海藤氏登場
〜海藤氏登場〜
ピンポーン
無言を打ち破ったのは、二度のチャイムだった。
ピンポーン
「出る!」
オレは玄関まで走った。さくらが帰ってきたのかもしれない。
すると。
「おひさしびりでございます。」
そこにいたのは、海藤氏だった。
空いていた、椅子に座ると、海藤氏はいつもの口調で穏やかに話し始めた。
「実は、秘書から連絡を頂きまして。さくらさんがいなくなったとか。それについてのご説明をさせていただこうと、来た次第です。」
「なにか、あの子のことで知っているの?」
「一番に、あの子のことを調べたのはあなたでしたね。」
と、勇一が切り出した。
「勇一さんの言うとおりでございます。私は、勇太郎氏に頼まれて、彼女に遺産を残すように言われました。しかし、顧問弁護士として、誰なのかもわからないような人に遺産を渡すのは気がとがめて、調べさせていただきました。奥様には、大変申し訳ない話なのですが、もしかしたら、愛人なのではないかとさえ、私は疑っていました。」
「で、実際には、遺産なんかいらないほどの金持ちだった。」
勇次が言った。
「そのとおりです。彼女の年収は勇太郎氏とほぼ同じでした。それも黒い噂なども一切なく、珍しく、正統派なのです。」
「さくらは、いま、どこにいるのさ?」
「彼女は遺産争いの戦いから、逃れるために日本にきていました。それが終わったのです。もう、命を狙われる危険がなくなりました。」
「日本の友人の、それも、三男の花嫁修業って名目でだろ?」
「ええ。そして、それは見事にうまくいきました。リーマン氏がなくなるまで、彼女は生き延びたのです。勇太郎氏の作戦は見事にうまくいきました。」
「亡くなった?」
オレは目を丸くした。
「ええ。つい一週間前ほど。」
「さくらがいなくなった日だ。じゃ、外国へ行っているって事?」
「ええ。さくらさんは、お葬式に出ているのです。自分の育ての親である、お父様の。もうそろそろ、こちらでもテレビで大きく報道されると思いますが、ま、話題に上がったとしても、せいぜい一日でしょうな。」
そこまで言うと、海藤氏はずずっとお茶を飲んだ。
「しかし、わからないことがある。」
急に父さんが言い出した。
「なに?」
「なんで、お父さんは、さくらさんのことを知っていたんだろうか。リーマン氏と付き合いがあるなんて話はきいたことが無い。いまでも、ないままだ。いろいろ悪どいことをやっているせいかな。どうも、父さんとは合わなかったと聞いている。なのに、なんで、さくらさんと知り合いなのか。」
「それは。私が。」
全員が振り向くと、そこには柊がいた。
「柊。知っているのか?」
「ええ。みなさまご存じの通り、いまは太郎様の運転手をしておりましたが、それまではずっと勇太郎様の運転手をもやっておりました。私は長年、運転手をしてきました。それは、日本以外でも同じです。ちょっと座らせて頂いてもよろしいですか?歳のせいか、ちょっと疲れやすいので。」
勇太は慌てて、椅子を持ち出した。柊はゆっくりと話し出した。
「あれは、十年以上前の話でございます。勇太郎様はアメリカに仕事で行きました。そのときに、せっかくだからお前もついて来いと言われたことがあります。私には初めての外国でした。そのアメリカで、リーマン氏と会ったことがあるのです。彼は、そのときに、勇太郎氏と私にさくらさんのことを紹介しました。」
柊はちょっと目を細めた。
「彼女はまだ、五歳くらいだったのではないでしょうか。そのときにはもう、リーマン氏には、きな臭い話が出ておりました。人身売買や身寄りのない人物の臓器移植、そして、才能のある子供たちを養子にしているというものでした。」
柊はためいきをついた。
