第十九話
「結局!おばさんとは戦えなかったのか!」
ノースリーブの男はいつの間にか鈿音のすぐ隣に立っていた。
鈿音は身構えた。急いでぷるウォを外しズボンのポケットに押し込んだ。連続で戦い詰だった。今、周りにいる全ての存在は危険なのだと自分にしか言い聞かせた。
対照的にノースリーブ男はケロッとしている。
「ていうことでナンパしよう!」
ノースリーブ男はこれからやろうとすることの不純さとは逆にとても純朴な顔で提案した。
「俺のことは、キャプテンと呼んでくれ!このまま大学棟まで直行する!キャプテンについて来い!」
鈿音は目を瞑り、眉間の下の鼻元を摘んでため息をつく。
「あなた、ここが現実じゃないからって随分と思い切るわね。まさか、私を油断させる気?」
「いや!ルール上同じ相手と戦ったあとは24時間戦えないことになっているから、まだ戦ってない俺を警戒しているんだろうけど、今日はもう戦わない!ルーティンさ!戦う時やタイミングを揃えるように決めたんだ!」
「ナンパいかないの?かわいい子多そうだよ!」
「そうだよ。僕たちは、ルール上接戦に意味がない。つまり、圧倒的に勝てる状況や奇襲して一瞬で相手に大怪我させるしかないんだ。今ここにいる全員が互いの能力や武器を知っている。ジリ貧て奴になりやすいだろう。」
金色のランドセルをさすりながら男がつぶやく。このランドセルは勝手に仕舞えないらしい。変わったペットのようだ。
「ナンパはパスだ。ランドセルを持ってる変な男なんてこっちの世界でも相手にしてくれなさそうだから。」
金色のランドセルは男の不敬を感じ取ったのか、男のさする手を金具が無い分ムチのようになった肩掛け紐で叩いた。
「私もようやく小学校の業務から解放されますから。それにこの意味のわからない男とこれ以上関わり合いたくないので。」
火電は鈿音に会釈して立ち去った。
「じゃあ1人か…寂しいね。でも!行くぞ!」
「まぁ待ちなさいよ!ぷるウォを私に預けてくれるなら、私も付き合うわ。」
「やった!仲間ができた!はい!これ!」
鈿音はノースリーブ男の考えのなさにぷるウォを奪う必要があったのか自問した。しかし、この男ほど囮として利用価値が高そうなぷるウォはあまりなさそうだと結論づけた。そして、そのぷるウォは腕に巻きつけた。
「僕もナンパ行きたい!」
鈿音は小学生に本気のデコピンをした。
そして、ノースリーブ男に腕を強く引かれて大学棟のある方向へと向かった。
「名前!何と言うの!」
「…鈿音よ。デ、ン、ネ。」
「君はボールに例えるなら、ラグビーボールだ!特殊な軌道を描いて跳ねる!」
ラグビーボールが鈿音のところへ転がってきた。
鈿音は迷いなくそれを蹴っ飛ばす。
「やめときなさい。人の性格の数より世に存在するボールの方が圧倒的に少ないわよ。すぐにネタ切れするわ。」
「そういうとこ!ラグビーボールだ!」
鈿音はここまで成功する未来の見えないナンパを知らなかった。
大学棟前の広場についてすぐ、綺麗な女性たちの集団にすれ違う。
「どうしたの?ナンパしないの?」
「いやあの子たちはボールみたいじゃない!もっとボールみたいな子がいい!」
「なに…つまり、デブ専てこと?ここにはいないわよ。女の容姿に関するアレコレは、食物連鎖のピラミッドみたいに単純になってないの。メビウスの輪のように複雑になっているのよ。恐ろしいでしょ。」
「……ピンと来ない!」
「とにかく綺麗な子が多いという印象だけで、ここの大学の子は太っている場合じゃ無くなるの。取り繕って、努力して、ごまかすの。あなたの求める子はいないのよ!」
「じゃあボールみたいじゃなくてもいいや!」
鈿音は疲れていた。なぜついて来たのか分からなかったが、ノースリーブ男の考え方ははっきりと分かる。バカだ。
ところが、そのバカに食いつく者がいた。
「テメェら大学構内でナンパしてんじゃねぇよ!外に行け!構内はここの大学生のものだ。」
「鈿音!コイツ怪しくない?」
鈿音はうなずく。
「あんた学生証見せなさいよ!」
「これ見たら出てけよ!」
荒々しい男は財布から学生証を出した。
「さぁ!離れろよここに近づくな!」
鈿音とノースリーブ男は大学構内から出た。
「何か怖い人だね!」
「不良のくせに頭いいの?インテリヤクザってあだ名ついてるわよ。」
