第二章(8)
カルラの誤解が解ければ、また元に戻れるのではないか。ふと、そんな希望が胸をよぎった。けれど、カルラに会うには店へ足を運ばなければならず、今の自分が行っても、話を聞いてもらえるとは思えなかった。委託販売はもう受けてもらえないだろう。唯一の収入源が、断たれたも同然だった。
買い物に出ても、何も買えずに帰る日々。
「フラン、ごめんね……今日も何も買えなかった。またスープで、がまんして……」
このままではフランに食べさせるものがなくなる。なんとか栄養が摂れたらと、いつもの芋のスープに薬草を加えてみようと考えた。季節は秋。森の奥へ行けば、木の実も採れる。それを炒って塩をふり、半分はスープにしたら……。
だが、そのささやかな希望は、すぐに打ち砕かれた。森で木の実を集め、戻ってきたルーナの目に飛び込んできたのは、無残に荒らされた薬草畑だった。
胸がざわつく。駆け出した。
「まって、まって、なんで!」
二人の家には、フランが張った強固な結界がある。だから、誰も家に近づくことはできない。それを理由に、ルーナはどこかで安心していた。
けれど――
練習用に自分が張った畑と作業場の結界は、そこまで強くはなかった。侵入を許してしまったのはそういう事だと思う。未熟だった。もっときちんとフランから色々学んでおけばよかった。そんな後悔が胸に広がる。
この畑は、ルーナが幼い頃にフランと、整えた畑だった。根の細い植物でもよく育つよう、土を柔らかくし、暖炉の灰や腐葉土を混ぜ、丹念に耕した。栄養たっぷりの、生命の場所だった。
そこに育っていたはずの薬草は、根こそぎ引き抜かれていた。植え替えできるように丁寧に抜かれていたならまだよかったけれど、根も葉も茎も、種類もごちゃ混ぜにされ、ぐちゃぐちゃに引き裂かれ、踏みにじられていた。
畑の真ん中には大きな穴が掘られていて、焚き火の跡がある。燃え残った陶器のかけらには見覚えのある柄が見えた。かつての作業道具だった。
「……まさか!」
作業場に駆け込む。部屋の中央にあったはずの土鍋はなく、立てかけていたふたり分の箒は消えていた。棚は引き倒され、そこに並べていた薬瓶はすべて床に落ちて割れていた。液体は木の床板に染みこみ、粉は飛び散って、ひどい有様だった。
フランのために用意した薬。何日もかけて調合した、あれも、これも――すべて、跡形もなかった。悔しい。悲しい。どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか、わからない。いや、もう……わかりたくもない。
寝込んでいるフランに与えられるのは、残っていたわずかな小麦粉を水で溶いた“液体”だけになった。それも底をつくのは時間の問題で、命がそれでつながるはずもなかった。
そして、ある日の未明。
下顎だけの呼吸になった。顎が苦しそうに上下しているがもはや息を吸っている様子もない。これがしばらく続いたあと、大きくため息をつくように一度だけ息を吸って、止まった。
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星影くもみ☁️