第四章(3)
長い廊下を歩いて、石の階段を上がる。階段の壁には窓が設えてあり、外の空は薄紫色に染まっていた。
朝なのか、夕方なのか――。けれど、空の色をこうして見上げるのは、いつぶりだったろう。フランが寝込んでからというもの、空の色など気にする余裕すらなかった。
長い廊下の突き当たり。分厚い扉は開け放たれて、内側に垂れる幕の前で、お世話係の骸骨が室内へ声をかけた。
小さく声がして、天井から吊られていた幕が静かに左右へと開かれた。中へ促され、ルーナはそっと足を踏み入れる。
「ルーナ、こちらへおいで」
やわらかな声が名を呼んだ。奥には長椅子に腰かけた人物がいた。銀色の髪を持つ、高い背の男性。こちらに背を向けてソファに座っている。
――どこまで……
不安になってお世話係を振り返ると、彼は無言で頷いてみせた。
「大丈夫。ルーナを傷つける者は、ここにはいない。こっちまでおいで」
振り向いたその人は、銀色の長い髪をゆるく編み、肩から前に流していた。キラキラと艶のある髪は絹糸のよう。風が吹けば音さえ聞こえそうだった。
その瞳の色も、同じ銀色。
優しげな微笑を浮かべ、形の良い唇が穏やかに弧を描いていた。
――美しい人だ……
ルーナが立ち尽くして思っていたのと同じく、彼も立ち上がることも、近づいてくることもせず、ただルーナを見つめていた。
「あ、あの……」
沈黙に耐えきれず、ルーナは声をかけた。気づけばガイコツ従者の姿はなく、幕も閉じられていて、部屋にはふたりきりだった。
「あ……すまない。気分はどうだろうか」
ようやく我に返ったらしい男性は、ルーナの手を取って椅子へと導いた。手のひらでそっとルーナの手を取って、自分が腰掛けていたソファに導いた。そうしてから目の前のソファへ座り直した。
「あの、はい……とても……良いです。ありがとうございます」
「それならよかった」
男性は安堵したように微笑んだ。
――誰なんだろう……
「あの、先ほど骸骨の人から、ここは魔界だと教えてもらいました。わたしは……死んではいないと……あなた様は一体……どうしてわたしはここに……それにお風呂もいただいて、服まで……申し訳な……」
質問攻めになってしまった気がして少し不安だった。お風呂をいただいて猗窩座新しい服まで用意してもらって、今更気がついたが、信用していいのだろうか。これからどう振る舞えばいいのかもわからないから、せめて状況だけでも知っておきたかった。
「……うん。そうだね。説明しないといけないね」
彼はそう言って、ゆっくりと頷いた。
開いている窓から、柔らかな風が入ってくる。見れば遠くには岩山のような影が、ぼんやりと浮かんでいて、空は――夜明け前のような、薄い紫色をしていた。
「俺はアドリアン、死神だ。そしてここは魔界で、俺の屋敷だよ。昨晩、魂を刈りに、きみの家へ行って、それできみをここへ連れて帰った」
そうだ、と思い出した。確か誰かが居る気配はしていた。雷雨がひどくて、もうどうでもいいと諦めて目を閉じた――そこで意識が途切れたのだ。
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星影くもみ☁️