第十二話
「太鼓」というのはつまるところ、空洞の円柱に皮やプラスチックで蓋をした物だ。エスカレーターの手すりも、駅の床タイルも空洞に蓋をしたようにできている。そういったものは、ズボンを履いていない男のバチにとって全て音を立てることができ、叩けば振動させることができるものなのだ。ではビルはどうだろう?その端の、太鼓でいう蓋の部分を叩けばビル内の空間全てを揺らすことになる。今、ズボンの履いていない男は屋上に立っているのだった。
容赦なくバチを連打していると見知らぬ声がした。
「急に建物が揺れだしたと思ったら、何してるんです?ズボンはどうしたんですか?」
「アンタこそこの深夜に建物の屋上で……自殺するつもりなんだな!やめろよ殺すべきは自分じゃなくて世界のほうだぜ。」
「違いますよ。何でバチをヘリポートの輪の中で振ってるんです?全身アザだらけですよ大丈夫なんですか?」
「こうすりゃよ、中の奴ら建物にあるイスやら案内板やらにぶつかったり潰されて大怪我だからよ。」
「あなたそれ!ぷるウォですね。の、能力とか持ってるんですかぁ。」
「今は見逃してやるよ。とっとと失せろ。
でも今はこの建物の中に行かない方がいいぜ、怪我はしないだろうがよ。ん?何だ後ろのそれ?」
ズボンを履いていない男は懐中電灯を向けた。そこにあったのは口腔バリケードだった。
「うわぁぁでっかい口だぁ!喰われちまう!」
猫が後ろに置かれたきゅうりを振り向きざまに見るように、ズボンを履いていない男は飛び上がり、安全柵にぶつかった。少なからず揺れていた屋上のせいで、安全柵は固定が緩んでいた。ぶつかった衝撃でそのまま柵が倒れた。ズボンを履いていない男は放り投げ出されるように屋上から落下した。
〜〜〜〜〜〜〜〜以下回想〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
小学校2年生の頃に、別に憧れていたわけじゃない応援団に入った。周りからよく
「声、おっきいね。」なんて言われていたからだ。
何の手違いかわからないが、和太鼓の担当になった。運動会当日、自分の紅組は負けた。親からは小さい子のバチを振る姿が可愛いと評判だったらしい。
3年生のとき、和太鼓をやった白組―敗北。
4年生のとき、和太鼓をやった紅組―敗北。
5年生のとき、和太鼓をやった紅組―敗北。
6年生のとき、和太鼓をやった白組―敗北。
こんな噂がたった。ある男子が和太鼓を叩いて応援すると、そのチームが負けると。
中学校に上がっても、地元の生徒はほとんど通うところなので、この噂から逃れることは出来なかった。
中学1年生のとき、和太鼓をやった白組―敗北。
中学2年生のとき、和太鼓をやった白組―敗北。
中学3年生のとき、和太鼓をやった白組―敗北。
いじめられるようになった。しかも、運動会前の練習期間から運動会当日までという変な区切りまでついた。
「お前がバチ当たりだから負けるんだ。お前はバチを打つんじゃなくて、打たれているべきなんだ。」
これがお決まりの文句だった。このイラつきや、怒りを和太鼓を叩くことで発散した。辞めようと思ったが、なんだかプライドが許さなかった。
高校生になるも、同じ中学の奴らが結構いて結局高校でのあだ名が「バチ当たり君」になった。
スポーツ推薦が結構多いこの学校では、それだけ体育祭にかける情熱もものすごかった。
高校1年生のとき、和太鼓をやった紅組―敗北。
いじめもレベルが高いものになった。運動会練習期間中は、毎日女子生徒から嘘の告白をされた。
1番ムカつくのは、1人デブの女に
「きゃー騙されたぁ」と言われたときだった。今すぐバチでその和太鼓にしか見えない腹を連打してやる!そう強く思った。
高校2年生のとき、和太鼓をやった白組―敗北。
好きな人ができた。バレー部の先輩で応援団の練習のときにひな壇から見ていた。マドンナって奴だ。
ある日、その人から話がしたいと、体育館に呼ばれた。嘘の告白だと思って絶望感に打ちのめされながら入ると、先輩はひな壇に座っていた。その太ももに見とれていると、パッとひな壇から降りた先輩は
「好きなんだ……」
ここまで聞いて帰ろうとしたとき、肩をバチで軽く叩かれた。
「好きなんだ……君の応援が。なんかこう君はただの応援団の声の拍取りじゃなくて、表現て感じがするんだ。感情が乗っているんだ。そして君、ベテランだろう?和太鼓への想いも強いと思う。」
「これから、この学校にはあまり来ないで数ヶ月の強化合宿に向かう。最後に君に応援してもらいたい。」
バチを手渡されて、ひな壇の上へ誘導され、先輩は和太鼓の目の前で体育座りをした。
先輩とお別れという事実にキレていたので、最高のパフォーマンスになった。
