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灰冠の反逆者  作者: 大きい橋


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第四話 奪われた麦


夜の空は低く、雲は鉛のように重かった。


月は見えない。

星もない。

世界そのものが息を潜めているような暗さだった。


ヴァルディア伯爵領南東部。王都へ続く街道から少し外れた、岩肌の露出した痩せた丘陵地帯に、三つの影が伏せていた。


風は冷たい。

乾いた草の間を抜けるたび、ざらついた音を立てる。

遠くから、車輪の軋む音が聞こえていた。


レオンは岩陰に身を伏せたまま、街道の先を見ていた。

黒い外套の裾は土に汚れ、吐く息は白い。

夜目の利くわけではない。だが闇の中で輪郭を拾うように、彼の視線は揺るがなかった。


その隣で、ガルドが低く呟く。


「……来るな」


「ああ」


荷馬車の列は全部で四台。

前後に護衛が付き、さらに中ほどにも歩兵が混じっている。槍と短剣、そして腰には角笛。

数にして十二。

ただの盗賊除けにしては多い。


「思ったより厳重だな」


ガルドの声は低い。

軽口のようでいて、目は笑っていない。


「北部三村から徴収した分に加え、他領への献納分も積んでいる」


レオンが言う。


「落とせば痛い」


「相手にとっても、こっちにとっても、か」


「そうだ」


ガルドは土を摘み、指先で崩した。

乾いた土が闇に溶ける。


「念のため聞くが、皆殺しにする気はないんだな」


「必要ない限りはな」


「必要になったら?」


「その時考える」


「お前のそういうところは、やっぱり気に食わん」


レオンは何も言わなかった。


少し離れた場所にいるリシェルが、膝を抱えたまま退屈そうに口を開く。


「まだ? 私、こういう待つ時間、嫌いなんだけど」


「黙ってろ」


ガルドが返す。


「声が響く」


「聞こえる距離じゃないわよ」


「問題は距離じゃない。お前は腹が立つんだ」


「あなたも大概よ」


リシェルは鼻で笑い、岩に背中を預けた。

夜の中でも、彼女の瞳だけは奇妙に光を帯びて見えた。


地下から連れ出して三日。

その間にレオンは最低限の事情を整え、ガルドは周辺の街道を見て回り、リシェルは屋敷の者たちから遠ざけられるように古い離れへ押し込まれていた。

彼女自身も、それで構わないらしかった。


だが、こうして外へ出せば異様さは隠しようがない。

空気が彼女を避ける。

人の目が無意識に逸れる。

壊れたものの匂いというのは、理屈より先に伝わるのかもしれない。


「確認する」


レオンが言った。


「馬車を止める。護衛を散らす。麦袋を二台分だけ抜く。残りはそのまま通す」


「二台分で足りるのか」


「足りない」


レオンは即答した。


「だが一度に全て奪えば、こちらの動きが大きすぎる」


「小さく噛んで、出血させるわけね」


リシェルが面白がるように言う。


「陰湿」


「現実的と言え」


「綺麗に言い換えても、やってることは盗賊よ」


「違う」


ガルドが言った。


リシェルが視線だけ向ける。


「何が?」


「盗られたものを取り返すのは、盗みじゃない」


「へえ」


「少なくとも、俺はそう思う」


リシェルは少しだけ目を細めた。

笑っているようにも、値踏みしているようにも見える顔だった。


「やっぱり、あなた面倒ね」


「お前に言われたくはない」


レオンは二人をそのままに、再び街道へ目を戻した。


車輪の音が近づく。

