第1話 ようやく思い出せたんだ。ずっと忘れていてごめんね。
あなたの歩いたところには水の波紋があって、わたしの歩いた足あとは猫の足あとになった。
ようやく思い出せたんだ。ずっと忘れていてごめんね。
神聖な美しい森の中にて、私は眠りから目を覚ます。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「はい。ありがとうございました」
森の家の管理人さんにご挨拶をして、私は管理人さん(とっても優しいご婦人だった)と森の家の前でお別れをした。
早朝の時間で、美しい太陽の日差しが森の木々の間から差し込んでいて、空気がとても澄んでいて、どこかで鳥が小さな声で鳴いていた。
管理人さんは小さな赤い車に乗って街に帰って行った。
私は土の道の上をゆっくりと走っていく赤い車が見えなくなるまで、森の家の前に立って、ぼんやりとその赤い車をずっと見つめていた。
赤い車が見えなくなると、世界には私一人だけになった。
(いつもとおんなじひとりぼっち。でもひとりぼっちになることにはとても慣れているから、別に寂しいとか、怖いとかは思わなかった)
「さてと、じゃあ生活をするための準備をしようかな」
ふふっと笑いながら、そんなひとりごとを言って、私はうーんとその場所で手を空に向かって伸ばして大きく背伸びをした。(ひとりごとを言うことは私の癖だった)
森の木々の間から見える空は青色だった。
なんだかとても懐かしいような感じがする青色の空。
そのまま少しの間、そこでじっとしていると、私はなんだかとっても気持ちが楽になって、体が羽根みたいに軽くなっていって、どんどんと楽しい気持ちになっていった。
こんなに楽しい。楽だなって思えることは、本当に久しぶりのことだった。
だからなのだと思う。
私はまるで子供のときのように自然な顔で笑っていた。(作り笑いじゃなくって)
時間が子供のころにまで巻き戻っていくみたいだった。
ここは神聖な美しい森の中。
そんな聖域のようなこの場所には、そんな不思議な力があるのかもしれないって、そんなことを森の家の中に軽い足取りで戻りながら、私は思ったりした。




