第十三話
素良が瓦礫の中に倒れる鈿音を引っ張り上げて足にブランドの偽コピー品を手渡した。
「…ハイエナが来る前に立ち去ろう。」
夜が明けて、鈿音は自分のぷるウォを目にした。
『1年8ヶ月28日20時間31分40秒』
思い切り溜め息をつく。意外にも白い息が出るが、寒さも暑さもしっかり感じることにようやく気付いた。この世界には火傷に凍傷もあるということに思いをはせるとなおさら寒くなった。
素良と瓦礫まみれの建物が見えるカフェに来た。
「…思うに、昨日が脱出の正念場だったと思う。俺だったら、与えられた武器や能力を試してみて、人を傷つけられそうなら相手が上手く使いこなす暇もなく攻撃する。」
「…一日経って、正直これからもっとタチの悪い奴や、しっかりと自分の武器や能力を使ってくる奴が増える。どんどん脱出の可能性は低くなる。」
鈿音も自分の選択に大きく後悔している。素良には知られたくないので、コーヒーを啜り話を濁す。
「あの…上着が欲しいわ。靴も買わないと。夜から早朝はここら辺もかなり冷え込んでたもの。服買いに行きましょう。」
「…ここでお別れだ。渋谷に散らばる他の奴について情報が欲しい。1人でしばらく行動したい。それに誤解を避けたい。この世界でも、女っ気があると思われたくない。」
「……はいはい。お会計で!」
「レジまでお越しください。」
店員は、ニコニコしながらバーコードリーダーを取り出す。
「ご支払いはぷるウォでお願いします♪」
2人はギョっとしたが、減るもんじゃないと思い鈿音はぷるウォを機械の光にかざした。
(増えるもんだから困ってるのよ。)
クレジットカード支払い時と同じ音が響く。
「はい、ありがとうございます♪」
何事もなかったので安心して店をでる。
ぷるウォを出しておくこと事態がリスクになるからだろう、当然のリターンなのだと思う。
電車に乗る前のコンビニでは美琴がぷるウォで支払っていたのかもしれないが、とうとう思い出せなかった。そんなことよりも無料で高級服を羽織るチャンスに浮かれていた。
素良は、可愛くないことに胸ポケットにぷるウォを丁寧に仕舞い、
「…じゃあ、またどこかで。」
といい、鈿音と逆方向に歩いていった。
ぷるウォには、鈿音も裏路地から投稿していた独自のSNSが展開している。基本的に自由に投稿できて、公式マークがついた唯一のアカウントが今日の日の出の時刻に合わせて動きを見せていた。
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キツネ☑️⭐️
昨日の脱出人数は10人でした。オメデトウゴザイマス。
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ゾッとした。たったこれだけの人数!鈿音が無事に帰れるのは夢物語に違いない。つのる後悔を振り払うために着てみたかったブランドの店に急ぐ。
鈿音はしばらく歩いて、名物とも言っていい大型ショッピングモール店の前でへたり込んだ。つかれていた。眠くないのがほんとうに不気味だった。力なくぷるウォの投稿を眺める様に哀愁漂う。
「今日はあの駅併設のショッピングモールはお休みなのね。あそこのそばに拉致の被害者がいるんだわ。それと、電車はもう運行してるのぉ、へ〜。」
ホームレスにしか見えない鈿音に、通行する商社マンたちは必ず一瞥していく。
(マッチのないマッチ売りの少女って感じだわ。
いっそオブジェごっこでもしてましょ。)
開店時刻まで、何事もなくスムーズにお店に入った。鈿音は、他のぷるウォを持っている人もいろいろ能力に役に立ちそうなものを購入しに来ると思うので、素早く立ち去ることに決めた。入りぐっちのショーケースに飾られているダンボールみたいな色の、2つのカシューナッツが三日月型の窪みの部分にピッタリ合うようにくっつけられているように見える模様のコートと、上下が深緑色で真ん中に赤いラインの刺繍の入ったスニーカーを試着した。
