第二章(10)
フランを埋葬し終える頃は、太陽はもう高いところに来ていた。疲れ果てて帰り着くと、家の前に誰かが立っていた。
街の男衆たちが数人で、その中にはカルラの夫の姿もあった。ルーナはスコップを両手で握りしめ、ぎこちない足取りで家へと近づいた。全身に力が入り、呼吸がうまくできなかった。今度は何を言われるんだろう。何をされるんだろう。いざという時はこのスコップで……。
「魔女は、死んだのか」
返事ができなかった。沈黙の隙を突くように、彼らは次々に言葉を投げつけてきた。
「ここを出ていくのか」
「いつ次のポーションを納品できる」
フランは町のために、長年ポーションを作り続けていた。困っている人がいれば助けに行き、災害があれば箒で駆けつけ、夜中に頼まれても文句ひとつ言わず、薬を差し出してきた。
それなのに――彼らの口から、フランを悼む言葉は一つも出なかった。
「で、でも……薬草も道具も、全部壊されちゃったから……今日や明日では無理です、作れません……」
「薬草が無いなら、買えばいいだろうが」
「まあ、どうしても必要なら……なぁ」
卑しい笑いが聞こえ、寒気がした。
薬草も道具も買わないと無理だ。でも――この街では誰も売ってくれない。それをわかっていてのこの言い方。
手元には、わずかな薬草のストックがある。けれどそれだけではポーションは作れない。道具は破壊され、材料も燃やされて何一つ残っていない。「買えばいい」と簡単に彼らは言ったが、売ってくれないのも彼らだ。
ああいうことを言ったからには売ってくれるのかも。ほんのわずかな期待を込めて、しばらくして街へ降りた。ポーションを作れなければ金が手に入らない。彼らに買ってもらえなければ、生きていくこともできない。だから、安くてもいいと頼んだ。売るものはないと突き飛ばされた。
別の日には、「金が欲しいならその身体を売ったらどうだ」と――嗤われた。ニヤけた笑いが耳にこびりついて、しばらく街へ降りる気にもなれなかった。
フランがこれまで稼ぎ、貯めてきた金も、寝込む頃には底を尽きかけていて、今ルーナの手元には、自由に使える金などほとんど残っていなかった。ポーションを作らなければ金が手に入らない。フランの形見を売ろうとしても買い取ってもらえず、一向に作業ができない日が続いて、季節が変わってしまった。
このまま泣いていても何も変わらない。金や材料が湧いてくるわけでもない。なんとかしなければ。春になるまでに道具や薬草を買えるだけのお金を作らなければ。
街では買い取ってもらえなかったフランの形見を、再び売りに行ってみようと思いついた。懐中時計、眼鏡、小さいが古い魔法石などを袋に詰め込んだ。
売る先は、山を越えた向こうにある街だ。箒は燃やされてしまったため、徒歩で行くしかなかった。だが、どれほど遠いのか、歩いてどのくらいかかるのか見当がつかなかった。街へ降りて聞くわけにもいかず、とりあえず日の出まえに家を出る事にした。
幸い、冬でも雪は降らない地域だからまだ助かった。
山は道が整えられていて歩くのはキツくなかったが、上り下りがルーナの体力を削った。芋や粉を捏ねたもので食い繋いでたとはいえ体力も落ちている。疲労は半端なかった。何度か山小屋を借りて仮眠をして、街へ着いたのは一日後だった。
街は、ルーナの街よりも栄えているように見えた。大きくて、店の数も多い。
ここならいけるかも。食料も買って、何か飲みたいな……と思い何気なく振り返ったら、サッと視線をそらされた気がした。そう、人々はルーナを見るなり、距離を取ったのだ。
初めて来た場所なのに。
声すらかけていないのに。
店に入ろうとすれば、まるで獣を追い払うかのように手を振られた。めげずにこの大きな街を歩き回って相手してくれそうな店を探した。通りから外れたところにある質屋の店主と視線が合った気がした。思い切ってドアを開けて声をかける。
「申し訳ないが……あんたとは取引できない。不吉で、かなわない」
「あ、え……そ、ですか……」
不吉、と言われた。ここでもだ。
「どの町へ行ってもな――“栗色の髪に緑の瞳をした『災厄の魔女』”の噂はもう広まってる……諦めな」
泣きたかった。けれど、こんなところで涙を見せるのは悔しくて懸命にこらえた。口を真横に引き結び、引きつるような笑顔をつくって――店主に一礼し、店を出た。
何も手に入らず、とうとう高台に来てしまった。もう店などありはしない。街を見下ろせる高台は手すりのある広場で、風が気持ちよくルーナの頬を撫でた。
「……もう……やだ……」
フランとこんな夕陽を見た記憶が蘇った。暖かな記憶は、現実との差を思い知らせるには十分で、ぽつりと零れた声は、誰にも届かなかった。
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星影くもみ☁️