鉄の軋み。馬の鼻息。護衛の靴が小石を踏む音。

闇の向こうにぼんやりとランタンの明かりが揺れ始めた。


「来るぞ」


空気が張る。


ガルドが剣の柄に手をかけた。

リシェルは立ち上がり、外套の袖の中で指を組む。

彼女の周囲の空気が、わずかに熱を帯びる。


「……殺すな」


レオンが言った。


「まずは、な」


「曖昧ね」


「お前に言っている」


リシェルは小さく笑った。


「善処する」


まったく信用できない返事だった。


荷馬車の先頭が、ちょうど分岐の手前に差しかかる。

その瞬間だった。


リシェルが右手を軽く上げる。


何もない地面から、唐突に火が走った。


轟、と音を立てて街道脇の枯れ草が燃え上がる。

炎の壁というほど大きくはない。だが馬には十分すぎる。先頭の馬が高くいななき、荷台ごと横へ流れた。


「敵襲!」


護衛の叫びが夜を裂く。


同時に、ガルドが岩陰から飛び出した。


速い。

鈍重な重騎士ではない。踏み込みに無駄がなく、一歩で間合いを詰める。抜いた剣は月もない夜の中で鈍く光り、最前列の槍兵の穂先を打ち払った。


金属音が響く。


兵がよろめく。


ガルドは斬らない。

柄で喉を打ち、返す手で肩を払う。相手の呼吸と体勢だけを奪っていく。

殺さない戦い方は、時に殺すより難しい。にもかかわらず、彼は迷いなくそれをやってのけた。


レオンも動く。


街道脇から回り込み、中ほどの馬車へ接近する。

護衛のひとりが気付き、短剣を抜いて向かってくる。レオンは半歩引いて刃を外し、相手の手首を打った。短剣が落ちる。続けざまに膝裏を蹴り、地面へ崩した。


勢いでとどめを刺さない。

ただ次へ移る。


「角笛を鳴らせ!」


後方から叫びが飛ぶ。


レオンが振り向くより早く、リシェルの指先が弾かれた。


火花のような小さな光が宙を切り、角笛を持った兵の足元で破裂する。

土と火が散る。兵は悲鳴を上げて後ずさり、角笛を取り落とした。


「だから善処するって言ったのに」


リシェルが退屈そうに呟く。


その時、別の護衛がリシェルへ向かって突進した。

若い兵だった。恐怖に顔を強張らせながら、それでも役目を果たそうとしたのだろう。槍先が真っ直ぐ彼女の胸元を狙う。


リシェルは動かなかった。


ただ、その目だけが冷たく細まる。


槍先が届く直前、兵の足元から火が噴いた。

爆ぜた土に体勢を崩し、兵は転がる。次の瞬間にはその喉元へ、ガルドの剣がぴたりと突きつけられていた。


「やめろ」


低い声。


兵は息を呑み、動きを止める。


ガルドは剣を引くと、そのまま兵の兜を柄で殴り、意識を落とした。


「危ねぇな」


「そっちこそ」


リシェルは肩をすくめた。


「私がやるより、優しい倒し方じゃない」


「優しさじゃない。後で喋れるようにしてるだけだ」


「同じようなものでしょ」


ガルドは返さなかった。


戦いは短かった。


護衛の半数が倒れ、残りは火と混乱で統率を失い、散っていた。

レオンは馬車の荷台に飛び乗り、覆い布を剥ぐ。


麦袋。


その下に、銀貨を詰めた箱が二つ。


「……やはりあるな」


「どうする」


ガルドが近づく。


「銀は置け」


レオンは即答した。


「必要なのは麦だ」


「金の方が使い道は広いぞ」


「今は腹を満たす方が先だ」


リシェルが荷台の後ろから覗き込み、つまらなさそうに言う。


「意外。てっきり、両方持っていくのかと」


「欲を出せば痕跡が大きくなる」


「真面目ねぇ」


「生き残るには必要だ」


その時だった。


後方から馬の蹄音が聞こえた。


レオンが顔を上げる。


