第十八話
体育館に着くとそこには大量のボールが転がっていた。バスケットボールにバレーボール、ピンポン玉にハンドボール。
火電が一定のリズムでうめき声をあげている。
見れば、ちょうどバスケットゴールのボールが落ちてくるところの真下で大の字に倒れている。ノースリーブの男が確実にシュートを決めて火電のお腹にバスケットボールが落ちていく。
「ボールは友達…ボールは友達…」
ものすごい集中力でひたむきにバスケットゴールを見つめているが、シュートのフォームは決して美しいといえるものではなくどうしてゴールに入るのだろうと不思議になるほど酷かった。
もう少し眺めておきたい気分だったが、鈿音はこちらに気づいた火電に声をかけられ仕方なく近づいた。
「あなたを…ううっ!待っていました。…ううっ!お願いです!これを服のポケットというポケット、それから…ううっ!手にも持ったり…ううっ!して下さい。私の能力は花火のアイコンで
〈一度触れた、花火に使われる金属を燃え上がらせる〉
というものです。…ううっ!カルメ焼きも実はこの10円玉の棒金をプールに放り投げてつくりました。」
「その10円玉が燃えてもルール…ううっ!ルール上あなたは火傷しませんが、あなたが奴に抱きつけば私の出している…ううっ!炎ですから奴は大火傷を負うはずです。お願いします!…ううっ!」
「いいわよ。でも私もあなたにやってもらいたいことがあるの…」
鈿音の体に緑色の火がつく。瞬く間に全身が火に包まれた。さすがのノースリーブ男もこの強烈な光景に目を奪われた。
鈿音はノースリーブ男に駆け寄る。
「うわぁーこっちに来るなぁ!」
ノースリーブ男はバランスを崩しその場に倒れ込んだようだったが、鈿音がその体を掴もうとした時、ノースリーブ男はキャタピラのように体育館の床に散らばるボールの腕をつたっていった。鈿音はノースリーブ男に触れようと体をかがめて走っているため、スピードがあまり出ない。はたから見たら平安貴族が酒の席での余興でやる追いかけっこのようにグズグズして見ていられないものだった。
ノースリーブ男は寝転びながら、バスケットゴールからひな壇のある方に移動した火電を逆さまの景色で眺めていた。
「よし!決めた!このままついてくるがいい!
白衣の彼を追いかけて来ている火人間に巻き込んでやる!自分が作った火で自分が燃えるんだ!」
火電はそのことを察知して、ひな壇に上がりその奥へと逃げこむ。
ボールと自分でできたキャタピラでどんどんとひな壇の方へ動いていき、ノースリーブ男もそのままひな壇の上に飛びのった。
鈿音は足を広げて関節をおかしくしたくなかったのでひな壇の横にある階段を律儀に利用してノースリーブ男を追った。階段はすぐに焼けていった。
「ボールは友達!このボールを彼に向かって蹴れば彼がよろめいて、あの火人間にぶつかる!」
そう宣言した直後に全く違うテンションでポツリと漏らす。
「あれ?なんか焦げ臭い?」
「ンギャぁああああ、足元が足が熱いいおいおい!」
白色の炎がひな壇の手前を一気に覆い尽くした。
「さっき君たちが追いかけっこをしている間に、ひな壇の下に収納されている卒業式用のパイプ椅子に触れておいたんだ。奥にいる私は無事だが、その位置はまずいぞ!さぁ!早く『終了』を押すんだ。」
「ボールは友達!友達ならこの火から僕を守ってくれる!」
「いいえ、"互いに守り合う"の間違いでしょ。それに、あなたは友達にこんな苦しみを肩代わりさせるつもりなの?」
「……ぅう『終了』だぁ。」
戦いが『終了』したと同時に鈿音や体育館中に広がっていた火が一瞬で消えた。
ノースリーブ男の火傷や火電のアザだらけの顔もすっかり良くなった。
「いやぁ…ありがとうございます。」
「私はこの後が本番なのよ!」
話しているうちにランドセルが体育館の入り口から流れ込んで来た。最後尾に金色のランドセルを背負った男がついて来ていた。
「やってくれたなぁ!お前の能力も分かった今、ここで仕留めてやるぞ。しかし、体育館とは面白い。お前が勝ち目がないことを今から証明してやる!
