第二章 幕間 -灯月(とうげつ)-
夫妻が家へ戻り、玄関を開けたところで母親の目の前に精霊が舞い降りた。両手でそれを受け止めるようにした瞬間、手から微かな光が精霊へと流れ込んで、一瞬でズシッと重みのある袋へと変化した。
――たしかに、とどけた
「書簡魔法……!」
妻の脳内に響いた声。現れたそれが何なのかを悟った夫妻の表情が明るくなった。
「やった!」
いそいそと袋の紐を解いて中を確認する。確かに、袋の底まで金貨が詰まっていた。ふたりは顔を見合わせた。
夫は久しぶりに酒が飲みたいと口にした。妻は服を新調したい、寝具も揃えたいと口にした。
屋根の修理を頼みに行こう。新しい農機具も買える。美味いパンも食べたい。病気で寝たきりの親には栄養価の高いものを買ってやろう――そう言って、ふたりはやりたい事を口々に発した。
ふと室内を見まわした視線の先に、ぽつんと置かれた小さな布団が目に入った。
がらんどうの、赤ん坊の布団。
そうなのだ。
もう、我が子はいないのだ。
この金は、我が子を売った金だった。
愛し合って生まれた、大切な大切な初めての子だった。
愛情を注いで育てあげ、笑い声と共に日々を積み重ねていくはずだった我が子。
生活が苦しくなった。病人が増え、薬代がかさみ、食料も底をついた。
夫が働きに出ても、稼ぎは水のように流れて消えた。
気づけば、家の中には“売れるもの”が何も残っていなかった。
……だから、考えた。
いちばん金になるもの。
いちばん……重くて、いちばん……守るべきものを。
――我が子を、売るしかなかった。
どんな言い訳を並べても、その事実は消えない。
取り返しのつかないことを自分たちはしたのだ。
一晩よく考え、寝ずに話し合った。
この子が大きくなるまで一家路頭に迷う未来しか想像できないふたりが決めた事だった。
親としての不甲斐なさが、夫妻の胸をじわりと締めつけた。
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星影くもみ☁️