第二十九話
「いらっしゃい。」
メガネにバンダナをつけた標準的なオカミが出迎えてくれた。
「好きなとこに座んなさい。」
「いや、ここだ。」
鈿音たちを連れてきた男は1番奥の席の更に店の奥側のイスに座る。
最後のパスワードの駐車場で出会ったであろう男が運転手としてきているはずだが、店に入って振り返ると男どころか車すら消えていた。
「食べてぇこれ、サービスだから。」
標準的なオカミは席にカツ丼を4つドカンと置いた。
「食べろ」
男が3人に向かってカツ丼を勧める。
「今は空腹ではない。」
素良は箸に手をつけることもなく腕を組んで男に向き合っている。
「そうか、お帰り頂こう。3人とも。」
女性はカツ丼をほとんど口からこぼしながら素良に抗議した。
「食べてください!お願いですからぁ」
素良と鈿音は渋々カツ煮をひとつかじる。
「よし。ここには戦闘に来たのか目的は?」
男はぷるウォを取り出して、アイコンをタップした。
「いや、ここには情報を入手しに来た。」
「情報が欲しくて来ました。」
「なりゆきよ。」
3人は意思とは関係なく口が動いていた。
「能力を聞こう。」
「俺は閉まっていたり鍵がかかっているものを大体開けるピッキング道具を使える。」
「私は透明で球型のものから覗いた相手の未来を見られる能力です。」
「鍵盤ミサイルよ。」
「うん?鍵盤ミサイル?」
「おい!何を食わせた?答えろ!」
素良が喉に指を突っ込んでカツ丼を吐き出そうとした。
「大丈夫だ。落ち着いてくれ。食べたのはただのカツ丼だ。察しはつくだろうが俺の能力だよ。」
「どういう能力だ?」
「済まないが教えられない。まぁ予想してみろ。」
素良が口を結んで大人しく座り直した。
「最後だ。欲しい情報について教えてくれ。」
「老婆を探している。ワインレッドのガウンにブドウ柄の服。酒の匂いを漂わせている。」
「私は、自分の能力をどうにか自分に使いたいんです。能力を工夫する……方法が知りたいです。能力も不便です。できることならもっと強力な能力にしたいです。」
「…強いて挙げるなら根戸 鞠雄についてよ。」
「ああ。ありがとう。ここで待っていてくれ。」
男は店の2階に上がる。気まずい空気の中で、オカミがお冷をそっと置いた。
「あのさ…ちょっと思ったんだけど。あんたじゃないわ。能力を自分に使いたいってとこよ。えーと、鏡は試してみたの?」
女性は体をビクリと動かす。
「ああ…あのぅ。ないです。考えたこともなかった。お手洗い借ります!」
女性は早歩きでお手洗いに向かう。
男が2階から戻ってきた。
「これが情報の載っている紙だ。報酬の交渉をしよう。」
「どうせ能力を提供させるつもりだろう。パスワードを探すときにわざわざ不良に絡ませたり、ぷるウォ持ちと戦わせたりするのも、能力を知るためだろう。」
「正解だよ。情報屋は警戒心こそもっとも大切だ。君たちの情報は男の方が能力使用3回。女の方は残念だが情報は渡せない。悪いな。」
お手洗いから女性が出てきた。足取りはスキップ混じりだった。
「報酬についてだ。能力使用1回を俺に。」
女性が頷いて、情報の紙を確認する。鈿音は後ろからこっそり紙を盗み見た。
"鏡を使用してみてください"
こう書かれていた。
女性はキョトンとした顔で鈿音を見ていた。
鈿音は呆れたように顔を振って見せた。
女性は涙目になっていた。
「君の場合は今すぐに使ってもらおう。透明な球は持っているか?」
「……ぅうわ!私か。ええここにビー玉が。」
「能力の未来とはどの程度だ?」
「はい。色々説明するなら、まず、1人1日に1回までしか未来を見れません。見える未来についてもランダムで、いつの時点の未来なのかは分かりません。見える時間は10秒程度。この未来は変えることが可能です。」
「そうか、中々複雑で悩むわけだな。いつでもいいぞ。」
男は静止して定食屋の奥の壁にピッタリと張り付くように立った。
女性がビー玉を覗き込む。
「何が見える?」
男は質問しながらアイコンをタップした。
「はい。あなたが出前をしている姿が見えます。場所は……?どこです?ここは?どこかのオフィスのようです。」
「そうか。ありがとう。ところで、君はこの2人とはどう知り合った?」
「あの…ほとんど初対面です。」
「はは。そうか。君たち2人はぷるウォを持ってないんだな?」
「ええ。そうよ。」
