第三話
「できたから座って〜」すぐ横の部屋なのに大きくハリのある声をだす。床に投げだすファンデをつけた(実際にはついてない)人形は畳だから思いの外によく滑った。
「スクランブルエッグだね?」
「炒り卵よ。保育園の用意してある?」
私のおしゃれ呪文を華麗に跳ね返す母。だけど、まったく懲りずにまた新しい呪文を覚えようと今日も魔女に教わりに行く。
スクランブルエッグを食べつつ飲み物に手を伸ばす。
魔女に教わった持ち手の輪っかに指を通さずにその輪をつかむ持ち方で飲もうとした。が、プラスチックの小さいコップに子供の不安定な手。相性は最悪だ。
「パジャマが真っ白じゃない!」
しばらく呆けていたがすぐにティッシュで拭いてくれるお母さんのその手の感触を認識できないところで目が覚めた。
「オオゥ…ッ!オオエェェェ〜〜」
急に光を浴びたのはまずかったようだ。介抱の手を今度はしっかり感じたので他に人がいることを確認。
「ありがとうございます。」
振り返ると、見慣れたがこの目で実際に見るのが初めてな景色が広がる。
鈿音は今、渋谷はスクランブル交差点にいるのだ。
道路に目をやるが、吐瀉物まみれかと嫌な予感がしたのに反し綺麗なものであった。
「もう大丈夫ですか?」
介抱した人のちょっと震えた声を聞きすぐに答える。
「お酒飲んで吐いたなら今の状況にも納得できるんですけど。どうもシラフで訳の分からないことに巻き込まれてそうで……あなたも?」
みるとなかなかモテそうな、でも穴場そうな女の子が立ちすくんでいる。鈿音は周りに目をやる。
若い子の実に多いこと!デジタル世代?ならば暗がりで急に強い光を受けても平気なのだろう。
(まったくいいように進化するね人類も)
目の前の女の子は気をつかって笑顔をつくり
「あのー他の方が心配ですので見てまいります」
そう言うやいなやそそくさと背中を小さくしていった。鈿音は女の子が動揺しているのだと割り切ってしっかりと周りを見渡す。
不測の事態にも関わらず冷静な雰囲気であるのはパニックになりそうな人に落ち着くように声掛けをする者達がいるからだろう。
ここには鈿音の村の総人口分くらいの人がいた。
全体に呼びかけをするには最良の選択であろう
大型ビジョンに巨大なキツネが浮かびあがる。
背広はツヤが妖しく光り、きっちりと結ばれたネクタイにはこちらを見張るような宝石の入ったピンがついている。ステンドグラスの色つきガラスのみが光の供給源なのか洋館特有の薄暗さを感じさせる。
キツネはすぐに話し始める。
「あなたたちを監禁させていただきたい。」