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第四章 (1)灯ともる

*  *  *


ルーナの新しい暮らしがはじまります


*  *  *

 遠くから、誰かの話し声がかすかに聞こえてきた。


「まだお目覚めではないようです」

「そうか。起きたら、支度を整えて御前へ。いくら時間をかけてもよい、との仰せだから、ルーナ様を焦らすことのないよう」


 会話が終わり、柔らかく扉が閉じる音。会話は夢かと思ったが、どうやら現実のようだった。


 ゆっくりと、ルーナは目を開けた。


「……明るい……?」


 まぶたの隙間から差し込む光は、いつかの雨とは違う穏やかなものだった。天井は見知らぬ造りで、寝具はふんわりと体を包み込んでいる。起き上がると、窓際にはレースのカーテン、足元には織りの細かなカーペット――見慣れた我が家とは、まるで違う場所だった。


 まさか、自分は……。


「どこも痛いところはございませんか?」


 優しい声に振り向くと、そこには黒衣の骸骨――けれど、不思議と怖さはなかった。どこか人のようで、どこか違う、そんな存在だった。


「どこも……痛み……はい」


 ぼんやりとしたまま返事をして、身を起こす。腕や脚にかすかな痺れがあったが、動かすたび、それすらも薄れていくようだった。


「あの……ここは、どこなんですか……わたし、死んじゃったの?」


 ぽつりと漏れた問いに、骸骨は静かに答えた。


「死んではおりません。ここは魔界、死神アドリアン様のお屋敷でございます」


 魔界――その言葉に、胸が一瞬だけきゅっと締めつけられた。


「ルーナ様は魔女でいらっしゃる。我らが主のように魔力を扱う方。魔族や我らのような者が暮らすこの世界へ、あなた様は導かれたのです。元いた世界――人間界から」


「……わたしの名前、どうして……」


 問いかけは宙に溶け、代わりにそっと手を差し伸べられる。促されるまま立ち上がると、思っていたより身体は軽かった。けれど、汚れと乾いた血の跡が肌にこびりついているのが分かる。


「薬湯をご用意しております。まずは、癒しのお時間を」


 手を引かれて向かった部屋は、淡い光に満ちた浴室だった。鼻の奥をくすぐる薬草の匂いが懐かしさを呼び起こす。


「……この香り……フランと育てた薬草に、似てる……」


 湯船にはいくつもの薬草袋が浮かび、静かに湯気を立てていた。裸になって肩まで浸かると、温もりがじんわりと全身に広がる。痺れ、痛み、重さ――あらゆる感覚が、湯の中で少しずつほぐれていく。


 このまま、全部溶けてしまえたら。


 心の奥にそんな言葉が浮かぶ。けれど、フランの笑顔を思い出すと、胸がちくりとした。


 もう、戻れないんだ。


「お湯加減はいかがですか? できれば、髪まで浸していただけると効果的かと」


 扉越しに聞こえる声に、小さく頷く。


「はい……」


 髪も肌も、すっかりごわついていた。埃と血と涙で絡まり、まともに手入れもできなかった日々。けれど、薬湯に包まれながら指を通せば、徐々にきしみが消えていく。張りついていた汚れもふやけて、するりと肌から離れていった。


 こんなに自分を、労わってもらったのはいつぶりだろう。


「痛みはございませんか? この湯は、小さな傷なら癒す力がございます。それに、心身の汚れも落としてくれますので」


 ルーナは小さく「ありがとう」と呟いて、そばに置かれた桃色の石鹸に手を伸ばした。


 泡立てた泡で髪を洗い、体をなでる。まるで、ひとつひとつ、傷の記憶を洗い流していくように。


 湯から上がる頃には、肌も心も、ほんの少し軽くなっていた。


アクセス・感想・お星様などなど、ありがとうございます。

励みになっています。


最後までお付き合いください。


星影くもみ☁️



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