「ではこの女性を私らで監禁してもいいな?」
カツ丼ののったテーブルの下をミニ四駆が駆けていいる。女性はミニ四駆に気づいて震えている。
「君たち2人は特別にこのまま何もせずにお帰り頂けば情報はタダで提供しよう。どうかな?」
「いいわよ。」
鈿音はすぐに店を出ようとした。女性は席から崩れ落ちて必死に呼び止めている。
「うわーん!何、何?いいんですか?私はあなた達に未来をぉぉ伝える約束しましたヨォ。助けて!」
「さぁ行きましょう。」
鈿音は一瞥もせずに歩き出そうとした。
「いや。俺はここに残る。」
「ハア?」
「俺らはほとんど情報を抜かれたのに対してこいつらの情報はほとんど分からないままだ。こいつらの目的、気になるんだろ?」
「まぁ…。それ、私も残るのが確定じゃない。」
「ああ。済まないな。」
「そうか。だが何ができる?」
鈿音はアドリブで答える。
「交渉よ。交渉できるってことだけ伝えておくわ。便利な能力を集めてるんでしょ?」
「どんな交渉をするつもりだ。」
男はアイコンをタップして質問したが、鈿音のちょっと食べたカツはもう消化されているのだった。
素良が席から立ち上がる。
「まぁ予想は出来たが、〈強制的に自白させるカツ丼〉とかだろうな。消化された今、能力は発動しないようだな。」
「ふふ。あなたの能力は把握したわよぉぉ。」
男の方へにじり寄って鈿音はプレッシャーをかけた。
鈿音の足下をミニ四駆がぐるぐると周回している。
「それと、2階にいるであろうこの集団を取り仕切っている奴をここに出してもらおう。」
男の後ろの階段から降りてくるときに鳴る木の軋んだ音が聞こえてきた。2階から降りてきた男はスーツ姿に胸ポケットにメガネを、レンズの方が出るように差し込んでいた。
「いいだろう。俺の名前は
木割 斧 {きわり おの}。これは根戸鞠雄の情報だ。渡すよ。これでお前達がここに来た目的は果たせたんじゃないか?」
「いいえ。私はなりゆきで来たの。目的なんてないのよ。そこのカツ丼君の名前は?」
「知ってどうする?爆喰 花 {ばくく はな}だ。もう下がっていい。車も引っ込めてくれ。」
「正直、ここに辿り着いた時点で俺の君たちに対する評価はとても高いぞ。監禁なんて酷い真似はしたくないさ。」
[!そうか、ここまでの手間をかけてここに来れた俺たちに興味があるからこそ、交渉に応じると踏んだわけだな。]
素良は感心して、思わず笑みが溢れた。
鈿音はプレッシャーを与える態度を崩さない。
「あんた!あんたも名前がわからないと不便ね名前は?」
鈿音は女性に素早く向き直る。
「乙地世 千代子 {おつちせ ちよこ}です。
みんなからはおっちょこちょいのオッチョチョて呼ばれます。」
「先程は勝手な発言で不安にさせてしまい申し訳ありません。千代子さんは私達の元で保護という形を取りませんか?これはあなたに拒否権がある提案です。」
斧は先程とは打って変わって丁寧にオッチョチョに語りかけた。
オッチョチョはポカンとして突っ立っていた。
鈿音は急に現れた男に頭がパンクしそうだった。
「それより!あんたのことよ!何が目的よ。それにどうしてこんなに手が込んだ仕掛けを用意したの?」
「残念ながら答えられないな。お前達は信用がないんだ。情報屋にとって信用は命だ。」
「なら、この情報はどこまで信用できる?」
素良が手元の紙をヒラヒラと揺らす。
「そうだな。俺のこの用心深さや、お前達がここに来るまでの道のりの企画力とかだな。」
「いいわ。この情報正しいもの。でも、それって根戸鞠雄とあんたに関係がありそうなのよ。それについては?」
「つまり、情報の出どころについてか?あなたに投資する価値がありそうなら話そう。」
鈿音は無視して独り言を相手にもしっかりと聞こえるように言った。
「うーん、根戸鞠雄が何で情報屋を自称していたの?あの子は目的に対してほとんど何にも知ってそうにないのよ。」
斧はどっかりとくつろぐように定食屋の床に座り込んだ。
「なぁ。お前達はどんなカードを持っている?
情報か?能力か?人脈か?俺は情報屋を運営しているんだ。商売なんだ。」
斧は鈿音に向かって機敏な動きで指を刺した。
「そして、お前達が欲しがっているのは、1番高価な品物だ。俺たち自身の情報。つまり、情報屋についての情報だ。」
今度は鈿音が気圧されてきていた。




