プロローグ
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はじめまして。
このたびは『災厄の魔女は幸せになりたくない』を選んでくださり、ありがとうございます。
この物語は、孤独と闇の中にいた魔女ルーナが、少しずつ幸せになっていくお話です。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
読んでくださる皆さまに、優しい時間が届きますように。
最後までよろしくお願いいたします。
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「おはよう……アドリアン」
ゆるやかなシーツの波から、栗色の髪が顔を覗かせた。
ルーナは恥ずかしそうに、そして少し気怠げに目を開ける。
朝の光は春のようにやわらかく降り注いでいたが、ルーナの目覚めは冴えない。
昨夜、アドリアンに何度も求められ、意識を手放すまで甘やかされたせいだった。
でも――そんな気怠さは、嫌いじゃない。
だって、これは“幸せ”の証だから。
「おはよう」と声をかけたのに、アドリアンからの返事はなかった。
寝息も聞こえない。
先に起きたのだろうと寝返りを打つと、そこにいた。
穏やかな微笑みを浮かべ、銀の瞳がこちらを見つめていた。
「おはよう、ルーナ。身体……大丈夫?」
「ん……へいき」
頬に添えられた手のひらに顔をすり寄せると、アドリアンの体温がじんわりと伝わってくる。
それはとても心地よくて、胸の奥が満たされていくようだった。
――ずっと、こうしていたい。
「名残惜しいが、そろそろ起きようか。風呂にする? それとも朝ごはん?」
ルーナの額にキスを落として、アドリアンはベッドを出る。
ガウンを羽織ると、同じものをルーナにも着せ、腰の紐を軽く結んで抱き上げた。
膝裏と背中に添えられる腕。その動作はもう習慣のように自然で、優しさが込められている。
足が不自由なわけでもないのに、アドリアンはいつもルーナをこうして運ぶ。
浴室へ、居間へ、食堂へ――どこへ行くにも。
最初の頃は戸惑って抵抗していた。
自分で歩ける、とアドリアンの腕の中で暴れたりもした。
でも今はもう、されるままになっている。
だって――
こんなふうに大切にされることが、心地よくなってしまったから。
養い親に愛されていた記憶もある。けれど、
誰かに頼ることを、自分には許されないとずっと思っていた。
頼っても裏切られる、そう思い込んでいた。
でも、アドリアンはいつも言ってくれる。
「甘えていいんだよ」と。
どう反応していいかわからず戸惑っていたルーナにも、今ではその言葉が胸にしみて、自然と頼ることができるようになってきた。
「お腹すいた……ごはんがいい。オレンジジュースも飲みたい」
アドリアンの腕の中で、ルーナは小さくつぶやいた。
「うん。じゃあ、まずは朝ごはんにしよう。風呂はあとで、一緒にね」
「ありがと、アドリアン……だいすき」
アドリアンの首に腕を巻きつけて、肩に顔を埋める。
「……ルーナは幸せか? 生きる気力、湧いてきた?」
「ん……まだ、ない……」
――幸せを感じたら魂を刈り取る。
それがアドリアンと交わした、最初の約束だった。
だから、この問いにはいつも同じように答える。
本当はとっくに幸せを感じているのに。
温かなベッド。誰にも蔑まれない毎日。美味しい食事、清潔な衣服。風も雨も届かない穏やかな場所。お金の心配もない。無意味な誹謗も暴力もない。
そして、なにより――自分を大切にして、心から愛してくれる人が、傍にいる。
幸せじゃないはずがない。
けれど、決して「そう」と言えない。
言ってしまえば、この穏やかな日々が終わってしまうから。
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お読みくださり、誠にありがとうございました。
孤独だったルーナが少しずつ心を開き、幸せを見つけていく旅路を、
最後までご一緒いただければ幸いです。
これからも彼女の成長と変化を見守っていただけると嬉しいです。
心からの感謝を込めて。
星影くもみ☁️
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