第二章(9)
ルーナが十歳の頃のことだった。フランはルーナがうちへ来た経緯を軽く話してくれた事があった。縁あって魔女から預かったこと。フランの養い子であり、本当の両親は別にいると知らされた。
けれど、どこにいるかなど知りたいと思わなかったから、深く聞かなかった。ルーナにとって家族はフランで、それ以外はなかったから。
――しかし。
今、目の前で息を引き取ったフランを見ていると、それまで抱かなかった感情が、一気に押し寄せてきた。
喪失感。言葉にできないほどの、寂しさと不安が、胸を締めつけてきた。声をかければもう一度目を開けてくれそうな顔だった。頬はやわらかく、温かい。
でも、もう――
「フ、ラン、フラン……目を開けて……お願い……今、ひとりにしないで……木の実……ね、集めてきたの。炒めて……それで、それで……っ」
震える声で話しかけながら、シーツの端から出ていたフランの手を握る。温かくて、やわらかくて――それなのに、その手は、もう二度と握り返してはくれない。その口はルーナの名を呼んでくれることもない。その目も、何も写さない。
――なーにやってんだい、そんなんじゃ腰を傷めちまうよ
――明日はルーナにご飯作ってもらおうかな
――アタシは無理だったけど、お前は大事にしてくれる人に、きっと出会えるよ、なんたって可愛いからねえ
節くれだった不器用な手で頭を撫でてくれた日。初めて魔法を教えてもらった日。熱を出した夜はフランが隣に居てくれたこと――思い出が、次々に脳裏を駆け巡る。血のつながりがなくても、確かに愛情をかけてもらっていた記憶がルーナの中にあふれた。
そして、それと同じくらい、もっとこうすればよかった。あの時、ああしてあげれば――後悔の波が襲ってきて、ルーナはフランの身体に縋り付き、声を殺して泣いた。
フランの張ってくれた結界も、これから徐々に弱まっていく。今までは、街の連中も結界を恐れて手を出してこなかったが、薬草畑を壊せたことで、同じ奴らがまた来るに違いない。
空が白み始めた頃、ルーナはフランの身体をシーツで丁寧に包み、背負った。倒れた時よりも細く、軽くなっていた。背中に感じる重さに涙を堪えながら、森の奥――腐葉土をもらっていた、場所へと向かった。
落ち葉が深く積もっていて獣道からも外れた、誰にも知られない場所。
フランの身体に合わせて穴を掘り、燃え残っていた箒と、いつも身につけていたローブを共に納め、土をかけた。獣に荒らされぬよう、腐葉土を重ねに重ね、切った低木の枝を数本、周囲に立てて、ささやかな墓標とした。そして、今のルーナに作れる結界を張った。
「……フラン。育ててくれて、ありがとう。こんなに遠くで、ごめんね……お花の一本も、供えてあげられなくて……ごめん……またきっと来るから」
薬草畑が残っていれば、と思った。季節が春だったなら、野の花を手向けることもできたかもしれない。でも、薬草畑はもうない。そして季節は晩秋――花の気配すら、どこにもなかった。街で花を買えるわけがない。これが、ルーナにできる精一杯の手向だった。
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星影くもみ☁️