第十六話
「私の名前は、光石 火電 {みついし ひでん}目的はただ一つ!この体についての謎を解き現実世界にこの技術を持って帰ること!」
「この体は素晴らしい!睡眠欲に食欲がなく、あらゆるアクシデントにも無傷で済まし、走ってみた者なら分かると思うが疲れ知らずなのだ。この体の仕組みがわかれば人類は一気に10個ものステップを進む。夢があるだろう?」
鈿音は顔色を少しも変えずに、起き上がるカフェ店員にカルメ焼きを勧めた。
「甘いものは落ち着くわよ。焦っていなきゃ、最初のカフェの前で私は倒れてたわ。どうしたのよ。」
カルメ焼きを食べるカフェ店員を見て、鈿音は笑いを堪えるのに苦労した。
食べ終わったカフェ店員がはなしだす。
「この世界に飛ばされてから私は、自分の実家に帰ってみたの。スマートフォンと鍵を持ってたから。部屋に入ってすぐ、鬱陶しいと思っていた私の写真がたくさん飾られていた壁は、両親2人だけの写真に変わっていたの。嫌な予感がして、実家の中を見回ったわ。案の定私の存在が消されていたの。焦ったわ。焦るでしょ。両親に会いたいの。本当に…本当に…」
火電が興味なさそうに呟く。
「ふんふん、ありがちだな。」
「この体は素晴らしいものなんだぞ!いろいろなことをやってみるべきだ。それを帰るなどと。私は都合良く実験道具を使えるように、非常勤講師と偽って学校にいるんだぞ。」
鈿音は、何人かの生徒たちと一緒に校庭の芝生に寝そべって少し目をつぶる。
「はあ〜、昼寝できるって素晴らしいことよ。寝てはいけない時に限って眠くなるのは、人間がより気持ち良くなるために進化して得たんだと思うの。」
シャイな小学生たちは黙ったままだったが、教員が束になっても敵わなかった不審者を撃退した人だと鈿音を好奇の目で見つめた。
「そうよ!素良くんに電話したほうがいいわね。」
カフェ店員が歩み寄ってくる。鈿音はカフェ店員の責めるような目をとらえた。
「何よ、あなたは角砂糖を全部使いきったんでしょ。戦いが終わったあとにこの学校でのカレーを使った暴力行為もなかったことになったんだから大人しくしてなさいよ。」
「あなたこそ。芝生で大人しくしていていいの?
大抵の監禁されている人達は、昨日で自分の武器や能力でできることを探ったり互いを傷つけないで平和的に脱出をしようとしたりしたはずよ。」
「でも、簡単に脱出できないことがわかったのなら、必死になって自分が有利になる環境に潜伏して相手を襲えるようにするはずよ。」
「そうね。学校には物がたくさんあるわ。あなたみたいに、ある特定の物を操る人とかが寄ってくるのね。」
「ええ。ところで、こっちが本題よ。お願い、私の能力を公開しないで。ルールであなたやあの男の人とは24時間戦えないことになっているけど、約束してくれるのなら今後二度とあなた達とは戦わないわ。」
「'24時間戦えませんか。'ってわけね。」
鈿音の言葉にカフェ店員はピクリとも反応しない。周りの小学生も好奇の目が呆れの目に変化していった。
「いいわ。今ので愛想笑いもしない正直さに免じて、その言葉も正直なものとしんじます。あなたの能力はぷるウォにも、スマートフォンのSNSにも投稿しない。」
「ありがとう……ございます。」
カフェ店員は、すぐに学校から出て行った。
「さて、私もこのぷるウォをあの夢みがちに返してここを立ち去りましょう。」
鈿音は、理科教員室に入り火電の姿が見当たらないので立ち往生していた。部屋のドアを閉めた時、すぐにガタガタと音がした。
(動く人体模型かしら……)
鈿音はすぐに部屋から出たが、廊下を歩きこちらに向かってくる火電の姿をみつけた。
(室内にいたままでよかったわね。)
鈿音は部屋のドアを指差しながら言う。
「何かが動くような音を聞いたわ。」
火電は気軽に答える。
「あぁそれは掃除用のロッカーの中からだと思うね。」
「あらそうなの?でも一体なぜロッカーの中から音が?」
