第十四話
「焦ったわね。」
鈿音は突き飛ばされてよろけた体を踏ん張った。
「私に何をした!」
カフェ店員の怒号は歯を食いしばりながら唸るように出たもので、怒りを含んでいた。
素良が、コーヒーに濡れる袖を突き出し、鈿音の方へ突進してきた。鈿音は、素良の手に挟まれているメモを見つけたが今度は踏ん張りがつかずに倒れてしまった。
「声くらいかけれないの?」
「いま奴の能力を確認しようとしたが、偶然にもあなたを抑えつけるこの体勢のせいで確認できない。コーヒーのかかっている服と腕だけが操られている。」
「これでいいんだ。奴はあなたの能力を俺のピッキング道具だと誤解している。俺は奴にあなたの能力を教えるように痛めつけられたが、俺の能力は確認しなかった。チャンスだ。これを持っていって使うんだ。」
素良は素早く鈿音にメモを手渡した。
「走るんだ。」
「どこへ?」
鈿音は素良を振り払ったが、カフェ店員が不気味なほど遠くに離れたのを見た。通行人が一斉に上を見出したので気になっていると、ガラスの割れる音とともにカフェの中にいたであろう客が鈿音のもとへ降ってきた。
「カフェ2階にある店よ!正気なの?」
「正気よ。今あなたを潰している人全員ね♪」
「あなたが何をしたかを吐かせて、このコーヒーを飲ませれば私の勝ちよ。あなた結局私の能力もわからないんでしょ?あなたは、真っ先にこのカフェから離れるべきだったのに。」
人が上に重なり、体が動かない状況で鈿音は必死に考え人と人のスキマからメモを見た。そこに書かれているのは電話番号だった。
ぷるウォは電話を使えることにようやく気づいた鈿音は、腕をなんとか顔に近づけて110番に通報したのだった。
鈿音は考える。(私にコーヒーを飲ませたいなら、この人たちを操ってわたしの口を無理矢理開けさせるなら何なりすればいい。しかし、この人たちはお腹を軸に私を抑えつけることしかやってこない。コーヒーを操れるだけなんだ。胃の中にあるコーヒーに操られて私に密着しているんだ。)
口をしっかり閉じて呼吸に集中して待機していると、微かにサイレンの音が聞こえた。直後、自分の機転に自賛していたのも覆るほどの轟音が響く。
耳をすませば通行人の声、
「マンホールが突然吹っ飛んだんだ。そいで、パトカーがひっくり返った!」
「おいおい、下水が吹き出ちまってるぜ。」
他にも嫌な音が聞こえる。チョロチョロというこの音は、たった今溢れた下水でも、歩み寄ってきたカフェ店員の水筒から流されているコーヒーだとしても、この上なく不快なものだ。しかし、鈿音の予想が裏切られたことを証明される現象が起こった。それは、発火だ。この液体は、ひっくり返ったパトカーのエンジン部分から漏れ出したガソリンだった。
重なっている人々がもがき出す。鈿音もとてつもなく焦ったが、何と火は鈿音のことを燃やしていない!これは素良の起こした火だった。ルール上、戦っていない者同士の傷つけ合いはできないことになっている。
「火を消せ。怪しい動きは避けるべきだ。」
消火器を燃える鈿音に向かってかけながら、素良がいった。
辺りには人の焦げた嫌な匂いが広がる。
「俺は服を脱ぎ、腕を拭いたことで自由に体を動かせるようになった。奴の能力を確認した。電話で伝えようと思っていたんだ。カフェに有利な能力だと思って、あなたがカフェから離れた後に伝えようと。能力は、〈角砂糖を操作する〉だ。多分角砂糖が溶け込んだ液体も操れると思う。」
カフェ店員が、炎の中に突っ込んでくる。
「よくも!せっかく役に立つと思って仕込んだのに。最悪よ!」
カフェ店員が早朝にゴミ拾いのボランティアに混ざりマンホールの穴から角砂糖を落としていた。カフェ付近のマンホールは、角砂糖の溶けた下水を操作して吹き飛ばされたものだった。
燃えるカフェ店員に素良が声をかける。
「また焦ったな。お前はむやみに火の中に突っ込んできた。お前の持っている角砂糖は火に包まれて使い物にならないぞ。」
「今度こそ逃げるんだ。」
「……っ。いいわ。あなたと決着をつけて帰れば、私の能力が公開されようと関係ないもの。」
カフェ店員が纏う炎が鈿音を倒す熱意と重なって見えて、鈿音は恐ろしさを強く心に抱いた。カフェ店員とは対処的に凍るような寒気を感じた。
鈿音は先程のもっと必要だと思うものについて考え、そこに向かうことにした。
(小学校に行けば、ピアノも、鍵盤ハーモニカもある。アイツに攻撃できる。)