第一章 絶望の夜(1)
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生きる気力を失った魔女の運命が、
静かに、けれど確かに動き出す――。
全てを終わらせたはずの夜、彼女は“死神”と出会った。
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季節が、秋から冬へと移ろい始めた頃のことだった。
夜中、ルーナはふと目を覚ました。外は激しい嵐で、風が屋根を吹き飛ばしそうな勢いだった。木枠の古びた窓にカーテンはなく、雷光が何度も室内を白く照らした。大粒の雨は容赦なく窓ガラスを叩き、吹き荒れる風は窓どころか家全体を揺さぶっていた。
身体を起こす力もないまま、ルーナは天井の方に意識を向けた。
――何か……いる。
本来なら、魔力で結界を張れたはずだった。だがこのところはひどく疲れ切っていて、結界まで気が回らなかった。もし結界を張れていれば、感じているこの“何か”の侵入は防げた。けれど、今のルーナには、気力というものが残っていなかった。
「……だ、れ……」
養い親が亡くなって以来、まともに食事を摂れていない。特に今日は山を歩いて越え帰ってきたばかりだから、疲れは限界だった。
山道を歩き帰宅してすぐ布団へ倒れ込んだ。体は泥で汚れ、足も痛む。風呂にも入らず着替えもしていない。けれど、それはこのところの日常だった。
着替えをする服は一枚も無い。湯を沸かす薪も、水を汲む気力もない。そもそも、浴槽だってなかった。腹もずっと空いているが、満たすだけの食糧すら家には何一つ残っていない。
頬はこけ、髪は艶を失ってパサつき、唇は乾いてひび割れている。笑うことを忘れた顔はこわばり、手指の爪は適当に切ったままで、ガサガサと乾いていた。
それはもう、若い娘の姿ではなかった。
――風呂に入らなくなったのは、面倒になったから。
――着替えがないのも、ちょうどよかった。
清潔を保つことも、腹を満たすこともできない身で、ただ、“その時”が訪れるのを待っていた。
……痩せ細って汚い自分に何の用があるのか。
もし侵入者が強盗なら、金がないとわかれば、命を奪われる。
それならいっそ――早く、楽にしてほしいとすら願った。
枕元に感じる気配が、“その時”を告げにきたのだとしたら。
もう、抗うつもりはなかった。この世にしがみつく意味も、希望も、残っていない。
もう、いいや……。
ルーナは、そっと目を閉じた。
枕元に立っていたのは――死神だった。