「そりゃ、本当の非常勤講師が入っているからに決まっているじゃない。」
「なるほどね。でもそれって窒息とかしないの?」
「え?」
「……え?」
突如として周りの教室から叫び声が聞こえた。
「僕らのランドセルが……浮かんでる!」
見ると廊下にランドセルが飛び出し、階段の方へ飛んで行っている。
「見つけたぞ!SNSに載ってた、コーヒーに追いかけられ女だ。おまえ能力を持ってる俺と同じで監禁中なんだろ?戦え!」
10月31日にはおかしいノースリーブの男がこちらに駆け寄ってくる。
鈿音は咄嗟に自分の汚れたコートの胸ポケットからぷるウォを取り出し、犬にフリスビーを見せるように手をヒラヒラと振る。
「このぷるウォはね、隣にいる白衣の男の物よ。そーれ取ってきなさい!」
鈿音は男のいる方へ思い切り火電のぷるウォを投げた。火電のぷるウォはノースリーブの男の顔の横を通り過ぎて、廊下の遠くの方まで滑って行った。
「ちょっと!何するんだよ。」
火電は焦ってノースリーブの男とすれ違うように
駆け出した。ノースリーブの男もターンして火電に続く。
「しばらくこの体について研究するんでしょ?だったら私の囮くらい快く請け合いなさい。」
鈿音は学校の昇降口を目指した。外の光りを感じるも、学校の出口という出口はランドセルによって出来ている規制線でがっちり固められていた。
他の出口を探そうと右往左往していると、背中や胸にランドセルが滑り込んできた。どんどんと漂っていたランドセルがその背負う紐を鈿音の腕に通して、とうとう鈿音はその重さに下駄箱の前で膝をついた。
「いい格好だ。じゃんけんに負けまくったみたいだぞ。」
鈿音が汗ばむ顔をあげると、そこには金色のランドセルを背負った男が立っていた。
「間違いない。SNSでみた顔だ。ぷるウォも…持っているな。ふふっ」
鈿音の腕に悠々と腕を近づけ、ぷるウォとぷるウォが触れ合った。
「ランドセルが好きだ。この滑らかな合皮特有の質感、カチリという留め具のおと、無駄のない設計、甲虫を想起させフォルム。リュックサックなどとは比べ物にならない!」
「そして今、僕はランドセルを愛し、ランドセルに愛された男となった!正直、腕一杯にランドセルを抱え込むその姿は羨ましいが、このまま君をボコボコにさせてもらう。」
鈿音はランドセルの男に殴られて階段の方まで吹き飛んだ。
「ううぅ」
コト…コト…
鈿音の目の前にビー玉が転がってくる。ひとつ…ふたつ…、ビー玉はシマウマの群れの大移動のようにたくさんの数がものすごい勢いで転がっていく。
「何だこれは?」
金色のランドセルを背負った男は転ばないように下を向いて慎重に近づく。
先程のノースリーブの男が、ビー玉の流れる階段を駆け降りてきた。不思議なことにカートゥーンよろしく転んだりしないでまっすぐ降りていく。
階段から火電の声がした。
「待てー!なんで転ばないんだよ!」
ノースリーブの男がはしゃぎ声で答える。
「ボールと俺は友達!友達同士は傷つけない!」
答えながら、肩掛けカバンから巾着を取り出し廊下にビー玉をばら撒いた。
「意味がわからないぞ!」
火電はゆっくりと降りてきた。火電の腕には、戦っているとき特有のぷるウォがガッチリと固定されていた。
ノースリーブの男は少しジャンプをして、そのまま迷いなく廊下を走っていく。
金色のランドセルを背負った男は突き飛ばされて、そのままビー玉に滑って背中から転んだ。
鈿音の胸や背中や腕に掛かっていたランドセル達はランドセルを背負った男が転ぶ前にクッションになるように動いていた。他のところに陣取っていたランドセルも一様に金色のランドセルを背負った男を囲んでいる。
(あら?周りにもたくさんランドセルがあるのだからこのまま私を拘束したままにすべきなのに、全てのランドセルがあいつの背中を守ろうと動いたわ。もしかして、完全に操れてない?ここら辺に何か攻略のヒントがありそうだわ。とにかくまた音楽室へ!)