魔法を元にしてて、残痕、それに瘴気の濃度、間違いなく―――――――上級魔族(・・・・)だ」


 無表情だった夏月の表情が微かに強張り、最後に付け加えられた科白で青褪めた。



 上級魔族。

 魔界に数多く済む魔族の中で、上位の実力者達。

 代表格は何と言っても、“魔王キルリア”。伝わる所によれば、神々の手を離れてより数千年を経た中で唯一魔界統一を成しえた、ただ1人の王である。

 その“魔王キルリア”が死去してから早400年。

 今現在、魔界は大きく5つの国に分かれており、とりあえずの平静を保っている。

 それぞれの国を治める5人の王――通称、5王を筆頭に、高い知性と魔力に代表される彼等からすれば、人間とは、己の魔力を解放し、それに触れさせるだけで殺せる存在である。過去、魔界における戦乱の余波で、境界を壊して、人界、天界すらも、戦乱の世と化した事があるとも言う。

 とどのつまり、呼んではいけないナンバー1である。

 尤も、人間の召喚で呼べる魔族など下級がいい所なのだが、それでも容易ではない。



「山吹先生、それは、つまり……」

「唯一の救いは、出てすぐに殺戮行動に出てねぇって事だけだ」

「それなら… 「ああ、誰の死体も出てない(・・・・・・・・・)


 安堵の息を吐き出した夏月に、山吹は苦笑し、シノッチと都は2人の顔を交互に眺めている。


「………私の魔力痕、出たんですね? だから呼ばれた」

「ああ」

「山吹先生、ですから、何か盗まれたとか… 「シノッチ。寝言を口にすんなっつーの」 ……ボクは真剣に言ってるんですが。水代君は生徒さんからも大人気ですし、持ってるモノ欲しいなとか思って、いけない事だけど、こう、魔が差すってあるじゃないですか」

「……四郎さん。仮にそうだとしても、そこまで思って手に入れたモノ、流石に召喚の材料にしねーと思うよ……」


 うっ、とシノッチは言葉を詰まらせた。

 それでも何か言いたげな雰囲気をかもしだしてるシノッチに、こほん、と山吹が咳払いを1つ。


「まぁ、何だ。シノッチ、こう言っちゃー何だが、水代は、自分の所有物、特に召喚の材料になりかねないモノ、つまり魔法具だな。それ盗まれて気付かないとか、黙ってるとか、有り得ないだろ?」


 都より説得力があった。

 何しろ夏月は、魔法具馬鹿である。盗みを赦す筈がない。仮にそんな事があったとしても、鉄拳制裁如きのレベルで済ませる筈もなかった。


「………それで、水代? 何を貸したんだ(・・・・・・・)?」

「血、です」

「なるほど。ん~、今ンとこ何もなさそーだな? まぁ、魔法具オタクとしちゃ防ぐ手立ては万全か」

「はい。ただ、オタクではなく収集家と呼んで欲しいのですが」

「そんな可愛いレベルじゃないぞ、水代。少しは自覚しろ。……柿本が時々、放課後泣いてる」


 柿本(かきもと)(まもる)。大和国国定の魔方具師であり、大和騎士団に身を起き、魔法具専門の教鞭を取る立場の、齢58の男。

 言うまでもなかろうが、夏月の魔法具熱の1番の被害者であった。


「………以後、気をつけます」

「そーしろ。それと、もう1つ。連絡は?」

「ありません。山吹先生、申し訳ありませんが 「わかってるよ、最悪の事態の想定だろ?」

「はい」

「無茶すんなよ? お前、アイツラ絡むと冷静さ失うからな。痕跡全く残ってないから、戦闘もしてない筈だ。仮に誘拐されてたとしても、無事でいるだろうよ。ここ燃やす以外何もしてねぇから」


 珍しく神妙な顔付きで語る山吹。

 その横で、倒れそうになるシノッチと、慌ててそれを支えた都がいたが、スルーされる。


「そうですね…。念のために“コール”で連絡してみます」

「ああ、試して…―――――いんや、水代。それはシノッチにやらせよう。シノッチ、倒れてる場合じゃないぞ。起きろ」

「………山吹先生………だって、誘拐って……。ボ、ボクの生徒が魔族に誘か……」


 シノッチ、ノックアウト。


「………いつも思うんだが、平常時のシノッチはズレてる上にへたれだ」

「師匠、暢気な事言ってる場合じゃないだろ。助けろ。四郎さん、見た目より重い」

「そりゃ、贅肉より筋肉のが重いんだから、細くても当たり前だ」

「わかってるなら助けろ!」

「生徒思いの優しい先生なんですよ、篠崎先生は」

「………まぁ、そりゃそうだがな、水代。―――思うんだが、気絶してる場合じゃないだろうよ。でもま、静かでいい 「師匠! 重いって!!」 ………ったくしょーがねぇなぁ」


 言いながら都からシノッチをぶんどって軽々と片手で抱える。

 その姿を、都は心の底から嫌そうな目で眺めた。


「………まぁ、師匠の召喚師に不釣合いな馬鹿力は今更だからおいといて、夏月ちゃん。何で血なんか貸し 「察しろ、都。わかってやれ」 わかんねーから聞いてんだけど」

「………都。血印けついん召喚の際に発生するルールは?」

「ん? そんなの簡単。血による契約が結ばれ、血の提供者、すなわち、血印者の生死が召喚対称にも影響する。従って、命あるモノを召喚対称に選ぶ際に、召喚者の命を奪うという行為に召喚対象が走らない事から、尤も主従関係を築きやすい条件を満たすため、相応しいとされる」

「よくできた。つまり、そーいう事だ」

「でも、夏月ちゃんが召喚したんじゃねーし」

「鈍いな、お前…… 「うるせぇ!」 …鈍い上にその言葉遣い。彼氏が出来なくても仕方な 「だからうるせぇっての!!」 ……はいはい。つまりだな、召喚者を身の危険から守るための手段として、水代は自分の血を貸した。これでわかんね?」

「えーと、つまり? …………………愛美ちゃんなの?」

「他2名もだな、水代?」

「はい。でも、練習って聞いたんですけれどね、私」

「………古代魔法の召喚陣でどんな練習するつもりだったんだ、あの3人は。流石は“学園最凶トリオ”だなぁ、おい」

「愛美ちゃんに、歌南ちゃんに、芳秋か。あたしらを超えたトラブルメーカーっぷりだな、すでに」

「いや、お前ン時も酷かったが」

「上級魔族とか出してねぇし」

「そこかよ。……ったく。お前等の方がオレ的ダメージはでかかったんだよ」

「そっかぁ? そんな大した事してねーと思うが?」

「あのな………」


 と、グチグチ言い合う召喚師弟の横で。


(どうしよう……狐月?)

≪相手の出方次第ですね、なるようにしかなりません。それと、愛美達に関してですが、生存の反応は途絶えておりませんので、無事であるのは間違いありません≫

(………そっか。“石”、渡しておいてよかったかな。場所、わかる?)

≪残念ながら、掴めません。近くに行けば反応も返るでしょうが、恐らく、強固な封じの結界内にいるのでしょう≫

(………捕まったか、メグね(・・・)

≪ええ、恐らく後者でしょう。上級魔族と言う話ですので、捕らえられているのであればその反応が出る筈ですから≫

(そっか………。なら、とりあえずは一安心かな)

≪はい。それにしても、年々、やる事がハデになっていきますね、彼等は≫

(………古代魔法だもんね。予想をはるかに越えてた、私もまだまだだね、本当)


 と、苦笑して慰めあっていた。

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