第三十九話
首を掴む力が弱くなり、鞠雄の体の動きが引きつり気味になったのをキノ婆は確認した。
同じく、停めてある車の中でキャッスル社の騒ぎを見守る斧たちも、今の動きを見てある不安を感じていた。玖波氏が情報を無事に抜き取ったのかだ。
〔和院と決闘するはずではなかったのか?なぜ亀螺の首を掴んでいる?周りを全て傷つけているなか?そうなれば玖波氏のことも襲っていたのでは?〕
綿密に計画を立てたからこそ斧の頭の中で、疑問の渦は大きく、深く巻かれていった。
だが、待つしかない。今あそこに飛び込むのは色々なリスクを負うことになる。
持ち上げられながら鈿音は妙な案を考えた。花に出前を取らせよう。
鞠雄にカツ丼を食べさせるのだ。倒し方を吐かせよう。
口に無理矢理突っ込む方法を考えたが、その案までは出てこなかった。
キノ婆はロビーに出てきた玖波氏に目をやる。
「お主はここの社長じゃ。お主の車に酒を積んどるな?」
「何だお前は?急いでいる。ただ事じゃないから避難しなくては。」
「嘘をつかんでよろしい。酒を持ってこい。そしたら、あの若造を運んでやる。」
キノ婆の杖の先には斧たちが見せてきた少ないパワーポイントの画像にいた玖波jrがいた。
玖波氏がボディガードに助けだすように伝えておいた。すでに、玖波氏のボディガードが玖波jrを運び出していた。
「どけ!」
玖波氏は自身の安全のために、会社のために空港に急ぐ。
鞠雄が大声の先を見た。鈿音を放り投げる。
葛藤により冷静さのある状態の鞠雄は目の前の光景をかろうじて理解していた。
まず、キノ婆。桃姫と同じ雰囲気を感じる。
そして、玖波氏。キャッスル社の社長だ。桃姫の勤め先だ。故郷から桃姫を奪った張本人ともいえる。
怒りが鞠雄を支配した。やがて、無意識に戻っていく。
「東京にぃぃ!連れ去ったぁぁぁ!」
言葉と共に走り出す。
鞠雄の腕を横に広げて走るフォームに対して、キノ婆が杖を折りたたんで構えた。
「イノシシより怖いぞい。」
キノ婆は笑いながら鞠雄を受け止める。
鞠雄は受け止められた直後にスピンして跳んだ。
軽いキノ婆は吹き飛ぶ。
そのまま玖波氏を追いかけ始めた
玖波氏は訳も分からずに燃える社ビルの方へと逃げ出した。
やっと車から出た斧が素早くキャッスル社へと向かう。
「そこのお前!止まれ。」
玖波氏のボディガード3人の内の1人が止めに入った。ボディガードは全員がキャッスル社を傘下にする外国の巨大企業が元締めのセキュリティ会社から派遣されているらしく、黒人でマッチョだった。
バカにするように英語で話しかけてきた。
「今からここに来る奴を1人1人検査するように言われている。中は火事らしいが、どうしてこの中に入ろうと?」
「人を助けるんだ。お前たちも協力しろ。」
ボディガードたちは笑った。
斧に声をかけた男がまた話し出す。
「ここの会社のボディガードを本社から任されたが、やはりアジア人は頭がおかしいぜ。依頼人は火の中を1人で飛び込むしよ。お前みたいなバカがまた死にに行くらしい。」
「こっちを手伝え!」
2人のボディガードが車の中に玖波jrを連れ込むのを見た。計画では鞠雄との和解を済ませたキノ婆に誘拐してもらう手はずだ。
「とにかくよ。ルールなんだ。お前らがどれだけ勝手してよ、どれだけ死のうが関係ないがよ、指示に従わないと俺たちが本社から減点喰らうんだ!」
スラングだらけの汚い英語だった。
「日本人、いや、アジア人が嫌いなようだな。そうかそうか。」
斧は文法通りの英語で目の前のボディガードの肩を触った。
プロのボディガードでも避けられない程素早い動きだった。
玖波jrを連れ込んだボディガード2人が驚いて駆け寄る。
「おい!お前は!どういうことだ何でアイツのIDカードをつけている?」
「なんだよ俺だよ!」
男はそう言いながら、玖波氏の車のサイドミラーを眺める。
そこには、見慣れたような見慣れないような顔のアジア人が映っているではないか。
このゴタゴタの間に気絶した玖波jrは寿限無(ミニ四駆の男)に斧たちを乗せてきた車の方に移動させた。
高級外車の中にあったシャンパンをミニ四駆で運んで斧に渡した。
「おい!アイツどこに消えた!」
ボディガードの1人が混乱して言う。
「俺はコイツの対応をするからお前は依頼人の元へ行け!」
斧はロビーでキノ婆に合流した。
「計画は大きく崩れたよ。」
「うんうん。そうじゃろうて。今のお主こそ若さの象徴じゃよ。」
「ふ〜。これを。鞠雄を止めてくれ。機会を伺って俺は玖波を回収する。」
斧がキノ婆にシャンパンのボトルを渡す。
キノ婆が一気にそれを飲み干して、大きな口を開けた。ポコという音の可愛らしいゲップをして、アイコンをタップして鞠雄を追いかける。
斧はノールックで追ってきたボディガードを撃ち殺し、ロビーの床に直後あぐらをかいた。
鈿音は美琴を掴んで、無理矢理に定食屋に向かっていった。
寿限無は玖波jrを見張っていたため気づかなかった。
(今、定食屋は照珊とオカミとオッチョチョの3人だけ。カツ丼男はここに出前する役を演じながら来るはずよ。計画が変更になったっていう嘘をまんまと信じていたわ。それにしても驚いたわ。私が2つの陣営を裏切れば美琴を守れる。この計画を提案したのはオッチョチョよ。大胆な子だわ。キャッスル社から定食屋までの地図まで持たせてくれて。)
鈿音が美琴の手を引いて走る。不思議なことに美琴からは何の質問もなく、抵抗する様子もみれない。
鞠雄から守りたくて必死な鈿音はどんどん進んでいった。
鞠雄とキノ婆は素早く殴りあった。互角である。
鞠雄はそこらに転がっていたピンポン球を火の中に投げてキノ婆の方に跳ね返る。
燃えたピンポン球はキノ婆が消火器をホースを掴んで振り回すことでまた弾かれた。
社内の奥へ奥へと逃げる玖波氏が考えていたのは屋上のヘリポートだ。
幾らあの男の運動神経が優れたものであっても人間が飛ぶことはできない。
ヘリコプターを呼ぼうとしたが、電話から繋がらない。
照珊が電力会社に干渉してキャッスル社に配備されている外部連絡する手段を使用不能にしていた。
そのために定食屋の2階には高性能のコンピュータを並べておいた。
「屋上に出る訳にもいかない。どうすれば。あの老婆が窓ガラスをやたらめったら割ることで息は出来るようになった。だが、このままじゃ異常者に殺されるか、焼け死ぬかだ。一階ロビーの火もどんどん強くなっていた。まずい。会社などどうでもいいから生きたい。」




