第四話
ものすごいショックを受けると人は何もできなくなるらしい。鈿音もやはり何もせず、生唾を飲み込むにも喉もまともに動かせない。
キツネは全員が沈黙を保つのを知っていたかのようにまくし立てる。
「さて、まずは貴方達の腕にはめられている物についての説明から始めます。名前があるほうが便利ですなぁ。『ぷるぷるウォッチ』でよいでしょう。略して"ぷるウォ"は貴方達におおいに役にたつ代物です。」
「よっと、さて小さい画面から失礼しますよ。こちらの性能ですが、貴方達は何らかのSNSサービスを利用中かと思います。その中でもピカイチのアイコンを選択してもらいます。」
ぷるウォのキツネが消えて白い輪っかを中心に見覚えのあるアプリケーション達が囲むように現れる。
鈿音は輪っかのとなりにただ一つ浮かぶアプリケーションを見る。そのぼやけた光をながめる。ようやく周りの人間が騒ぐ元気を取り戻したことに気づく。
「従うと思うのか?この監禁犯め!」
「お家に帰して!」
「商談成立のために顧客のところに向かう必要があるんだ!」
「ウチ、学校これ以上休むと留年〜」
鈿音が予想していた通りの喧騒が耳に届く。脱出しようとスクランブル交差点の端をなぞるように動いている者も見受けられる。
キツネが大型スクリーンに移り映る。すぐに肉球のついた手しっかりと見せつけるように腕を広げて、素早く手を閉じる。肉球が弾けてしまったのかと疑うほどの破裂音。人間の体には底まで響く。全てが停止する。キツネは余裕で話しだす。
「'神経封じ'です。貴方達の体の主導権は私にあるのです。抵抗する自由は差し上げますが、それは身体の自由を手にして始めて価値のある行動だと思います。」
ようやく泣きだす者が出始める。ここから出られない――出られない!引き攣ったように体を強張らせる人間ばかりなのは、果たして'神経封じ'のせいといえるか…。
鈿音は再びぷるウォに目をやった。大きな事件に巻き込まれたときには映画やドラマのようにクールに対処すると心に誓っていた。実行するときがきた。
鈿音は迷いなくアプリケーションを指で触れた。
トラウマのブログ活動に使用していた湿板写真専用カメラだ。亀螺家の家宝である。またしても、ゆとりを感じる声が交差点に響き渡る。
「これから貴方達にする説明をしっかり聞くことをおすすめしますよ。脱出するための手段、条件をお教えするのですから。」
監禁され、普通の態度をとる人々は一人また一人とアプリケーションを選択し、各々のアイコンが決定された。
誰もこのアイコンが脱出の鍵になると考えもしない。
鈿音でさえも。