「先輩!好きです。」
「太鼓の腕磨いとけよ。」
高校3年生に入ってすぐ聞いた話によれば、先輩は強化合宿にて重大なケガをしたらしい。
和太鼓のもとに駆け寄って、やたらめったら蹴り飛ばした。結構丈夫だった。
「だめでしょ〜学校の備品じゃないか。
こわすつもりかい?」
気づくと、今年の応援団長に選ばれたクラスメイトにはがいじめにされていた。
「そうだよ。ぶっ壊すつもりだよ。これが俺の世界なのによ!俺の世界は俺にも他人にも迷惑しかかけねぇんだよ!団長…今年の応援団の和太鼓やめる。」
「ほんと?まぁ君この学校で多分1番声でかいもんね〜今も耳がキンキンしてる。じゃあ一緒に応援担当頑張るよぉ。」
応援団自体を辞めさせてほしいのに!こんな腑抜けた奴がなんで応援団長なのか分からなかったが、変な提案をされた。
「でも、後釜は君が連れてくるんだ。正直太鼓は居てもいなくてもいいけどね。僕たちのクラスとかさ、活きのよさそうなのがいるよ。聞きに行こっか?」
教室では2人以外に、体育祭の作戦会議に誰1人欠かさず出席していた。
「注目してくれぇい。さ、どうぞ。」
「今年は和太鼓やりません。皆さんの中で、代わりにやってくれる人いませんか?」
教室中が静かになった。誰もかれもひきつったような顔をしている。そのまま5分が経過した。
「いやぁ〜活きがいいと思ってたんだけど。こらいけねぇや腑抜けた顔揃いだ。こんなもんだ。どうだい?」
「君の世界は絶対揺るがない地位にあるんだ。
誰をいじめるいじめられるなんていうコイツらのチャチな世界とは比べるまでもないんだ。叩きに行くかい?」
ふと、先輩の声が響いて消えない。でも、心地よい。
2人は体育館に駆けていった。息を上げながらも爽やかに話せた。
「やっぱりよ、俺は世界を壊すぜ。世界がマイナスばかりなら壊しちまえばいいのさ。壊しちまった後によ、そいつが金の玉子だって気づくこともあるんだ。伝えてやるぞ!体育祭で!」
バチを写真に撮り、先輩であろうアカウントに個人メッセージでこう送る。
『体育祭ぜひ来てください。』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜回想終〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
体が動かない。来ていたジャージやハチマキが鍵盤を通して窓ガラスに突き刺さっている。
いたはずの建物とは向かいのところらしい。高さで言えば2階の当たりに固定されていたが、ピキピキと嫌な音がしたかと思うと窓ガラスが割れ、街路樹を経て道路に滑り落ちた。
ぐちゃぐちゃになっていて欲しかった2人が建物から出てきてこちらに向かってくる。
「あんた!負けそうになったら飛び降りて勝負を
おジャンにしようとか、どんだけ負けん気強いのよ。」
否定したかったが口からは出したくもない言葉が溢れてくる。
「負けたくねぇ…負けたくねぇよぉ。何でこのタイミングなんだよ!体育祭に出なくちゃいけないんだよぉ。ちくしょう!」
涙が出て止まらない。
話し声がする。
「…やめとけ。あいつの流した情報に飛びつくような奴だ。はっきり言って癪にさわる。それにコイツはバカだ。そんな価値はない。」
「でも私の負うダメージはあんたには関係ないのよね?あんたに止める権利は無いわ。」
「ねぇ、『継続』よ。動ける?あんたのバチであんたがここから出られるまで殴っていいわよ。」
「……?」
「…毎回、必死になって頼めばそれが嘘だろうと何だろうとお前は犠牲になってくれるんだな?全く今までの戦いは何だったんだ。」
「でもね、私はこの子が邪魔されちゃいけない気がするの。それにほら!この子結構傷ついてるわよ2で割っても結構時間削れるわ。」
「いい?思いっきりやりなさい。私に喝入れて、応援するつもりで!」
「……いいのか?」
「ふふふ。」
みぞおちの辺りを的確に打ち抜かれた肋骨から聞いたことのない音が響く。体の内装リフォームをしたかのように、鈿音は臓器や骨がめちゃくちゃになっているのを一瞬感じた。
「…小僧『終了』だ。押したな?」
「はい。」
瓦礫の中から、ズボンを履いてないまま光に包まれて消えていく少年を眺めた。
―――――――――――――――――――――
屋上にて。
「何てことだ!落っこちたぞ人が!大変だ!
ん?待てよ確かぷるウォを持っている人同士かつ、戦いでないときは互いに傷つけられないんだよな?良かったぁ。無事だ〜。」
ケロっとしている歯医者だった。
そして、散々盾にされてボロボロになって倒れている警備員だった。
――――――――――――――――――――――