「増援か」


「早いな」


ガルドが舌打ちする。


街道の奥、闇の中にランタンが三つ揺れている。

巡回兵か、それとも予定外に近くを通った別の護送か。いずれにせよ長居はできない。


「二台分だけ抜く。急げ」


レオンが命じる。


ガルドがすぐに動く。

倒れた護衛たちのそばを抜け、馬を一頭ずつ荷車から外す。奪うのではなく、馬車ごと乗り換えていく方が早い。

リシェルは周囲へ火の線を走らせ、近づく者の足を鈍らせた。


麦袋を運ぶ。

肩に食い込む重み。冷気の中でも汗が滲む。


その最中、不意に小さな呻きが聞こえた。


街道脇。

倒れた護衛兵の下敷きになっている小柄な影。


子供だった。


十にも満たぬくらいの、痩せた少年。

破れた上着を着て、腕には縄の痕がある。荷台の下に潜り込むようにして隠れていたのだろう。混乱の中で兵が倒れ込み、巻き込まれたらしい。


ガルドが顔をしかめる。


「なんでこんなところに……」


レオンはすぐに周囲を見た。

他にも二、三人、荷台の陰に縮こまっている影がある。みな子供だ。汚れた顔、痩せた手足、怯え切った目。


「……売るつもりだったのか」


ガルドの声が沈む。


ヴァルディア領では、表向き人身売買は禁じられている。

だが税が払えない家の子が“奉公”の名目で消えることは珍しくない。王都へ送られれば、二度と戻らぬことも多い。


レオンは一瞬だけ黙った。


計画にはない。

麦を奪い、姿を消す。それだけのはずだった。

子供まで連れて行けば、動きは遅くなる。痕跡も増える。隠し場所も要る。


理屈なら、置いていく方が正しい。


そのはずだった。


少年がレオンを見た。

怯えと、諦めと、かすかな願いが混ざった目だった。助けてくれ、と声には出さない。出せば殴られると知っている目だ。


レオンの胸の内で、何かが小さく軋んだ。


感情と呼ぶには、まだ形がない。

だが、見過ごせば何かが決定的に壊れる。そんな予感だけははっきりしていた。


「……全員、連れていく」


ガルドが振り向く。


「本気か」


「ああ」


「荷が増える」


「わかっている」


「追跡も早くなる」


「それでもだ」


リシェルが火を操りながら、横目でレオンを見た。


「へえ」


その声には少しだけ意外そうな色があった。


「優しくなった?」


「違う」


レオンは短く言う。


「このまま戻せば、また売られる」


「同じことじゃない」


「同じじゃない」


それだけ言って、レオンは倒れた兵をどかし、少年を引き起こした。

少年は怯えて身を竦めたが、殴られないとわかると目を見開いた。


「走れるか」


こくり、と首が動く。


「なら走れ。置いていかれたくなければ」


少年は唇を噛み、頷いた。


「二人乗せられる馬車を回せ!」


ガルドが叫ぶ。

それに応じるように、まだ意識のある護衛のひとりが剣を拾って向かってきた。焦りに任せた荒い一撃。


レオンが迎えようとするより早く、ガルドが横から入った。


鋭い踏み込み。

刃と刃がぶつかる。

相手の力を受け流し、そのまま腹へ膝を叩き込む。兵が折れた瞬間、首筋へ手刀を打ち込んで沈めた。


「今はガキ優先だ」


「助かった」


「礼は後だ」


増援の灯りが近づく。

角笛の音まで混じり始めた。


「行くぞ!」


レオンの声で、三人と子供たちは一斉に動いた。


奪った二台の荷馬車を先に立て、街道を外れて丘の裏手へ走る。

道なき斜面は荒れていたが、追っ手の馬は入りにくい。リシェルが後ろ手に火を散らし、乾いた草をあちこちで燻らせる。大火にはならないが、視界と足場を乱すには十分だった。


