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灰冠の反逆者  作者: 大きい橋


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第三話 火を喰う女


夜の屋敷は、昼よりも静かで、そして残酷だった。


灯りの届かない廊下の奥では、声は抑えられ、命令は短くなり、逆らう者はさらに少なくなる。

昼間の喧騒が嘘のように、すべてが“従う前提”で動いている。


その夜、レオンは西棟の一室にいた。


簡素な客間だ。

豪奢さはないが、最低限の暖はある。

そこに、ひとりの男が腰を下ろしていた。


ガルド・レイン。


外套を脱ぎ、壁に背を預けている。

剣は手の届く位置に置かれ、いつでも抜けるように角度が調整されていた。


「……随分と警戒するんだな」


レオンが言う。


「当然だろう」


ガルドは目を閉じたまま答える。


「昨日まで追われる側だったんだ。いきなり屋敷に招かれて、安心しろって方が無理だ」


「合理的だ」


「お前、何でもそれだな」


ガルドが薄く笑う。


レオンは気にしない。


「明日、動く」


「早いな」


「時間がない。北部三村の食料が足りていない」


「だから奪い返すのか?」


「違う」


レオンは机の上の地図を指でなぞる。


「流れを変える」


ガルドは片目を開けた。


「……どういう意味だ」


「徴収した穀物は一度ここに集まり、王都へ送られる。その途中に“穴”を作る」


「横取りか」


「再分配だ」


「言い方の問題だな」


レオンは淡々と続ける。


「そのために、もうひとり必要だ」


「戦える奴か?」


「違う。壊せる奴だ」


ガルドは眉をひそめた。


「嫌な言い方だな」


その時だった。


廊下の奥から、何かが“焦げる匂い”が流れてきた。


微かな煙。

それは一瞬で強くなる。


「……火か?」


ガルドが立ち上がる。


レオンもすぐに扉へ向かった。


外へ出ると、使用人たちが慌ただしく走っている。

叫び声はない。だが、明らかに異常だ。


「地下だ!」


誰かが叫んだ。


レオンはそのまま階段を降りる。

ガルドも後に続く。


地下へ降りるほどに、空気が変わっていく。

熱と、焦げた臭いと、そして――


「……魔力か」


ガルドが低く呟いた。


重い鉄扉の前に、衛兵が二人倒れていた。

意識はあるが、震えて動けない。


「中で何が起きている」


レオンが問う。


「わ、わかりません……突然……中から……」


言葉にならない。


レオンは迷わず扉に手をかけた。


「待て」


ガルドが止める。


「ただの火事じゃない。これは……」


「わかっている」


レオンはそのまま扉を押し開けた。


熱気が一気に流れ込む。


その先は、石造りの広い空間だった。

本来は保管庫のはずだが、今は様子が違う。


床に描かれた魔法陣。

焦げた跡。

そして――


中央に、ひとりの女が立っていた。


長い黒髪。

痩せた体。

目は、異様なほど静かだった。


その周囲で、炎が“揺れている”。


燃えているのではない。

従っている。


「……お前か」


レオンが言う。


女はゆっくりと視線を向けた。


「遅かったわね」


声は落ち着いている。

だが、どこか壊れている。


ガルドが前に出る。


「魔術師か」


「ええ。嫌い?」


「好きじゃないな」


「そう」


女は興味なさそうに言う。


「でも、あなたはまだマシね。外で見てた人間よりは」


レオンは一歩進む。


「名は」


「リシェル」


それだけ言って、彼女は微笑んだ。


「あなたが、この屋敷の“若い主人”?」


「そうだ」


「ふーん」


リシェルはレオンをじっと見た。


まるで中身を覗き込むように。


「変ね」


「何がだ」


「何も感じてない顔してるのに、“壊れてる匂い”がする」


沈黙。


ガルドが眉をひそめる。


「おい、何言って――」


「あなたは黙ってて」


リシェルが遮る。


その瞬間、炎がわずかに揺れた。


ガルドは反射的に剣に手をかける。


「……危ねぇな」


「危なくしてるのはあなたたちよ」


リシェルは肩をすくめた。


「ここ、もともと私の“檻”だったの。知ってた?」


レオンの目がわずかに動く。


「実験施設か」


「正解」


彼女は足元の魔法陣を軽く蹴る。


「貴族と教会が共同で作ったの。“魔術の強化実験”ってやつ」


ガルドの顔が険しくなる。


「人間を使ってか」


「ええ」


あっさりと答える。


「何人も死んだわ。私はたまたま壊れなかっただけ」


炎が、ゆらりと大きくなる。


「……で、壊したのか」


レオンが言う。


「ええ」


リシェルは笑った。


「全部ね」


その言葉に嘘はなかった。

この部屋の惨状が、それを証明している。


レオンは少しだけ考えた。


そして言う。


「外に出る気はあるか」


ガルドが一瞬固まる。


「おい」


リシェルも目を細めた。


「……本気で言ってる?」


「必要だ」


「私が?」


「そうだ」


沈黙。


炎が静かに揺れる。


リシェルはゆっくりと歩き、レオンの目の前で止まった。


近い。


その目は、底が見えない。


「理由は?」


「壊せるからだ」


一瞬。


空気が張り詰める。


そして――


リシェルは笑った。


「いいわ」


あっさりと。


「退屈してたの」


ガルドが呆れたように息を吐く。


「……お前、何でも拾うな」


「使えるものは使う」


「そのうち噛まれるぞ」


「その時は斬る」


短いやり取り。


だが、確実に何かが揃い始めていた。


レオンは振り返る。


「行くぞ」


ガルドとリシェルが続く。


地下を出ると、冷たい空気が頬を打った。

火の熱が嘘のように消えていく。


空には雲がかかり、星は見えない。


その闇の中で、三人の影が並んだ。


まだ仲間ではない。

信頼もない。

だが、それでも――


何かが始まっていた。


小さく、確実に。


世界を壊すための、最初の火が。

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