第三十七話
遡ること斧の作戦会議。斧がキノ婆に与えた役割は、
「今回、おねえさんに与える役割はキツネのドッペルゲンガー制作を止めることだな。必須ではないが、社長から書類を奪ってくれたら尚良い。」
「老体に鞭打つつもりかな。お主も生き急ぐのぉ。」
また、少し遡ってキャッスル社。鈿音1人がロビーにいたとき。
キノ婆は社員の持っているスマートフォンを片っ端から叩き割っていった。
「ほんじゃの。わしは地下に向かえば良いのかな。」
「そうよ。ありがとね。」
「今日の晩酌はマズそうじゃないかの?」
そしてキノ婆は地下にあるスーパーコンピュータに1番最初に辿りついた。
現在に戻る。
「…場所を変えませんか?上の階とか。」
「うん?喋るのがガチンコバトルなのかな?」
鞠雄は俯く。そして部屋の外へと走り出した。
一階ロビーに向かう。
「そうか。ロビーにはお主の仲間が集まっとるんね。いいじゃろ。」
キノ婆は類のノートパソコンをフリスビーのように投げる。
ノートパソコンは重さなどないようにまっすぐの軌道で鞠雄の進行方向の先に滑り込んだ。
階段に続く長い廊下の端にノートパソコンがちょこんと置かれた。
ノートパソコンは床に着地した衝撃でbのキーが吹っ飛んだ。
ノートパソコンの画面からbの文字の3Dモデルがもの凄い勢いで流れ出た。
「婆ちゃんの豆知識じゃ。機械は叩けばいい感じに働いてくれる。」
鞠雄がbの波に飲まれている。
「さぁ、わしも走ろうか。」
鞠雄は振り返ると唇を結んでアイコンを押した。
〔どうかあのおばあさんを傷つけませんように。〕
鞠雄の願いが叶ったのか、クロールのフォームでbをどかしながら、流されて戻された距離を走り出す。
これぞBダッシュである。
「………」
鞠雄はアスリートのように黙々と進み続ける。
キノ婆は自分のガウンを蛍光灯に巻き付けて、体を揺らしてツタを手にしたターザンのように跳んだ。
一気にbの波を乗り越える。
キノ婆はそのままの体勢で鞠雄に飛び蹴りを放つ。
能力を使用中の鞠雄はあえて大量bの中に飲み込まれた。
キノ婆はパソコンを乗り越えて階段の元で待つことにした。
その様子を感じ取った鞠雄はbの波に乗ってコンピュータのある方に戻っていった。
社内制圧チームの作戦通りに鈿音は鞠雄たちの元に駆けつけた。
実際には、鈿音の真の味方であるキノ婆と合流する形となった。
「うぬぬぅ。鞠雄の奴め逃げよって、ガチンコバトルが出来んのじゃ。」
「それじゃ、何かあいつが本気になりそうな方法ないかしら?」
「う〜んとな、これはわしらだけの秘密にしたいのじゃがな、わしがあの男と積極的に戦うのはな、全て孫のためなんじゃ。」
「???」
「わしは古くから拳法を習っておった。子供の頃は中国で暮らしとってな。拳法とは愉快な哲学じゃ。人の在り方を脳ではなく体で学ぶのよ。」
「さぁ、わしにも夫が出来て、娘が出来て、孫が出来た。伴侶の選抜において、脳で考えるのはあまりにも雑味の多い。見定めるべきは体の動きよ。嘘もつけず、先入観も無し。公平かつ間違いがない。」
「関係あるの?」
「孫娘の名は和院 桃姫 {わいん とうき}
鞠雄と勝手に許婚の関係になっとるんじゃ!」
「わしは、孫のためになら全てをかけるんじゃ。
子孫とは、唯一の自分であり他人である存在じゃ。そこに人生を歩む右足も左足もない。」
「ええ。わかったわ。やろうとしてること。あんたも聞いてたでしょ?」
「聞いてたわよ。和院桃姫ね。はい。声のサンプルよ。1番近いの選んで。」
鈿音の持つスマートフォンは照珊と繋がっていた。
照珊は音声生成アプリのサイトに飛ぶリンクを貼った。
「よし。これじゃ。」
キノ婆の選択はすぐに照珊に履歴として共有された。
(キノちゃんの孫娘ってATMみたいな声してんのね。)
「この声を加工していくわよ。声の特徴を教えて。ハスキー?喉に膜張ったみたいな喋り方?」
「うんとな、宝塚ジェンヌみたいな声じゃ。」
「はい。分かったわ。」
(分かったの?)