「左だ!」


ガルドが先導する。

昼のうちに見て回った獣道だろう。岩場の切れ目を抜け、低木の群れの向こうへ滑り込む。


子供たちは必死でしがみついていた。

ひとり、年嵩の少女が小さな子を抱き、歯を食いしばって揺れに耐えている。


レオンは振り返り、追っ手との距離を測った。

まだ来る。

だが分散している。夜目も利かず、火の煙に紛れているせいで追跡線が乱れていた。


「この先に川がある」


ガルドが言う。


「浅瀬を渡れば足跡が切れる」


「馬車ごといけるか」


「ぎりぎりだな」


「なら通す」


闇の先から、水音が聞こえてきた。


細い川だが、雪解けで増している。

月もないので深さが読みづらい。だが躊躇している余裕はなかった。


先頭の荷馬車が川へ入る。

車輪が沈み、泥水が跳ねる。馬がいななく。

ガルドが轡を引き、強引に進ませる。軋みながらも荷台は渡った。


二台目も続く。


その時、後方から矢が飛んだ。


一本が荷台の縁に突き立つ。

子供たちの小さな悲鳴。


リシェルの目が冷たくなる。


「……鬱陶しい」


彼女が振り向きざまに腕を振る。

赤い光が線となって走り、追っ手の前方の地面を爆ぜさせた。土と火花が舞い、馬が暴れる。


「殺すなと言った」


レオンが言う。


「殺してない」


リシェルは口元だけで笑った。


「たぶん」


「たぶんじゃ困る」


「注文が多いわね」


だが、その口調のわりに、火の使い方は絶妙だった。追っ手を脅し、散らし、足を止めるだけに留めている。

壊すことに慣れた人間ほど、加減がうまいのかもしれなかった。


全員が渡り切る。


川の向こうは森だった。

冬枯れの木々が密集し、月明かりのない今夜は闇がさらに深い。馬車で奥まで入るのは無理だが、入口付近で一度散れば追跡は難しい。


「ここで分ける」


レオンが言った。


「麦袋を半分ずつ。子供は歩ける奴は歩かせろ。小さいのは馬に乗せる」


「隠し場所は?」


ガルドが問う。


「北の旧猟師小屋」


「距離があるぞ」


「だからこそ見つからない」


ガルドは短く頷いた。


三人が手早く動く。

子供たちはまだ怯えていたが、命令されると従った。従うことに慣れてしまっているのだろう。

そのことが、レオンには妙に不快だった。


森の奥へ進むうち、夜がさらに深くなっていく。

風が枝を鳴らし、馬の吐息が白く流れる。


やがて、古びた小屋が見えた。

屋根は半分崩れ、壁も傾いているが、雨風を凌ぐ程度には使えそうだった。


「ここで一旦休む」


レオンが言った。


ガルドはすぐに周囲を確認し、入口近くに立った。

リシェルは何も言わず、壁にもたれて座る。

子供たちは小屋の隅に寄り集まり、互いの体温を分け合うように身を寄せていた。


レオンは麦袋の数を数える。


これで北部三村の全てを救えるわけではない。

だが、何もしないよりはましだ。

最初の一手としては十分だとも言える。


その時、先ほど助けた少年が、おずおずと近づいてきた。


痩せて、頬はこけている。

だが目だけはまだ死んでいない。


「……あの」


レオンが見る。


少年は言葉を探し、やがて小さく頭を下げた。


「たすけてくれて……ありがとう」


礼を言われるとは思っていなかったのか、レオンは少しだけ間を置いた。


「礼はいい」


「でも……」


「生き残れ。それで十分だ」


少年はきょとんとし、それからまた深く頭を下げた。


離れていく背を見ながら、ガルドが口を開く。


「変わってきたな」


「何が」


「置いていくと思ってた」


レオンは数え終えた麦袋から目を上げない。


「合理だけで切り捨てられるなら、苦労しない」


ガルドはわずかに目を見開いた。

その言葉が、レオン自身の口から出たことが意外だったのだろう。


「……自覚はあるんだな」


「ないよりはましだ」


「そうだな」


小屋の反対側では、リシェルが子供たちを見ていた。

その視線は冷たいようでいて、どこか遠かった。


「あなたも、昔はああだったのか」


不意にガルドが言う。


リシェルは顔を向けない。


「さあ」


「覚えてない?」


「覚えてるわよ。でも、思い出す価値がないだけ」


「そうか」


「同情するならやめて」


「してない」


「それならいい」


彼女は短く言い、目を閉じた。

だが、その指先には無意識に力がこもっていた。