「勇太郎氏はそんなリーマン氏とは付き合う気が無かったようです。どうも、考えが合わないと、ぶちぶち言っておりました。ところが、さくらさんに会ったとたんに、さくらさんに興味を持ったようです。いま、考えると、妹さんと同じ名前だったからでしょう。そして、勇太郎氏はさくらさんだけと食事をしたのです。そこで、毒に当たりました。」
全員が息を飲んだ。
「私は、きらいでそんなに食べませんでしたが、スープになにか混ぜてあったようです。私は吐き気だけで済みましたが、二人は倒れました。もし、そこで医者を呼ばなかったら命が危ないところでした。勇太郎氏はそのとき、大人でしたのでそんなに大事にはいたりませんでしたが、さくらさんのほうは……。勇太郎氏は、それにずっとつきそっておりました。」「思い出したわ。たしか、五日で帰るといった出張だったのに、仕事が伸びたとかで十日にのびたことがあったわ。」
ばぁさまは急に思い出したように言った。
「そうです。奥様には心配をかけないようにと、絶対に言わないでおくようにと言われておりました。」
「そうだったの。」
「さくらさんが目を覚まされたのは、八日後でした。どうにか、胃の洗浄もうまくいって、とくに問題なく退院しましたが、それから急に、さくらさんと勇太郎氏は付き合わなくなっていきました。」
「なんで?」
「そのときは、どうしてだかわかりませんでしたが、最近になってようやくわかったことです。さくらさんが、自分といると狙われるからと、勇太郎氏を遠ざけていたようです。」
「そんな……。まだ小さかっただろうに。」
「ええ。命を狙ったのは、当時十八歳だった長男だったということが判明しました。それで、勇太郎氏はリーマン氏にかけあって、兄弟同士で殺人を行わないように宣言させたのです。その場合は、養子縁組を解除すると。」
「そっか。だから、いまは、そんなに大きく命を狙って来られないってことか。」
その言葉を海藤氏が引き継いだ。
「ええ、日本ではそんなに大きく活動ができなかったようです。また、校内でも校長が目を光らせていたはずです。」
オレはよく、さくらのことを見ていた校長のことを思い出した。
「校長?だから、さくらのことをあんなに見ていたのか。でも、なんで?」
「校長は勇太郎氏の友人です。」
「友人?」
「ええ。まぁ、年齢は違いますが、たしかに、友人です。なんでも、昔、命を助けてもらったとかで、慕っていたようです。」
「校長がねぇ……。」
ただの変人ではなくてよかったと、しみじみ勇太郎は思った。
「他にも、ボディガードがついていました。帰りは、その者が見張っていました。」
「そんなの、いたかなぁ……。」
「勇太郎さまはお会いになっています。」
「オレが?」
「犬のサクラの飼い主という男性がいたでしょう?」
「ああ、あのオタクみたいなの?あれが、ボディガード?!」
「彼はああ見えても、かなり優秀なボディガードです。」
オレは、目眩がした。どうみても、完全なオタクだったのに……。
「私がさくらさんを迎えに行ったのも、私と勇太郎様だけが顔を知っていたからでございま
す。」
なるほど、と、全員が納得したように、頷いた。
「ところで、リーマン氏が亡くなって、命を狙われなくなったってことは、もう遺産が配当されたってことかい?」
勇次が聞いた。
「その通りです。」
海藤氏は穏やかに言った。
「じゃ、もう戻ってこないだろうな。」
勇一は言った。
「なんで?」
「どうして?」
「どういうことだい!」
一度に責められつつも、兄は穏やかに言った。
「いいですか、彼女は一時期、日本に身を隠していただけだ。もう隠す必要がないんだから、向こうで暮らすだろ。向こうには、彼女の経営する会社があるんだ。それも、かなりの大きい会社なんだぞ。戻ってきて、どうするんだよ。」
兄のその言葉に、全員が黙り込んだ。唯一、お茶をずずっと飲んでいる海藤氏以外。




