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灰冠の反逆者  作者: 大きい橋


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第七話 盤上の火

夜は静かだった。


だが、その静けさは“止まっている”のではない。

むしろ逆だ。

水面の下で、何かが確実に流れている。


北棟の小会議室。

普段は使われない部屋に、四人の人間が集まっていた。


レオン。

ガルド。

リシェル。

そして――エドワルド。


机の上には、簡素な地図が広げられている。

ヴァルディア伯爵領だけでなく、隣接する領地、教会の支部、交易路まで書き込まれていた。


その地図の一部を、エドワルドが指で叩く。


「ここです」


指先が止まったのは、南東街道からさらに外れた場所。

森と丘に挟まれた、小さな拠点だった。


「第二集積所。表向きは中継倉庫ですが、実際には“余剰”を処理する場所です」


「余剰、か」


ガルドが鼻を鳴らす。


「言い方を変えただけで、盗みの隠し場所だな」


「その通り」


エドワルドは笑う。


「ここには、帳簿に載らない物資が集まります。麦、銀、時には人も」


リシェルが小さく呟く。


「嫌な場所ね」


「ええ、とても」


エドワルドは頷いた。


「ですが同時に、狙う価値がある」


レオンは黙って地図を見る。


「護衛は」


「常時二十前後。ですが問題は数ではない」


「何だ」


「教会の印がついています」


空気がわずかに変わる。


ガルドの表情が険しくなる。


「……つまり、神殿兵か」


「ええ。正規ではありませんが、あれは訓練されています。盗賊相手とは違う」


リシェルが口元を歪める。


「面倒ね」


「だからこそ、価値がある」


エドワルドは続ける。


「ここを叩けば、“偶然の襲撃”では済まなくなる。明確な意思を持った攻撃だと、全ての勢力が理解する」


レオンが問う。


「それを望んでいるのか」


「ええ」


即答だった。


「今のあなたは“何者でもない”。ただの若い伯爵。少しばかり逸脱した行動を取る男。ですが、この一手で変わる」


「何に」


「“敵”に」


沈黙。


その言葉は軽くない。

敵になるということは、守られる立場から外れるということだ。


ガルドが腕を組む。


「……で、そこを落としたとして、何が残る」


「選択肢です」


エドワルドは微笑む。


「物資は奪える。流れも乱せる。ですがそれ以上に重要なのは、“どこまでやる気か”を示すこと」


リシェルが笑う。


「脅しね」


「交渉、とも言えます」


「綺麗に言うじゃない」


「言葉は武器ですから」


ガルドがレオンを見る。


「お前はどうする」


レオンはしばらく答えなかった。


地図を見ている。

だが見ているのは地形ではない。


この一手が持つ意味。


ここを叩けば、戻れない。

街道の襲撃とは違う。

これは明確に“秩序への攻撃”になる。


父は動く。

教会も動く。

王都にも届く。


それでも――


レオンは言った。


「やる」


その声は、変わらず静かだった。


だが、その静けさの中に、迷いはなかった。


ガルドが息を吐く。


「……本当に行くんだな」


「ああ」


「後戻りはできないぞ」


「最初からできない」


リシェルがくすくす笑う。


「いいじゃない。やっと面白くなってきた」


エドワルドはわずかに目を細めた。


「決まりですね」


彼は指で地図をなぞる。


「正面から当たるのは愚策です。ですので――崩します」


「どうやって」


ガルドが問う。


エドワルドは軽く肩をすくめた。


「内部から」


静寂。


「中に人がいるのか」


「ええ」


「信用できるのか」


「できません」


即答。


ガルドが顔をしかめる。


「おい」


「ですが、使えます」


エドワルドは言う。


「人は金で動く。恐怖でも動く。そして、どちらでも動かない人間は、たいてい少ない」


「その“少ない”に当たったらどうする」


「その時は別の手を使います」


あまりにも当然のように言う。


レオンは問う。


「条件は」


「簡単です」


エドワルドは微笑む。


「混乱を起こす時間を、ほんの少しだけ作っていただければいい」


「その間に?」


「門を開けさせる」


ガルドが低く唸る。


「……なるほどな」


リシェルが指を鳴らす。


「じゃあ、その“混乱”は私の出番ね」


「ええ、ぜひ派手に」


「任せて」


嬉しそうだった。


レオンは言う。


「殺すな」


リシェルが顔をしかめる。


「またそれ?」


「無駄な殺しは、敵を増やす」


「じゃあ必要な殺しは?」


「その時は止めない」


少しの間。


リシェルは肩をすくめた。


「……いいわ」


その返事がどこまで守られるかは、誰にもわからない。


エドワルドが立ち上がる。


「では準備に入ります。三日後の夜がいいでしょう」


「理由は」


「月がない。風向きもいい。何より――向こうが油断している」


「なぜわかる」


「人は、続けて襲われるとは思わないものです」


軽く言う。


だが、その軽さの裏には経験があった。


―――――


その夜。


レオンはひとり、屋敷の外に出ていた。


空は暗い。

雲が厚く、星も見えない。


中庭の端、雪の残る場所で立ち止まる。


静かだった。


屋敷の中の気配も、今は遠い。


(……敵になる、か)


エドワルドの言葉が残っている。


敵。


それは、単なる立場ではない。

選び取るものだ。


守られる側から、奪う側へ。

従う側から、壊す側へ。


そこに正しさはない。

あるのは結果だけだ。


それでも。


(……構わない)


そう思えた。


不思議と、迷いはなかった。


その時、背後で足音がした。


振り返ると、ガルドがいた。


「こんなとこで何してる」


「考えていた」


「何を」


「同じことを聞くな」


ガルドは小さく笑った。


「だいたいわかる」


少しの沈黙。


「……あの男、信用するなよ」


ガルドが言う。


「わかっている」


「俺はああいうの、嫌いだ」


「そうだろうな」


「だが――」


ガルドは少しだけ視線を逸らした。


「必要なのも、わかる」


レオンは何も言わなかった。


それで十分だった。


その時、別の声がした。


「二人とも、暗いわね」


リシェルだった。


いつの間にか、近くの石壁にもたれている。


「眠らないのか」


レオンが言う。


「眠れないの」


「なぜだ」


「楽しみで」


ガルドが呆れたように息を吐く。


「お前は本当にそれだな」


「だってそうでしょ」


リシェルは空を見上げる。


「壊すって、楽しいもの」


その言葉に、誰もすぐには返さなかった。


だがレオンは、少しだけ理解した。


この女は壊すことでしか、生きている実感を得られない。


ガルドは守ることで。

自分は――まだわからない。


「三日後だ」


レオンが言う。


「ああ」


「ええ」


三人の声が重なる。


夜は静かだ。


だが、その静けさの中で、確実に何かが動いている。


小さな反逆は、もう小さくはない。


次の一手で、それは“戦い”になる。


そして戦いは、必ず何かを奪う。


命か。

信念か。

それとも――


まだ誰も知らなかった。


この一手が、どれだけの血を呼ぶのかを。

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