第四章(2)
タオルを渡され、湯気の立ちこめる浴室の中でゆっくりと身体を拭いた。まだほんのりと熱を帯びた頬に、心地よい風が触れた気がした。
用意された白いガウンを羽織ると、柔らかな布が肌を撫でた。その感触にさえ、少し胸が詰まる。自分の身に、こんなふうに優しいものが触れることが、あってもいいのだろうか。
浴室を出ると、さっきとは違う骸骨の従者が待っていた。今度はふたり。その手には、櫛やオイル、小さな道具がいくつも揃えられている。
「では、髪を整えさせていただきますね。無理には引きません、安心してお任せください」
骸骨の指先は意外にも繊細で、ゆっくりとルーナの髪を梳いていく。絡まりをほぐし、湯で緩んだ髪をやさしく乾かすたび、心の中の硬い部分までも柔らかくされていくようだった。
「香り付きのオイルを少し。髪が痛んでおられましたので、補うように……」
ふんわりと香るのはラベンダーだろうか。フランが育てていた花と同じ香りだった。懐かしくて、少しだけ、胸が痛む。
でも、それでも――。
目を閉じて、その香りを受け入れる。もう、涙は出ない。ただ、遠くにいる誰かに「ありがとう」と心の中で呟いた。
やがて髪が整えられ、肌には滑らかなクリームが丁寧に塗り込まれていく。手も、肘も、膝も。自分では見落としていた小さな傷も、すべてこの世界の誰かに見つけられて、癒されていく気がした。
「お召し物をお持ちしました」
差し出されたのは、生成りの下着と、落ち着いた色合いのドレスだった。装飾は控えめで、布はやわらかく、動きやすそうな仕立て。肌に触れた瞬間、その清潔さと温もりに包まれる。
それはまるで、「ようこそ」と言われているようだった。
鏡に映った自分を、そっと見つめた。細くて、少し青白いけれど――肌はなめらかになっていた。髪も光を取り戻し、目の下のくすみも、心なしか和らいでいる気がする。
知らない場所。知らない人たち。でも、ここには優しさがあった。街で感じていた警戒心はここにはなかった。
ふう、とひとつ息を吐く。鏡の中の自分も、同じように息を吐いていた。
「夜は冷えます故、こちらをお使いください」
「ありがとう……」
寒いから、と気遣われたのは初めてだった。ぺたんこの布の靴を履けば完成だった。
「それでは、参りましょうか」
目が覚めてからかなりの時間が経っていた。これから会う方は怒っていないだろうか……。
今、この足でどこへ向かうのかも分からない。けれど、確かに何かが始まりかけている――その予感だけは、肌の奥から伝わってきていた。
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星影くもみ☁️