声は耳の奥に響くような加工が施された。
「年齢も参考にするわ。何歳よ。」
「23じゃ。桃の一生なら花の満開に咲く頃じゃな。」
「はい。イントネーションは?」
「世間の20代の娘ような、目を合わせた時の猿みたいな喋り方だけはさせないように徹底したぞい。落ち着いて、淡々と話すんじゃ。」
「完成よ。聞いてみて。」
「うんうん。間違いないの。この声じゃ。」
桃姫の声は設置されたばかりの音声の調子の良いATMみたいな声らしい。
「この声でキノちゃんが悪役のフリをすればあいつは本気で戦う……のよね。」
「ああ。間違いないぞい。奴は右足、つまり自分のために生きすぎておるからな。」
「へぇ。てっきり自分勝手に生きてるのは私の方だと思ってたわ。」
キノ婆は顔をクシャクシャにして笑った。本気で笑うとこうなるらしい。
「出来たわよ。」
『助けて鞠雄!知らない人達に捕まってるの。盗み聞きして、おばあさんがリーダーだって……ちょっと…やめて…キャア!』
人を殴る音から、感情表現まで巧みに音声が作られた。照珊はこれを2人が会話をする一瞬の時間で作りあげた。
「私が改心したフリをして聞かせてくるわ。」
鈿音が研究中のスーパーコンピュータのある部屋に入る。
鞠雄がぷるウォのアイコンを触るすんでのところで
指が止まった。
「鈿音さん!おばあさんに何かされませんでしたか?」
「鞠雄くん。キツネを作るのね。その前にこれを聞いて。緊急らしいの。」
鈿音は先程の、音声を聞かせた。
「……いや。おかしいところがありますよ。この音声は僕とあのおばあさんを戦わせる誘導のためのものでは?そもそも、桃姫がこの世界に来てないことは確認済みですから。」
(斧からね。その情報の対価に情報屋のフリをしてたんでしょ。)
ここからは鈿音のアドリブである。
「私の仲間に照珊っていう女の子がいるのよ。
能力はね……」
鈿音は斧にした質問を覚えておけるようにした録音を流す。
『名前は照珊 不恩 {てれさ ふおん}。』
『こちらの主戦力だ。情報収集を担当している。
アイコンはスマートフォンで、能力が
〈現実世界と繋がるスマートフォン〉だ。』
「そうよ。このスマートフォンは現実世界と繋がっているの。あの人じゃないわ。別のおばあさんがあなたの大切な人を誘拐しているの!」
鞠雄の顔が酷く青白くなった。
「そんな……………じゃない」
「こんな事をやっている場合じゃない!!」
この大声で素良が目を覚ます。
目の前に立つ鈿音を一瞥して叫んだ。
「おい、鞠雄!鈿音は裏切り者だぁ!」
素良の発言が終わると同時に鞠雄はアイコンをタップした。
鞠雄は無意識になる。素良と類のぷるウォを、そのまま鈿音に向かって突進して、鈿音のぷるウォを自身のぷるウォと重ねた。
「……鞠雄?どうした?」
「………」
無言、そして無意識のままに、まだ起き上がれていない素良と気を失ったままの類の足目がけて銃弾を撃ち込んだ。