ランドセルたちよ連結だあ!」
一方のランドセルの留め具と、一方のランドセル留め具に留めておく、カバーの先の金属部分をカチリと連結させて指示された通りみるみるうちに長い帯状になった。
「どうだ!この広さだからこそできるんだ。これぞランドセルの竜、"ランドセ竜"だ!」
ランドセ竜はその巨大な体をしならせて、蛇のようにトグロを巻いた。
「でも、何だか頭と尾の区別もつかないし、どちらかと言えば竜というよりミミズじゃない?」
鈿音がそう言うや否や、ランドセ竜は先程よりもいっそう体を振り回した。どうやら怒ったらしい。
鈿音は持ってきた鍵盤ハーモニカから鍵盤ミサイルを繰り出す。いくつかのランドセルを貫いたが、そのランドセルを切り離してどんどんと新しいランドセルがランドセ竜の一部として繋がっていく。
「これでお前の鍵盤ハーモニカは最後だな?」
鈿音は金色のランドセルを背負った男を狙ったが、ランドセル竜の前に無力だった。ランドセ竜が、叩き潰すように鈿音目がけて上下運動をした。まるで体育館に鞭打つようだった。
足元のボールによろめき幸運にも回避できた鈿音は
よろめく時にその目の先に火電が走って来るのを確認した。
火電は、ひな壇から体育館の2階へと登りそこから上の階に出て行き、また体育館入り口へと降りて戻って来たのだった。
「さぁ!燃やしましたよ!」
鈿音はさっき見たばかりのボールのキャタピラを利用して、金色のランドセルを背負った男の方へ滑り込んだ。ランドセル竜は今度はなぎ払うような弧を描く横運動した。鈿音のキャタピラのスレスレをランドセルが通り抜けた。
「何だ?この焦げ臭さは?」
金色のランドセルを背負った男は、そう言って振り返るも自分の金色のランドセルに火がついていることに気づいていない。ルール上、熱さを感じない炎であったためである。金色のランドセルを背負った男は、振り返ると同時に自分の肩から重みが消えたことを確認して背中に手をやるも、すでに鈿音がその落ちていくランドセルを回収していた。
「見なさい!あんたらの大事なランドセルは私の手の中よ!」
鈿音は火電に、金色のランドセルの紐の留め具(だるま缶)を燃やすように頼んでいたのだった。
「だが…何だ?お前はその金色のランドセルに何ができる?おいランドセ竜よ取り戻せ!」
ランドセ竜がまっすぐ鈿音の方に駆け寄ってくる!が、それより早く鈿音に接触した者がいた。
「おばさん、あの、5時限目の最中にここの廊下を走るおばさんの姿が見えたから僕約束を思い出して、はい、これ鍵盤ハーモニカだよ必要なんでしょ?」
それは鈿音がプールに向かう際に声をかけた小学生だった。
「よくやったわ。形勢逆転よ!ただちに降伏しなさい!」
金色のランドセルに鍵盤ハーモニカを向けて鈿音が叫ぶ。
ランドセ竜はすぐさまに分解して元のランドセルに戻り、各々があの"お辞儀"をしていた。
「ふふ♪命令よ!あの男をそのカバーの先の金属部分でめった打ちにしなさい!」
「やめろぉぉぉ!痛い痛い!」
「それでフォーメーション"荷物持ち"よ。」
ランドセルが覆いかぶさる。鈿音はそこに向かって鍵盤ミサイルを放った。男は気絶した。
「僕の鍵盤ハーモニカがこわれちゃったぁ…。」
「大丈夫よ。他の子達のもみんな壊れてるわ。」
おばさんと言われたストレスも発散され、にこやかに『終了』を押した。
「あんた結局『ランドセルに愛されてる』なんて言って全然愛されてなかったじゃない。金色のランドセルは大事にされてたけどね。」
「そりゃそうだよ。やっぱり家の中ならランドセルを背負えるけど、働いたり、外に出るときはリュックサックつかっちゃうよぉ〜僕大人だもんンン。」