「ほわぁ〜このまま着て行きます!」
「かしこまりました、お会計をいたします。」
レジまで歩いて行き、腕を突き出す。
「支払いはぷるウォで♪」
「申し訳ございません。そちらのご支払い方法は当店では対応しておりません。」
「………っ。」
素早く腕を引っ込めた鈿音は、年の割にとても機敏に出ぐっちに向かって地面を蹴りそのまま走り続けた。
「ごめんん〜〜」
「万引き犯です!」
追ってきた警備員と店員は息をあげていたのを聞いたが、鈿音はこの体が疲れ知らずなことに気付いた。爽やかな走りに着心地の良い服も風になびく。
鈿音の頭の中で『炎のランナー』のメインテーマが流れた。
追っ手を撒いた後にもっと買うべきものがあったので、また駅の方に向かった。
朝に来たカフェの前で、何やら人だかりができている。野次馬の中でも名馬の自信がある鈿音も人を掻き分けて最前列に躍り出た。
見えたのは全身に無数の切り傷があり、服は地面に引きずられたようにボロボロにされた素良の姿だった。
野次馬の中から声がする。
「やっと来たのね。あなたたちが別れて行動したせいで手間が増えたわ。」
素良に駆け寄っていた鈿音は、いつのまにかすぐ後ろに立っていた女性に右腕を捻られるように後ろに引っ張っられて、ぷるウォがかざされるのを感じた。
みるみるうちに素良のケガが治っていく。
鈿音は思いっきり後ろに向かって馬のフォームてキックをお見舞いした。掴まれた腕が振り払われ、即座に振り向く。野次馬が何事もなかったように解散していく光景の他に見えたのは、今朝入ったカフェの店員だった。
「水音君起きて!何があったの?」
「…後ろだ!」
背中に焼けるような熱さを感じた。独特の香ばしさ
も放っていた。
「ふふ♪いいわぁ、あとちょっとで出られるじゃない。」
「あんた!買ったばかりの高いコートがコーヒーまみれじゃない!」
カフェ店員は、水筒を持ちながら朝に見せた笑顔とは全く質の違う笑みを浮かべていた。
「そいつから離れた方がいいんじゃない?私の能力の発動条件に関係あるかもしれないわよ。」
鈿音が飛びのこうとするも、素良に腕をつかまれる。
「…いや、奴は俺が何か情報を渡すのを恐れている発言だと思った。だが、不甲斐ないことに何の情報も得られていない。俺は奴に操り人形のようにされた。特に胃がその存在をはっきり感じるほどに跳ね回っていた。俺は腹から道路に吹き飛ばされ、車に撥ねられた。」
「…多分関係あるのはコーヒーだ。でも今、コーヒーを飲んだはずのあなたは操られていない。今からでも、ピッキング道具を奴のぷるウォに差し込んでみる。隙を作ってくれ。」
「ちょっと、どうやってよ?」
鈿音が振り返ると、細い口から湯気の立っているコーヒー入りのヤカンを手に持ち、数本の水筒を肩掛けカバンにぶら下げたカフェ店員が店の階段を降りてきているところだった。
鈿音は腰に手を当て仁王立ちし、
「ハッハーこの勝負あなたの負けよ!あなたが戦ったのは、’攻撃してきた相手の能力を知ることができる'という能力よ!」
「いいわ、私の能力を聞かせてもらおうじゃない。」
鈿音はぷるウォでカフェ店員の写真を撮る。
カメラマンの早業がフラッシュのように光った。
「いいえ、もっと酷いことをしてあげる。
あなたの顔と一緒に能力を投稿してやるわ。」
「くぅっ。待ちなさい!」
走りながらコーヒー入りのヤカンを投げて、駆け寄ってきたカフェ店員!鈿音も素良に押されて前につんのめり、雌鹿をめぐる牡鹿のツノのぶつけ合いのような体制になった。ヤカンの中のコーヒーは、素良の腕にかかったが、素良は何ともない様子だった。
鈿音は素良に渡され腕に仕込んでいたピッキング道具を、突進してきたカフェ店員のぷるウォに突っ込んだ。