第八話
〜〜〜〜〜〜〜〜以下回想〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
初めて祖父に会ったとき祖父は誇らしい顔で僕を見つめていたらしい。祖父本人よりも、祖父に見せてもらった写真のほうが幼すぎた僕には魅力的だった。しかし、本当はただ金色に光る花型であり華型
である、警官帽に胸の刺繍が特別に見えて、次に目に入ったのは腰から雑にぶら下がる無線だった。
アンテナに目を奪われて指でしっかりとなぞりながら、母に思わず聞いた。
「これは何?」
こちらに向き直る母の話しをゆったり聞いていた祖父。シワの多い首を懸命に伸ばして孫とその指先を見つめる様子はさながら亀のようだった。
「んん?それは無線だな。」
祖父にはこの説明とも言えないような受け答えで満足したらしく、こちらに向かって微笑んでいたが、母が助け船を出した。
「お父さん、実際に買ってどんなものか教えてやってよ。」
祖父は感心して頷いた。
後日、おもちゃの無線を買い与えられた僕はそのアンテナをしきりにいじっていた。急に網状のところからあまり聞き慣れていなかった祖父のしゃがれ声が聞こえる。
驚いた僕。待ってましたとばかりに母が語る。
「ここのボタンを押して何か話してみて。」
『…ザザ、僕はお腹がすいた。』
『…ザザ、そうかい?なら居間においで。おばあちゃんが美味しいもの作ったから。』
記念すべき初無線通信は、なんだか楽しい雰囲気だけを感じた。それから、通信を続けると次第に特別なことをしている気分になり、祖父にどんなことでも報告した。祖父の家の客用布団にオネショしたことも。おかしいのは、祖父の方が声を弾ませている様子だったことだ。
中学受験をした。受験期にも、お盆には祖父の家で過ごす。無線通信はパタリと止む。休憩のときに、僕の祖父は勇気を出して無線を持って僕の目の前でそれを使った。
「……無線、今年は持ってきてないよ。同じ家の中ですぐ近くにいるのにわざわざ使わないでよ。」
祖父はしょんぼりともしなかったが、僕のことを成長したことを喜ぶ表情と受験の心労を心配する表情
が混ざる何とも言えない顔で僕の勉強用の部屋を立ち去った。
高校は何もなかった。'一生に一度の思い出'を
語れば容易に神秘化するのが青春だ。
つまり、それだけ根っこの部分は単純かつ底が浅い
ということなのだ。
大学、遅めの反抗期が来た。アメリカのヒッピーに憧れて、そして良くない雰囲気の人間に積極的に
近づいた。ジョン・レノンが好きなくせ、歌詞とは
反対のような緊張に満ちた2年間を過ごして、無事
に無傷のまま軌道を修正したが、無事に中退。
軌道修正には祖父の貢献があった。ある日祖父の方
から家にきた早朝の帰宅にも、高齢の祖父には全く応えないようだった。自分の部屋にあがるための
階段の前でじっとこちらを見つめる祖父。
クリント・イーストウッドのような険しく
シワだらけの目元をしたかと思えば、結ばれた目をトロリと緩めてただ一言、
「お前はハラハラさせてくれる。」
この一言が僕がのめり込んだ世界の小ささを感じ
させた。年を重ねた人が若者の反骨精神を掌の上で俯瞰して眺めているという事実に耐えられなかった
この1ヶ月後に脳梗塞により、あっけなく祖父は
死んだ。ひっそりとした葬式でお棺に花をねじ込む際に、祖父の手には思い出のトランシーバーが
握られていた。
家に帰ってクローゼットの奥から同じトランシーバーを引っ張り出す。ピンの部分に付いている紙に
驚いた。挟まれた紙を広げてみると、見たことの
ない字でこう書かれていた。
〈苦味を楽しむこと。〉
すかさずトランシーバーの写真を撮ったのだった。
刑務所よりもひどい環境でおなじみの警官学校を決死の思いで脱出(卒業)の後、交番での研修が始まりまたしても押し潰されそうになる。
「'人なみ'には二度と戻れない。」
交番の中でつぶやいた。口に出したから気休めになるというわけでもなく、この感覚は紅茶にシロップを流し込むようにゆっくり、ゆっくり、渦巻いて頭から離れようとしない。
この国は悪に寛大であり、正義に容赦が無い。
正義に人は甘えてしまうものだ。とりわけこの国の人々は疲れ切っているために常に胎盤のような心地よさ、絶対安心の存在を税金を使って飼い慣らしている。自分達の所有している権利であるはずだと勝手に警察をくくりこむ。
'苦味'、良薬を飲んでいるから感じるのかそれとも自分の内臓を舐めているのかわからない。
苦さだけがしっかり心に沁みている。
ふと目を開けた。最近はしっかり寝ていなかった
ことを踏まえると悪くない気持ちよさを感じたが、
そんなことを言っている場合じゃない事態だ。
集団誘拐なのだとはっきりしたときには、周りの人に囲まれて職務の責任の突き抜けるような重さを
しっかりと自覚した。この状態を抜けたときに
傍らに立っていた少女は僕の顔色の悪さを心配していた。すぐに大スクリーンのキツネに目を奪われていたが。
助けようと思った。ここで決定的に自分の人生が
動くタイミングなのだと確信した。渋谷ハロウィンに投げ出されたとき、少女は自分のやろうと
していることを細かく説明してくれた。自分が運命
に導かれるのを自覚するほど都合がついていた。
能力もまた、
〈助けが一番必要な人の声を拾うトランシーバー〉
彼女の計画に絡むものだった。
服に着替えているときに、最後に計画に加えた
亀螺鈿音という女性の心の声がトランシーバーに
入ってきた
『何よう、ルール読み損ねちゃってんじゃないのようページをめくる矢印見落としてんじやないわよ』
可笑しいと思ったせっかくならこの人とペアになろうと思った。爽やかな気持ちで集団に戻っていく。
僕の人生は再び明るさに包まれた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜回想終〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あ、そうそう。着替えている間にさ君たちのうち俺が知ってる限りの武器と能力はぷるウォの掲示サービスに載せといたから。あんまここでぐずってる場合じゃないと
思うよ。他の奴らはすでに渋谷駅で待ち構えてると思うから。」
文にしてみたなら余裕まで感じるところだが、その場で聞いていた他の9人は、その声が緊張から
わななきところどころで息が上がっていることに
はっきりと気づいていた。
鈿音が起きると拘束時間に1年加算されているのを
見た。
そして、光に包まれていく警官のおもちゃの
トランシーバーから
『……帰りたくない。』
と聞こえた。