しばらくして、森の奥で夜鳥が鳴いた。

追っ手の気配は、もう近くにはない。


レオンはようやく腰を下ろした。

全身に遅れて疲労が来る。だが神経はまだ冴えていた。


ガルドが火打石を取り出す。


「少し火を起こす。煙は抑える」


「私がやる?」


リシェルが片目を開ける。


「お前は派手すぎる」


「失礼ね」


「事実だ」


小さな火が灯る。

乾いた枝がぱち、と鳴る。

わずかな温もりに、子供たちの表情が少しだけ緩んだ。


火を見つめながら、ガルドが低く言う。


「これで終わりじゃないぞ」


「ああ」


レオンも同じ火を見る。


「向こうは必ず調べる。誰が、何のために、麦を抜いたのか」


「そして、子供まで消えたとなれば騒ぎは大きくなる」


「大きくなる方がいい」


レオンが言うと、ガルドが視線を向けた。


「なぜだ」


「小さな盗賊の仕業と思わせたくない」


「……反逆の匂いをさせるのか」


「そうだ」


ガルドはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。


「本当にやる気なんだな、お前」


「今さらだ」


「違いない」


そのやり取りを聞きながら、リシェルがぼんやりと火を見ていた。


「反逆、か」


「何かあるか」


レオンが問う。


リシェルは少しだけ口元を上げる。


「別に。ただ、その言葉、みんな好きよね」


「嫌いか」


「好きでも嫌いでもないわ。反逆って、結局は今ある形を壊すための名前でしょ」


火の明かりが彼女の横顔を照らす。


「でも壊した後、何を残すかまでは、誰もちゃんと考えてない」


小屋の中が少し静かになった。


ガルドが答える。


「だから考えるんだろ。これから」


「あなたが?」


「俺たちが、だ」


リシェルは少しだけ驚いたように目を瞬かせたあと、ふっと笑った。


「勝手に数に入れないでくれる?」


「じゃあ抜けるか」


「退屈だから嫌」


「面倒な女だな」


「今さら?」


小さな火を囲みながら、三人の間に奇妙な沈黙が落ちる。

穏やかではない。

信頼でもない。

だが、完全な他人でもない何かだった。


レオンは火の向こうで丸くなって眠り始めた子供たちを見た。

助けた。

それは事実だ。

だが、その先はどうする。麦を配って終わりではない。隠し通せるわけもない。

今日ひとつ流れを変えても、明日には別の場所で別の誰かが奪われる。


世界そのものが腐っている。


ならば、削るだけでは足りない。


壊さなければならない。


その考えが、火を見るように静かに彼の中で形になっていく。


不意に、ガルドが小さく言った。


「灰哭山って名前を、知ってるか」


レオンが視線を上げる。


「少しだけ」


「今日みたいに、行き場をなくした連中が流れ着く場所だって話だ」


「噂だろう」


「そうだ。だが、噂だけでここまで残る名前には、何かある」


リシェルが火を見つめたまま呟く。


「王も教会も手を出しづらい場所が、本当にあるなら便利ね」


「便利、か」


ガルドは苦笑した。


「お前らしい言い方だ」


「事実でしょ」


レオンは火の揺れを見つめた。


灰哭山。


まだ遠い名だ。

だが、その響きは不思議と耳に残った。


世界から弾かれた者たちが集まる山。

秩序の外。

王の手が届かない場所。


いつか必要になるかもしれない。

そう思った。


小屋の外では、風が木々を揺らしていた。

夜はまだ長い。


だが、もう後戻りはできない。


麦を奪い、兵を退け、子供を連れ去った。

それは慈悲でも気まぐれでもなく、明確な意思を伴った最初の反逆だった。


明日には、この領のどこかで噂になるだろう。

街道が襲われた。

徴税の麦が消えた。

子供たちまで消えた。

そして誰かが言う。これはただの盗賊ではない、と。


火はまだ小さい。


だが、火というものは一度灯れば、それだけで景色を変える。


レオンは目を閉じなかった。

眠るには、まだ早かった。


燃えはじめたものが何なのか。

それが自分をどこへ連れていくのか。

まだわからない。


わからないまま、それでも進むしかない場所まで来ていた。


そして、そうして始まる物語ほど、たいてい血の匂いがするものだった。

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