「いいわ。あいつのナンパ邪魔してやりましょう。これでテニスボール呼んでできるだけたくさん。」
鈿音はノースリーブ男にぷるウォを返す。
ノースリーブ男は、みつをの字体で書かれた"ボールは友達"アイコンをタップしてテニスボールを呼んだ。
「さぁ!ジャグリングして!」
「ボールは友達!友達なら、最高のパフォーマンスができる!」
肩まで肘が上がり、ガニ股で首を振り回す様は、悪戦苦闘と表現するのが妥当なものだ。滑稽な姿が大学の門のすぐ横にあり、何人かの大学生は逃げるように別の入り口を目指した。しかし、もっと滑稽なのは最終的に6個のテニスボールで見事にジャグリングに成功したことだった。
通路や歩道を塞ぐくらいの人だかりが出来ていた。
老若男女で構成されていたが。ノースリーブ男は連絡先をもらえたのだった。プロの曲芸師を目指さないかと胡散臭い格好の爺に。仕事道具を持ってきてくれるらしい。
「ハアハア。ありがとう!いいアイデアだった。
お礼に副キャプテンの称号をあげる!」
「邪魔は出来たわね。あと、あなたをキャプテンと呼ぶからその称号は返上させて。」
「水を買ってくる!なんだか体に浴びせたい!」
鈿音は連絡先をもらったことを思い出す。素良にだ。美琴のためにも出来るだけ素良と共に行動した方がいいのだろう。キャプテンとナンパしてる場合じゃなかった。鈿音はぷるウォを取り出す。
校門の方から近づいてきた足音に鈿音は牽制する。
「帰ってきたの?今から電話よ。騒がないでね。」
「いいや今から戦うんだ。」
近づいてきたのはさっき大学構内から追い出してきたここの大学生だった。鈿音の腕を強引に引っ張り、自分の持っていたぷるウォを触れ合わせた。
「気づかなかったろ?OBだったんだよ、まぁ卒業したばっかだけどな。ようやく1人になったな?」
鈿音は大学構内にすぐに逃げた。キャプテンに合流したかったが、突如下腹部に激痛が走る。
「やっぱりなぁ、現実のほうがハイリスクでいいんだわナンパも夜の営みもな。ここじゃ何の責任も取らなくて済む分張り合いがねぇ!」
そういいながら男は空をパンチした。男の指にはコンドームがはめられていた。10本の指全部に!
その姿はふざけているようにしか見えないが事実有効な攻撃となって鈿音を襲う。
鈿音は下腹部を抑えて地面に仰向けになり悶えた。気絶しそうだったが、何よりも怒りによる大量のアドレナリンが脳の中で激流を作り出していたので覚醒していた。
女子大生たちが鈿音に声をかけていたがその内容もよく分からなかった。
「女を待ってたんだぜ。閉経してないやつな。美人をいじめるのが最高なんだが、まぁテメェで我慢するぜ。現実に帰れば同じことだしな。」
鈿音は次第に絶望していった。足は震えて立てそうにない。この男はその様子をゆっくり見ているワザとだ。気づけば、3ヶ月分拘束時間を短縮していた。この世界に適正があるのかもと少し思った。恥ずべき間違いだ。もはや怒りの力を持ってしてもこんな暗い考えしか出てこない。
「どこに行ったんだい?鈿音!」
叫ぼうとしたが、またも下腹部の激痛に悶えてしまう。皮肉にも呼吸はラマーズ法のリズムで、安産を促しているのだった。
「ナンパしてよ、気持ちいいことしたらよ、責任を取らねえようにパンチすんのよぉ。胎盤の辺りをな。そこまで含めて楽しむのよぉ。」
「あんた……どんなアイコン使ってんのよ。趣味悪いわね……」
「へへ裏アカのだよ。でもナンパ用のいい子ちゃんアカよりも人気なんだぜ。」
「そうだ。だから恨みも買う。」
樽を頭に被った女子高生の制服を着た化け物(?)が指にコンドームをはめた男にナイフを投げた。
ナイフは、指コンドーム男をすり抜けた。
「ハハ!ルールを知らねぇのか?」
「隙は出来たろう?」
「だめよ!」
鈿音の忠告も虚しくぷるウォは触れ合っていた。
「ハン!やったな。すぐやり返すのが俺流だぜ。」
先程投げたナイフが指コンドーム男の肩を切付けて
助っ人の頭に被る樽に刺さった。
(これは…黒ひげ危機一髪?)
「ニャアああぁぁぐぅうう〜このくそビッチがぁ!」
指コンドーム男は自分の肩を抑える。
鈿音は黒ひげ危機一髪女に手を貸してもらい立ち上がる。化け物だと思った第一印象は、今や甲冑の騎士のように優雅に見えた。やっぱりそんなことはなかった。