第二章(11)
一日かけてやってきた街では何も収獲がなく、ルーナは歩いてきた道をそのまま引き返していた。
途中何度か、枝ぶりの良い木を見つけると……思わず立ち止まって見上げた。
けれど、“そうする”ための縄すら持っていない。身を傷つける刃物も、ここにはない。あらゆるものが、万事休すだった。
「ねえ、どうしてあなた、あたしの街に来たの?」
大きなため息をついて、再び歩き出したそのとき。頭上から声が降ってきた。
あたしの街、と聞こえた。先ほどの街の魔女だろうか。質屋の店主から話を聞いたのだろうか。
「あ……ご、ごめんなさい。もう、来ません……赦してください……」
必死に頭を下げ、魔女に背を向けて歩き出した。
「待って。責めてるわけじゃないの。ただ、困ってるなら――」
「いいんです……わたしには関わらない方が……すみませんでした。もう二度と来ません。あなたの前にも、二度と」
どこにそんな体力があったかと思うくらい、山道を駆けた。
あの魔女は立派な箒に乗っていて、きっと清潔なローブを着ている。金色の髪を風にたなびかせて、空から見下ろしてくる。
自分とは、あまりにも違う。小汚い格好で、埃まみれの顔で、道の土を踏みしめることしかできない自分――災厄を招く魔女。恥ずかしくて、悔しくて、情けなくて。
急に走ったからだろうか、今度は靴が壊れた。つま先の糸が切れ、靴底がカパカパと浮き上がる。草むらを見回して、ツルを探して靴底と足の甲に巻きつけた。だが所詮、ツルなのですぐにちぎれては靴底は浮いてしまう。道に転がる小石の感触が、直接足裏に伝わる。とがった石を踏めば、そのまま痛みになった。
――ルーナの心の糸も、音を立てて切れた。
足の裏を血だらけになりながら、黙々と歩き続けて家へ戻ったが、何日歩いてきたのかすらわからなくなっていた。空がどんよりと暗い。夕方だからなのか、天気の急変かわからないが、雨が降るかも――そう思った。
途中で拾った木の枝を杖代わりにして、足を引きずりながら家へ着いたタイミングで、思ったとおりに雨が降り出した。
遠くで雷鳴が響く。じきに、ここも激しい雷雨となるのだろう。
家を開けていた間にフランの結界が消えた。壁に何かがぶつけられて穴が空いていた。玄関の鍵は金具でこじ開けられた跡があった。
居間のガラス窓が割られていた。冷たい風も、雨も、雷鳴も――家の中まで入ってこないよう、守ってくれていたガラスは外から投げられた石により粉々に砕けて室内に破片が散っていた。いま降っている雨も吹き込むだろう。
その荒れた様子を力ない目で見つめて2階へ上がった。幸い、ここは無事だった。ホッとして、背中の荷物を抱えたままベッドへ潜り込んだ。
汚れていようが、どうでもよかった。このまま、永遠に眠ってしまいたかった。
雷鳴が、腹に響くほどの轟音で頭上を揺らしはじめた。割れた窓から、雨が吹き込んでいるかもしれない。このまま強い風が吹けば屋根だって吹き飛ぶかもしれない。
でも、もうどうでもよかった。
まっさらになりたかった。
この世から、いなくなりたかった。
早く、楽になりたかった。
たいして暖かくもない布団を、ぎゅっと引き上げて目を閉じた。
涙すら、出なかった。
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星影くもみ☁️